第318話 魔道国家への旅
やっぱり、句読点でコメントが来ましたので1日1回更新で、過去の投稿の編集を行って行きます。
250話ほど……が、頑張ります。
こうゆう方が読みやすいよ!
こうした方がいいよ!
など誰でもコメント出来るように設定しています。
皆様のお力もお借りしながら執筆できればな、と思っております。
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コメントや評価やリアクションありがとうございます。
リアクションはポイントには関係無い見たいなんですが、特に気にして見ています。
自分が自信満々に書いた話が、リアクション少なく、ふと流れで書いた話が、多かったりと大変勉強になります。
これからも宜しくお願いいたします。
五日後。
まだ朝日が昇り切らない時間から、ノルディア邸の前では竜車の出発準備が進められていた。
春先とはいえ、ノルディアの朝はまだ冷え込んでいる。
吐く息は白く、道端には溶け残った雪が薄く残っていた。
レオンが持っていく荷物の大半は、アイテムバッグの中へ収めてある。
外から見えるのは、腰に提げた剣と小さな革袋だけだった。
服装も辺境伯として仕立てられた物ではなく、街で購入した一般的な旅装へ変えている。
ただし、変えたのは服装だけだ。
黒い髪も、青い瞳も、そのままだった。
顔を隠すための仮面や、容姿を変える魔法具も用意していない。
ノルディア辺境伯家の紋章を身につけず、レオンという名前を使わなければ、遠く離れた魔道国家で正体を知られる可能性は低いと考えていた。
邸の前には、ゼムとクロエが立っている。
二人とも厚手の外套を羽織り、冷たい風から身を守っていた。
「それでは、行ってくる」
レオンが告げると、ゼムが深く頭を下げる。
「行ってらっしゃいませ、ぼっちゃま。ノルディアのことは、このゼムにお任せください」
「ああ。何か起きても、俺の返事を待つ必要はない。必要だと思ったことを優先してくれ」
「かしこまりました」
続いてクロエを見る。
クロエは、どこか不満そうな表情でレオンを見上げていた。
「約束、忘れないでね」
「分かってる」
「手紙も送ること」
「ああ」
「出来るだけじゃないからね」
出発前に交わした会話を覚えていたらしい。
レオンは僅かに視線を逸らした。
「……送る」
「うん」
クロエはようやく納得したように頷いた。
レオンは二人に見送られ、竜車へ乗り込んだ。
竜車がゆっくりと動き始める。
窓から外を見ると、ゼムは深く頭を下げたままだった。
その隣では、クロエが小さく手を振っている。
レオンも窓から手を上げた。
二人の姿が遠ざかっていく。
やがてノルディア邸が見えなくなると、レオンは座席へ深く腰を下ろした。
最初に乗ったのは、ノルディア辺境伯家の紋章を外した竜車だった。
このまま魔道国家まで向かえば、御者や竜車の造りから身分を疑われる可能性がある。
そのため、王国東部の街で一般の乗合竜車へ乗り換えることにしていた。
ノルディアを出てから数日間は、見慣れた寒冷地が続いた。
春先のため、山々にはまだ白い雪が残っている。
だが、街道沿いの木々には小さな芽が膨らみ始め、雪解け水が道端の溝を流れていた。
集落では、厚い外套を着た人々が畑の土を起こし始めている。
南東へ進むにつれ、少しずつ雪が減っていった。
十日ほど経つ頃には、街道の周囲から雪がほとんど消えている。
道端には淡い色の花が咲き始め、風にも僅かな暖かさが混じっていた。
その日の夕方、竜車は宿場町へ到着した。
レオンは部屋を取り、荷物を置いてから一階の食堂へ向かう。
食堂には、旅人や商人達が集まっていた。
レオンが空いている席へ座り、運ばれてきたパンを手に取った時だった。
少し離れた席から、聞き覚えのある地名が聞こえてくる。
「帝都で雪を降らせた若い辺境伯の話、聞いたか?」
レオンの手が僅かに止まった。
「ああ。スルガ家の娘と婚約を懸けて戦ったそうだな」
「スルガの大和撫子だろ?」
「一対一の試合で、帝都全体を凍らせたらしいぞ」
レオンは何も聞いていないふりをして、パンを口へ運んだ。
帝都で雪を降らせたことは事実だ。
ミコトと婚約を懸けて戦ったことも間違ってはいない。
だが、帝都全体を凍らせた覚えはなかった。
試合場を中心に雪が降っただけだ。
それが王国まで伝わる間に、帝都全体を凍らせたことになったらしい。
「それで、どちらが勝ったんだ?」
