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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第9章 天才王子とダンジョン攻略

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第317話 三つの魔法具

金貨四千枚の支出を決めた翌日、レオンは再びゼムとクロエを執務室へ呼んでいた。


ガレスは領内に残す兵士の編成を進め、ブロドは志願者達を連れて避難都市の候補地へ向かっている。これから話す内容は都市建設や軍事とは直接関係がないため、執務室にいるのは三人だけだった。


机の上にはレイン魔道国家の地図が広げられている。王国の東に位置するレイン魔道国家。その中央付近には首都ミストレアがあり、そこから離れた三か所に赤い印が付けられていた。

クロエは地図を覗き込み、不思議そうに尋ねる。


「昨日も言ってたけど、本当にレイン魔道国家へ行くの?」


「ああ。」


「いつ?」


「五日後には出る。」


予想より早い返事に、クロエが目を見開いた。


「五日後?」


「準備に必要な時間を考えると、それくらいだ。」


「早すぎない? 避難都市だって、まだ建設場所を調べ始めたばかりだよ。」


「だからゼムとクロエに任せる。」


レオンは二人を見る。


「俺がいない間、領内の最終決定権はゼムに預ける。何か起きた時は、クロエとガレスの意見を聞いたうえでゼムが決めてくれ。」


ゼムは静かに頷いた。


「先日お引き受けしたとおり、このゼムが責任を持ってノルディアをお預かりいたします。」


「クロエには、政務と財務の補佐を頼みたい。」


「分かってるけど……。」


クロエは納得しきれない表情で地図を見る。


「五日後に出て、いつ戻ってくるの?」


レオンはすぐには答えなかった。

レイン魔道国家の首都ミストレアまでは、竜車でも二十日かかる。到着してから冒険者として登録し、三つのダンジョンへ入るための条件を満たさなければならない。


原作では主人公達が学園で力をつけ、2年の夏休みに攻略対象と共に攻略した場所だった。

一人でどれほどの時間がかかるのか、正確には分からない。


「早ければ数か月。」


レオンは少し間を置いた。


「長ければ、一年くらいになる。」


クロエの表情が固まる。


「一年?」


「ああ。」


「そんなに長く、ノルディアを離れるつもりなの?」


「三つとも、簡単に入れる場所じゃない。」


レオンは地図に付けた三つの印を順番に指した。


「一つ目は、回復魔法を使える者がいなければ入れないダンジョンだ。」


「回復魔法って、セリオスさんが教えてくれた無属性魔法だよね?」


「ああ。世間では聖属性って呼ばれてるけど、聖属性なんて属性は最初から存在しない。得手不得手はあるけど、基本的には誰でも使おうと思えば使える。」


それは以前、セリオスがレオンとクロエへ明かした教国の秘密だった。


回復魔法は、聖属性を持つ特別な者だけが使える魔法ではない。

身体強化と同じ無属性魔法であり、本来なら誰でも習得できる可能性を持っている。


しかし、その事実は教国外へ知られていない。

回復魔法の習得方法も教会によって秘匿されている。

さらに、使い方を知れば誰でもすぐに扱えるわけではなかった。

人体の状態を感じ取り、傷ついた部分へ魔力を細かく流す必要がある。

適性が高い者なら少ない魔力で深い傷を治せるが、不得意な者は大量の魔力を使っても浅い傷を塞ぐ程度の効果しか出ない。


クロエは地図に記された印を見つめる。


「基本的には誰でも使えるのに、それが入るための条件になるの?」


「使える可能性があることと、実際に使えることは別だからな。」


「教会以外で使える人は、ほとんどいないってこと?」


