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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: 蛙の子はお玉杓子
第3章 宿場町と怪しい商人

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第28話 グランツの宿場町

 王都へ向かう旅も、六日目を迎えていた。


 レオン達を乗せた馬車は、街道沿いに続く緩やかな丘を越えていく。

 その頂上へ差しかかった時、窓の向こうに広がった光景を見て、レオンは思わず身を乗り出した。


「大きいな」


 丘の下には、巨大な町が広がっていた。

 街道には何台もの荷馬車や竜車が連なり、それに乗ってやって来た旅人や商人達が絶え間なく町へ入っていく。

 荷物を運ぶ者、大きな声で客を呼び込む者、次の目的地へ向けて出発する準備を整える者。

 町全体が休むことなく動いているようだった。

 ノルディアの領都とはまた違う、交易の町らしい活気がある。


「グランツの宿場町ですから」


 向かい側に座るゼムが、窓の外へ目を向けながら答えた。


「思っていたより栄えているな」


「王都と北方を結ぶ、交易の要衝でございます」


「なるほどな」


 レオンは納得して頷いた。

 北方から運ばれてきた商品と、王都から各地へ送られる商品。

 その両方が一度集まり、別の荷馬車へ積み替えられていく場所なのだろう。


 北方と王都を行き来する商人達にとって、この宿場町は欠かすことのできない場所だった。

 馬車は大勢の人が行き交う大通りをゆっくりと進み、やがて街道沿いに建つ宿へ到着した。


 部屋を取り、荷物を預けた後、レオンはゼムと二人で町へ出た。


「昼飯はどうしようか……」


 道の両側に並ぶ店を見回しながら、レオンが呟く。


「市場の屋台でよろしいかと」


「それ、賛成」


 ゼムの提案に、レオンは即答した。

 せっかく大きな宿場町へ来たのだ。

 宿の食堂で食べるよりも、市場へ行き、この土地ならではの料理を食べてみたかった。


 二人が市場へ足を運ぶと、あちこちから威勢のよい声が飛んでくる。


「南部産の果物だ! よく熟れているぞ!」


「一夜干した魚だよ! 今朝届いたばかりだ!」


「今日のおすすめだ! 旅の途中にどうだい!」


 市場には果物や魚、肉、香辛料、布、工芸品など、様々な商品が並んでいた。

 売られている物の中には、ノルディアではほとんど見かけない物もある。


 商人達の声が飛び交い、客達が値段を交渉し、荷運びの男達が大きな木箱を抱えて人混みの間を進んでいく。


 グランツの宿場町は活気に満ちており、ただ歩いているだけでも面白かった。

 その光景を眺めながら、レオンは前世で営業の仕事をしていた頃を少しだけ思い出した。

 多くの人が行き交う中で商品を売り、客と値段を交渉する様子には、世界が変わっても通じるものがある。


 そんなことを考えながら市場を歩いていたレオンが、不意に足を止めた。


「ん?」


 視線の先には、一軒の肉屋があった。

 店先には、解体されたばかりと思われる大きな肉の塊が吊るされている。


 赤身の強い肉。


 その横に飾られた、特徴的な巨大な牙。


 見間違えるはずがなかった。


「レッドボアか」


 ノルディアでは、見飽きるほど目にする魔獣の肉だった。

 騎士団が訓練や街道の安全確保を兼ねて、毎年大量に討伐している。

 ノルディアの市場では珍しい食材ではなく、領民達も日常的に口にしていた。


 レオンは何気なく、肉の横に置かれた値札へ目を向けた。

 そして、そのまま目を見開いた。


「高っ!?」


 思わず大きな声が出た。

 隣にいたゼムが、予想していたように苦笑する。


「お気づきになりましたか」


「いや、高すぎるだろ」


 値札に書かれていた金額は、銀貨三枚。

 ノルディアであれば、同じ量を銀貨一枚以下で買うことができる。

 肉の中でも、むしろ安い部類に入るものだった。


「三倍どころじゃないぞ」


「王都へ近づくほど、値は上がります」


「そんなにか?」


「はい」


 ゼムは、当然のこととして頷いた。


「北方には大量に生息しておりますが、王都周辺ではほとんど見かけませんので」


「ああ……」


 その説明を聞き、レオンは納得した。

 需要と供給の違いだ。


 ノルディアでは、畑を荒らし、人や荷馬車を襲う害獣として扱われている。しかし、レッドボアがほとんど生息していない王都周辺では、簡単には手に入らない希少な食材になる。