「若い辺境伯だ」
「帝国の第二皇子にも勝ったことがあるそうだぞ」
その言葉を聞き、レオンは僅かに眉を動かした。
間違いではない。
だが、それだけを聞けば、自分がルーカスより強いように思われてしまう。
ルーカスが十一歳の頃、初めてノルディアを訪れた時には何十回と戦い、その全てで負けた。
再びノルディアを訪れたルーカスと戦った際、ようやく初めて勝つことができた。
だが、その一勝も本当に僅かな差だった。
どちらかの踏み込みが少し違っていれば、結果は逆になっていたかもしれない。
今、もう一度戦えば、どちらが勝つかはレオンにも分からない。
「帝国の皇子に勝ったうえ、大和撫子との婚約まで勝ち取ったのか。とんでもない奴だな」
レオンは思わず口を開きかけた。
実際は逆だ。
あの試合は、レオンが負ければミコトと婚約するという条件だった。
つまり、レオンは勝って婚約を回避したのであって、婚約を勝ち取ったわけではない。
だが、ここで訂正すれば、どうして詳しい事情を知っているのかと怪しまれる。
レオンは何も聞かなかったことにして、残っていたパンを口へ運んだ。
噂というものは、結果だけが広まるせいで余計に厄介だった。
翌朝、レオンは再び竜車へ乗った。
それから数日後、王国東部の街へ到着すると、そこでノルディアから乗ってきた竜車と御者を帰らせる。
ここから先は、魔道国家の首都ミストレアへ向かう乗合竜車を利用する。
一台の竜車へ十人近い客が乗り込んでいた。
商人、旅人、魔法具を買い付けに行く職人。
その多くが、仕事のために魔道国家へ向かう者達だった。
レオンの隣へ座ったのは、大きな背負い袋を抱えた行商人だった。
年齢は四十歳ほどだろう。
荷物の隙間から、小さな魔石や金属製の道具が覗いている。
竜車が街を出ると、行商人がレオンの腰へ視線を向けた。
「若いのに、一人旅ですか?」
「ああ」
「その剣を見るに、帝国の方ですかね?」
レオンは腰の剣を見る。
ガレオンが打った剣には、帝国で作られた武器に多く見られる特徴が残っているのだろう。
正体を隠すうえでは、帝国の人間だと誤解されていた方が都合がいい。
「そんなところだ」
「やはり。帝国の剣士は、若くても良い剣を持っていると聞きますからね」
行商人は納得したように頷いた。
「魔道国家は初めてですか?」
「ああ」
「でしたら、驚くと思いますよ。あそこでは料理にも、洗濯にも、荷物を運ぶのにも魔法具を使います。魔法が使えない人間でも、魔石へ蓄えられた魔力を使えば、簡単な魔法具なら動かせますから」
「魔法を使う時は、必ず魔法具を使うのか?」
「必ずではありませんが、ほとんどの人は使いますね。杖や指輪、剣へ魔法陣を刻んで、それへ魔力を流すんです」
レオンは疑問を覚えた。
「無詠唱では使わないのか?」
その言葉を聞いた行商人は、一瞬だけレオンの顔を見る。
次に、一般的な旅装と腰の剣を確認した。
そして、何かを察したように苦笑を浮かべる。
「無詠唱なんて使うのは、王国や帝国の貴族くらいですよ」
「そうなのか?」
「幼い頃から高い金を払って魔法を教わり、何年も訓練を続けられる人間だけです。私達のような平民は、魔法陣を使った方が早くて安全ですから」
行商人は、自分の指にはめていた指輪を見せた。
赤い魔石が取りつけられ、その周囲には小さな魔法陣が刻まれている。
「これは火を起こすための魔法具です。大した威力はありませんが、野営には便利ですよ」
「本人に火属性がなくても使えるのか?」
「魔石に魔力が蓄えられていれば使えます。ただ、自分の魔力を流して使う物は、属性が合わなければ動きません」
「なるほど」
レオンが頷くと、行商人は少し迷った後、声を小さくした。
「余計なお世話かもしれませんが、お兄さんも魔法具を一つか二つ持っておいた方がいいですよ」
「俺が?」
「ええ。剣以外、何も持っていないようですから」
行商人の視線が、レオンの腰の剣へ向けられる。
剣には魔法陣が刻まれていない。
杖もなければ、魔法具らしい装飾品も身につけていなかった。
その姿から、魔力を持たない帝国の剣士だと思われているらしい。
「魔力がなくても、魔石で動く魔法具を身につけていれば誤魔化せます」
「誤魔化す必要があるのか?」
レオンが尋ねると、行商人の表情から笑みが消えた。
「魔道国家では、魔力量と属性が人の価値に直結します」
行商人は周囲の乗客へ聞こえないよう、さらに声を落とす。