「ああ。それに教会で回復魔法を学んだ者の多くは、教会や治療院で働いてる。冒険者になって危険なダンジョンへ向かう者は、さらに少ない。」


治癒術師は、どの国でも貴重な存在だった。冒険者のパーティーに一人いれば、複数のパーティーから勧誘を受ける。

危険な場所へ向かわなくても十分な待遇を得られるため、わざわざダンジョンの最下層を目指す者などほとんどいない。


「そのダンジョンには、どうやって入るの?」


「入口に玉が置かれてる。その玉へ回復魔法をかければ扉が開く。」


「レオンは回復魔法使えるもんね」


「少しだけだがな、軽い傷を治す程度なら使える。入口を開けるだけなら問題ない。」


「聖属性を持っているかじゃなくて、本当に回復魔法を使えるか確認してるんだ。」


「ああ。」


レオンは杖の形を簡単に描いた紙を置いた。


「そのダンジョンの最下層に、回復魔法を広い範囲へ使える杖がある。」


「どのくらい広いの?」


「半径五百メートルほどだ。」


クロエは一瞬、意味を理解できなかったように瞬きをする。


「……五百メートル?」


「ああ。その範囲にいる全員へ、一度に回復魔法をかけられる」


「それがあれば、魔獣の氾濫で負傷者が出ても一度に治せるってこと?」


「軽い傷ならな。効果は中級回復魔法程度だ。骨折のような重傷を完全に治すことはできないし、失った手足も戻らない。病気にも効かない」


「それでも十分すごいよ」


「ただし、欠点もある」


レオンは杖の絵の横へ、二つの注意点を書き加えた。


「味方と敵を区別できない。半径五百メートル以内に魔獣がいれば、そいつらまで回復する」


クロエの顔が引きつる。


「それは駄目じゃない?」


「戦ってる最中には使えない。負傷兵を後方へ集めて、周囲に魔獣がいないことを確認してから使う必要がある」


「もう一つは?」


「普通のヒールの何十倍も魔力を使う」


「何十倍……」


「魔力を全く使っていない状態なら、俺でも二十回ほど使えると思う。でも実際の戦いでは、身体強化や氷魔法にも魔力を使う。一日に使えても二回程度だ」


普通の治癒術師なら、一度発動しただけで魔力が尽きる可能性もある。

膨大な魔力量を持つレオンだからこそ、実戦で使用できる魔法具だった。


「その杖が、魔獣の氾濫に備えるための一つ目だ」


レオンは二つ目の印へ指を移した。


「二つ目は《魔脈の片眼鏡》」


「片眼鏡?」


「これを通すと、人や魔獣、魔法具の中を流れる魔力が見える」


レオンは紙へ片眼鏡の形を描く。


「魔力が見えて、何に使うの?」


「魔力侵食症を調べる」


その言葉に、ゼムの表情が変わった。

レオンの父グラニウスを死に追いやった病。

そして現在は、セリオスも同じ病を患っている。


「魔力侵食症は、長い間大量の魔力を使い続けたことで魔力回路が傷つき、そこから漏れた魔力が身体を侵食する病気だ」


「それは以前も聞いたけど、片眼鏡があれば治せるの?」


「片眼鏡だけでは治せない。でも、魔力の流れが見えれば、どこから魔力が漏れているのか確認できる。」


現在の薬では、魔力侵食症の進行を抑えることしかできない。

初期なら効果があるが、損傷した魔力回路そのものを治すことはできず、末期になれば薬も効かなくなる。


「セリオス様へ使うおつもりなのですね?」


ゼムが尋ねる。


「ああ。」


原作では、カインルートで魔力侵食症を発症したエリシアへ使われる魔法具だった。

カインは《魔脈の片眼鏡》でエリシアの魔力回路を調べ、特効薬を開発する。

しかし今回は、エリシアではなくセリオスへ使う。


エリシアが発症するまで待つ必要などない。

先に魔法具を手に入れ、治療法を完成させれば、エリシアが魔力侵食症になる未来そのものを防げる可能性がある。


「二つ目は、セリオスさんを助けるためなんだね。」


「ああ。」


「じゃあ、最後の一つは?」


クロエの問いに、レオンは三つ目の印を見る。

五つの塔に囲まれた、レイン魔道国家でも最高難度に近いダンジョン。