 同じ肉であっても、売られる場所によって価値が変わるのは当然だった。


「しかも、レッドボアの肉は味がよいですからな」


「確かに、美味いけど」


「王都では、高級料理店でも扱われております」


 レオンは、もう一度値札へ視線を戻した。


 銀貨三枚。


 ノルディアで売られている価格と比べれば、かなりの差がある。

 レオンの頭の中で、自然と計算が始まった。

 ノルディアで手に入るレッドボアの肉の量。

 王都まで運ぶために必要な輸送費。

 途中の宿場町で売った場合の価格。

 そして、最終的に得られる利益。

 前世で営業をしていた頃の癖だった。


「ゼム」


「はい」


「これ、王都で売れないか?」


 ゼムは僅かに笑った。

 レオンがそう言い出すことを、最初から予想していたらしい。


「可能でしょうな」


「やっぱりそうか」


 レオンは、店先に並べられたレッドボアの肉を見つめた。

 ノルディア騎士団は、訓練を兼ねて毎年大量のレッドボアを討伐している。

 領内で消費するだけでは余ることもあり、多過ぎる肉の処理に困ることさえあった。

 ノルディアでは余っている物が、王都では高級食材として扱われている。

 この価格差を使わない手はない。


「でも、問題は保存か……」


 レオンは腕を組み、考え込んだ。

 ノルディアから王都までは遠い。

 肉を普通の荷馬車へ積んで運べば、王都へ到着する前に傷んでしまう。

 塩漬けや干し肉にする方法もあるが、それでは生肉のような高値では売れないだろう。

 すると、ゼムがどこか懐かしそうな表情を浮かべた。


「もっとも、グラニウス様は王都まで運んでおられましたが」


 レオンが顔を上げる。


「父上が?」


「はい」


 予想していなかった話だった。

 これまで父がレッドボアの肉を王都へ運んでいたなど、一度も聞いたことがない。


「年に一度、王都で行われる祭りに合わせて販売しておりました」


「初耳なんだけど」


「ぼっちゃまが、まだ幼い頃のことでございましたので」


 そう言われれば、覚えていないのも無理はない。

 当時のレオンは、領地の商売に興味を持つような年齢ではなかった。毎日、父やゼムから剣の稽古を受けることばかり考えていた。


「どうやって王都まで運んでいたんだ?」


 ノルディアから王都までの距離を考えれば、普通の方法では新鮮なまま届けられない。

 レオンが尋ねると、ゼムは少し誇らしげに笑った。


「氷でございます」


「氷?」


「旦那様の氷魔法です」


 その答えを聞いた瞬間、レオンは嫌な予感を覚えた。

 父の話になると、大抵の場合、常識では考えられない内容が続く。

 今回も、その予感は的中した。


「その氷は、どれくらい持ったんだ?」


「三週間以上、溶けずに残っておりました」


 レオンは、その場で固まった。


「は?」


「三週間以上でございます」


 ゼムは、聞き間違いではないと示すように繰り返した。


「いや、意味が分からん」


 レオンが思わず声を上げると、ゼムは両手を広げ、やれやれと言いたげに肩を竦めた。


「旦那様ですからな」


「それで納得しろって?」


 思わず、レオンはツッコミを入れた。


 魔法で作り出した氷であっても、普通の氷と同じように時間が経てば溶ける。いくら冬の寒い時期に運んだとしても、三週間以上も溶けずに残る氷など聞いたことがなかった。


 しかし、父ならやりかねない。

 そう思えてしまうことが、何よりも恐ろしい。


 帝国からは【北の戦神】と呼ばれ、王国内でも最強クラスの魔法剣士として知られていたグラニウス・ノルディア。

 剣の腕だけではなく、氷魔法の力も常識から大きく外れていたらしい。


 レオンは腕を組んだまま、しばらく考え込んだ。

 父がどのようにして三週間以上も溶けない氷を作っていたのかは分からない。

 しかし、自分にも同じ氷属性がある。

 完全に再現することはできなくても、調べる価値はある。


 やがて、レオンは楽しそうに口元を緩めた。


「面白そうだな」


「ほう?」


「試してみたい」


 ゼムが、予想どおりだと言いたげに苦笑する。


「また、仕事が増えますな」


「領地の収入になるかもしれないだろ?」


「確かに、その可能性はございます」


 レオンは、もう一度レッドボアの肉へ目を向けた。

 未来を変えるためには、金が必要だ。


 クラリスを救うためにも、ノルディア領を守るためにも、いずれ起きる魔獣の大氾濫を止めるためにも、何をするにしても多額の資金が必要になる。

 使えるものは、何であっても使わなければならない。


「それに――」


 レオンは少しだけ笑った。


「父上にできたのなら、少しくらい真似してみたい」


 その言葉を聞き、ゼムはどこか嬉しそうに目を細めた。


「旦那様も、きっと喜ばれるでしょうな」


 レオンは市場の向こうに広がる空を見上げた。

 まだ、王都には着いていない。

 正式な辺境伯となるための任命式も、これからだ。

 それでも、王都へ向かう旅は、思いがけない収穫をもたらしてくれた。


 ノルディアでは余っているレッドボアの肉。

 そして、父が遺した、三週間以上も溶けない氷の技術。

 それは、ノルディアの新たな収入源となり得る、未来への可能性だった。

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