「魔力が少ない者は、それだけで見下されます。魔力が全くない者や、属性を持たない者は……まともな仕事に就くことすら難しい」
「そこまでか?」
「表向きは違いますよ。生まれ持った魔力量や属性を理由に、不当な扱いをしてはならないと決められています」
行商人は自嘲するように笑う。
「ですが、決まりと実際の暮らしは別です。宿へ泊まる時も、仕事を探す時も、魔法具を買う時も、魔力がないと知られれば扱いが変わります」
「属性がない者も同じなのか?」
「むしろ、そちらの方が悪いかもしれません。属性は、その人間の才能そのものだと考える者が多いですから」
その言葉を聞いた瞬間、レオンの頭に一人の女性の姿が浮かんだ。
エミル。
彼女は、レイン魔道国家で生まれた。
そして属性を持たなかったため、幼い頃に奴隷商へ売られている。
以前、その話を聞いた時には、ひどい国だと思った。
だが、実際に魔道国家へ近づき、そこで暮らす者から話を聞くと、エミルが置かれていた状況の重さが少しずつ理解できる。
魔力と属性で、人の価値が決まる国。
属性を持たずに生まれたというだけで、周囲から価値のない人間として扱われる。
エミルは、幼い頃からその視線を受け続けてきたのだろう。
命を救われた彼女が、セリオスへ強い恩を感じていた理由。
自分の命を軽いと言った理由。
そして、故郷であるはずの魔道国家へ戻ろうとしなかった理由。
その一端を、ようやく理解できた気がした。
「忠告、感謝する」
レオンが告げると、行商人は笑みを戻した。
「いえいえ。帝国の剣士なら、魔力が少なくても腕さえあれば仕事には困らないでしょう。ただ、余計な面倒を避けるためにも、安い魔法具を買っておいた方がいいですよ」
「ああ。そうする」
実際には魔力を持っているが、わざわざ訂正する必要はない。
レオンは窓の外へ視線を向けた。
王国と魔道国家の国境が近づくにつれ、街道の様子が変わっていく。
一定の間隔で金属製の柱が立ち、その上では魔石を組み込んだ照明が淡い光を放っていた。
街道脇の排水路には水を流す魔法陣が刻まれ、休憩所には火や水を生み出す共用の魔法具が置かれている。
国境での確認を終え、竜車がレイン魔道国家へ入った。
そこから先は、王国とはまるで違う光景が続く。
畑では人が鍬を振るう代わりに、土属性の魔法陣を刻んだ農具が地面を耕していた。
荷車には重量を軽減する魔法陣が刻まれ、大量の荷物を一人で運ぶ者もいる。
街道を進むたびに、魔法具が日常の一部となっていることが分かった。
ノルディアを出発して二十日。
乗合竜車の窓の向こうに、巨大な都市が見えた。
レイン魔道国家の首都ミストレア。
都市を囲む白い外壁には、いくつもの巨大な魔法陣が刻まれている。
一定の間隔で建てられた塔の先端には、赤、青、緑、黄の魔石が埋め込まれ、春の柔らかな陽光を受けて輝いていた。
門を抜けると、その先には王都とも帝都とも違う街並みが広がっている。
建物の壁には色鮮やかな魔法陣が描かれ、店の看板は魔石の光によって文字を浮かび上がらせていた。
大通りの両側には、杖や指輪、首飾り、魔剣を扱う店が並んでいる。
水路では魔法具によって絶えず水が流れ、道の脇に設置された柱からは一定の間隔で細かな霧が噴き出していた。
荷車の車輪や荷台には、重量を軽減する魔法陣が刻まれている。
大人の背丈ほどある荷物を、細身の女性が一人で押していた。
露店では、火の魔法陣が刻まれた鉄板の上で肉が焼かれている。
隣の店では、水の魔法陣から生み出された水を使い、果物を冷やしていた。
街の至る所で魔石が輝き、魔法陣が動いている。
まるで都市全体が、一つの巨大な魔法具のようだった。
「ここが、ミストレアか」
竜車を降りたレオンは、しばらく街を見渡した。
原作、乙女ゲームの画面を通して見たことはある。
だが、実際に目の前へ広がる光景は、記憶にあるものより遥かに大きく、複雑だった。
レオンは宿を探しながら大通りを進む。
容姿は変えていない。
黒い髪も、青い瞳も、腰の剣もそのままだ。
しかし、この国でレオン・ノルディアという名前を使うつもりはなかった。
ここにいるのは、王国から来た辺境伯ではない。
一人の剣士、レンだ。
まずは冒険者として登録し、F級から実績を積まなければならない。
通りの先には、杖と剣を交差させた大きな紋章が掲げられていた。
ミストレア冒険者協会。
レオンはその場所を確認すると、先に長く滞在できる宿を探すため、大通りを歩き始めた。