その最深部には、原作で闇堕ちしたクラリスが身につけていた首飾りがある。


「魔法の効果を五倍にする首飾りだ。」


執務室が静まり返った。


「五倍?」


クロエが聞き返す。


「ああ。攻撃魔法だけじゃない。防御や補助魔法も含めて、使った魔法の効果を五倍にする。」


「そんな物が本当にあるの?」


「ある。」


「誰が使うの?」


レオンは一瞬だけ言葉に詰まった。

本来、その首飾りを使うのはクラリスだ。


断罪され、犯罪奴隷へ落とされ、帝国貴族に買われた後、闇属性へ呑まれたクラリスが身につける。

全属性を持つクラリスが首飾りの力を引き出し、王都を襲う。


もしも、二万枚でクラリスを落札出来なければ、ノルディアの待っている未来は壊滅では済まないだろう。


だが、それをクロエへ話すわけにはいかない。

クラリスを救うために金貨二万枚を集めていることも、犯罪奴隷となった彼女を購入するつもりであることも、まだ明かせなかった。


「誰にも使わせないために取りに行く」


「危険な物だから?」


「ああ」


「それだけ?」


クロエの瞳が真っ直ぐレオンへ向けられる。

レオンは視線を逸らさなかった。だが、本当の理由も答えなかった。


「今は、それ以上話せない」


クロエの表情が僅かに曇る。


「また、それなんだ」


小さな声だった。


「悪い」


「レオンはいつも、悪いって言えば僕が聞かないと思ってるよね」


「そういうつもりじゃない」


「じゃあ、どういうつもり?」


答えられない。

未来予知の魔眼で見たと説明することはできる。

だが、クラリスとの関係を知られれば、犯罪奴隷オークションで購入資格を失う可能性がある。

その秘密は、どれだけ信頼している相手にも話せなかった。

ゼムが二人の間へ静かに入る。


「クロエ様。ぼっちゃまにも、今は話せない事情があるのでございましょう。」


「分かってるよ。」


クロエは地図から目を離した。


「分かってるから、今まで聞かなかった。でも、いつかは話してくれるんだよね?」


「ああ。」


「全部終わったら?」


「全部終わったら話す。」


レオンが答えると、クロエはしばらく黙った後、小さく頷いた。


「分かった。」


その返事を聞き、レオンは胸の奥に小さな痛みを覚えた。

嘘はついていない。

だが、何も話していないことは、嘘をつくのとほとんど変わらないのかもしれない。

それでも今は隠すしかなかった。


「五日後に出発する。」


レオンは話を戻した。


「ミストレアまでは竜車で二十日。向こうでは身分を隠して冒険者として活動する。」


「名前は?」


「レンを使う。」


「懐かしいね……。それで一人で行くの?」


「ああ。誰かを連れていけば、正体を隠しにくくなるからな」


「危険すぎるよ」


「一人の方が動きやすい。それに、ダンジョンへ入るには冒険者ランクを上げる必要がある。最初はF級からだ」


クロエが驚いたように目を丸くする。


「辺境伯なのにF級から始めるの?」


「身分を隠すんだから仕方ないだろ」


レオンは少し笑った。


「依頼やダンジョンで手に入れた素材を売れば、金も稼げる」


「金貨千枚や二千枚を冒険者だけで稼ぐつもり?」


「一年近く活動するなら、不可能じゃないだろ?」


「凄く、簡単に言うね」


「まぁ、簡単だとは思ってないけどな」


それでも、金貨一万九千二百五十枚まで減った資金を、そのままにしておくつもりはない。

領地の金は増えなくても、自分が冒険者として稼ぐことはできる。


会議を終えると、レオンはすぐに出発の準備を始めた。

衣服、保存食、薬、野営道具、地図、予備の剣、魔石を入れる袋。長ければ一年近く滞在するため、必要な荷物は多い。






翌日の午後、レオンの部屋を訪れたクロエは、床へ並べられた大量の荷物を見て足を止めた。


「……何これ?」


「向こうへ持っていく荷物」


「それは見れば分かるよ」


クロエは部屋の隅から反対側まで積まれた木箱を見る。


「こんなにたくさん、どうやって持っていくの?」


「普通に持っていく」


「だから、どうやって?」


レオンは机の引き出しを開け、中から小さな革袋を取り出した。

何の変哲もない袋に見える。

レオンが袋の口を木箱へ向けて魔力を流すと、大きな木箱が一瞬で姿を消した。

続けて保存食、衣服、薬、野営道具が次々と袋の中へ吸い込まれていく。

クロエはその光景を見たまま固まった。


「えっ?」


「どうした?」


「それ、アイテムバッグ?」


「ああ。」


クロエは袋とレオンを交互に見る。


「レオンも持ってたの?」


「ああ」


「いつから?」


「昔、迷いの洞窟で手に入れた」


「僕を専属商人に誘った時には、もう持ってたの!?」


レオンの手が僅かに止まる。


「……持ってたな」


クロエは宿場町で交わした会話を思い出した。


『お前、アイテムバッグ持ってるだろ。』


『便利だ。』


あの時はゼムが、本当の理由をすぐに明かしてしまった。

レオンはクロエを辺境伯家の庇護下へ置き、再び狙われないよう守ろうとしていた。

だから本当の理由は、最初から分かっている。


だが、レオンもアイテムバッグを持っていたのなら、あの時の言葉は思っていた以上に苦しい言い訳だったことになる。


クロエは小さく笑った。


「ありがとう、レオン」


「ん? 何がだ?」


「僕を専属商人にしてくれたこと」


レオンは一瞬だけ目を見開く。

そして、気まずそうにクロエから視線を逸らした。


「もう専属商人はブロドだろ?」


「そういう意味じゃないよ」


「じゃあ、どういう意味だ?」


「あの時、レオンが声を掛けてくれなかったら、僕は今も一人で商人をしてた」


クロエは少し懐かしむように目を細めた。


「フローラとも、エミルさんとも会えなかった。ゼムさんも、リックも……ノルディアのみんなとも」


レオンは何も答えない。


「僕が今ここにいられるのは、レオンが専属商人に誘ってくれたからだよ」


クロエは小さく笑った。


「だから、ありがとう」


「……そうか」


レオンは短く答えると、残っていた荷物をアイテムバッグへ入れた。

クロエは、その僅かに赤くなった耳を見て笑う。


「照れてる?」


「照れてない!!」


「ふうん」


「忘れ物がないか確認してくれ!」


「はいはい。」


クロエは用意していた一覧を取り出し、荷物の確認を始めた。

保存食、着替え、薬、野営道具、地図、予備の武器。

一つずつ確認し、最後の項目へ印を付ける。


「これで全部だね」


「助かった」


レオンがアイテムバッグの口を閉じる。

すると、クロエが一覧を畳みながら告げた。


「それと、レオン」


「なんだ?」


「必ず一年以内に帰ってきてね」


「一年?」


「来年になれば、僕は学園に通うからね」


クロエは真っ直ぐレオンを見る。


「今はゼムさんの補佐ができるけど、学園へ入ったら今までみたいには動けない。レオンまで帰ってこなかったら、ゼムさん一人に仕事が集中するよ」


「それは困るな」


「困るでしょ? だから、一年以内」


クロエは念を押すように人差し指を立てた。


「三つの魔法具を手に入れられなくても、一度は帰ってくること」


「分かった」


「本当に?」


「ああ。一年以内には帰る」


「約束だからね」


「約束する」


クロエはようやく納得したように頷く。

五日後、レオンはノルディアを離れる。

だが、帰る場所も、帰る期限も決まっている。

レオンは手の中のアイテムバッグを握った。


三つの魔法具を手に入れ、必ず一年以内にノルディアへ戻る。

それが、出発前にクロエと交わした新しい約束となった。

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