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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第8章 帝国の大和撫子と英雄の末裔

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間章 大和撫子は譲らない

帝国東部の島々、ヤマト地方。

帝都からスルガ領へ戻って数日が経った。

朝の稽古を終えたミコトは、自室で髪を整えていた。鏡に映るのは、いつもと変わらない自分の姿。艶のある黒髪に黒い瞳。帝都へ向かう前と何一つ変わっていない。


だが、ミコト自身は分かっていた。

変わったものが一つある。


「レオン様……」


小さく名前を口にする。

帝都で出会った王国の辺境伯。

最初は強い男だと思った。

剣だけではない。自分より遥かに大きな魔力を持ちながら、それを誇ることもない。帝国の皇帝を前にしても必要以上に怯まず、第一皇子ジークハルトとも普通に言葉を交わした。

それでいて、スルガ家の屋敷ではヤマトの文化を自然に受け入れた。

ミコトが求婚しても、困惑こそしたものの馬鹿にすることもなかった。


勝てば夫になってほしい。

負ければ自分が妻になる。

最初の申し出は断られた。


だから条件を変えた。

それも結局、受け入れてはもらえなかった。

それでも、嫌われたわけではない。

ならば、まだ終わっていない。


そう考えていると、襖の向こうから声がした。


「ミコト、入ってもいい?」


「母上?……どうぞ」


襖が開き、コトハが部屋へ入ってくる。

手には茶と菓子の載った盆を持っていた。


「少し休憩しましょう?」


「ありがとうございます」


二人で向かい合って座る。

コトハが茶を注ぎながら、どこか楽しそうに娘を見る。


「最近、本当に分かりやすくなったわね」


「何がでしょう?」


「レオン様のことを考えていたでしょう?」


ミコトの手が止まった。


「……何故分かるのですか?」


「母親ですもの」


コトハは笑う。

ミコトは僅かに視線を逸らした。


「別に隠しているつもりはありません」


「そうね。お兄ちゃんにも堂々と求婚したって話していたものね」


「はい」


その結果、ヒロトが「万死に値する」と叫びながら武具を要求したのは記憶に新しい。

父が止めていなければ、本当にその日のうちにノルディアへ向かっていたかもしれない。


コトハは茶を一口飲む。


「本当にレオン様が好きなのね」


「はい」


迷いはなかった。


「妻になりたいと思っております」


「そう」


コトハは嬉しそうに微笑む。

しかし、その後少しだけ表情を変えた。


「でも、一つ聞いておいた方がいいかもしれないわね」


「何でしょう?」


「ミコトは、レオン様の周りにいる女性のことをどれくらい知っているの?」


ミコトは僅かに眉を動かした。


「女性……ですか?」


「ええ」


真っ先に思い浮かんだ女性がいる。


「エミル様なら存じております」


教国の聖騎士。

帝国へレオンと二人で訪れ、長い間行動を共にしていた女性。

赤い髪に蒼い瞳。整った顔、スタイルも良く胸も大きい。

女性同士でさえ見とれるほどの容姿。

それに加え、聖騎士としての実力も高い。

何より、レオンを見る時のエミルの表情を、ミコトは何度も見ている。


「エミル様は、レオン様を好いておられると思います」


「あら、やっぱり?」


「はい」


ミコトは即答した。


「あの方は分かりやすいです」


「ミコトも人のことは言えないと思うけれど」


「そうでしょうか?」


「そうよ」


コトハは苦笑する。

だがエミルの存在については、ミコトも最初から分かっていた。

問題は、その後だった。


「でも、エミル様だけではないみたいよ」


ミコトの黒い瞳が僅かに細くなる。


「……他にも?」


「ええ」


コトハは娘の反応を確かめるように続けた。


「ノルディアにはクロエという女の子がいるそうね」


その名前には聞き覚えがあった。


「クロエ……」


「レオン様と一緒にノルディアを発展させてきた子らしいわ。商売にも領地経営にも関わっていて、レオン様からかなり信頼されているとか」


ミコトは黙って聞く。


「年齢もレオン様と近いそうよ」


「……なるほど」


エミルとは違う。

エミルは教国の人間。

一方、クロエはノルディアで日常的にレオンのそばにいる。

仕事を共にし、領地そのものを一緒に作ってきた。

それはミコトにはない時間だった。


コトハが続ける。


「それからフェルナード伯爵家のフローラ様」


「フローラ様?」


「今は王都の学園へ通っている子ね。レオン様とは以前から親しくしているそうよ」


「その方もレオン様を?」


「少なくとも、かなり好意を持っているという話はあるわ」


「…………」


ミコトは茶へ目を落とした。


エミル。


クロエ。


フローラ。


そして自分。

少なくとも四人。

しかも、ミコトが知らないだけで他にもいる可能性すらある。

コトハは少し心配そうに娘を見る。


「驚いた?」


「多少は」


「そうよね」


「ですが」


ミコトは顔を上げる。


「それが何か問題なのでしょうか?」


今度はコトハが瞬きをした。


「……問題ではないの?」


「何故です?」


「だって、レオン様のことを好きな女性が他にもいるのよ?」


「レオン様ほどの方です」


ミコトは当然のように答えた。


「他の女性から好意を寄せられていても不思議ではありません」


コトハはしばらく娘を見る。


「嫉妬しないの?」


「します」


即答だった。


「するのね」


「当然です」


ミコトは少しだけ不満そうな表情を見せる。


「私も出来ることなら、レオン様には私だけを見ていただきたいです」


その気持ちはある。

エミルとレオンが自然に話している姿を見て、面白くないと思ったこともあった。

自分が知らないレオンを知っている女性がいる。

それは悔しい。


「それと諦めることは別です」


ミコトの声に迷いはなかった。

コトハが微笑む。


「ミコトらしいわね」


「そもそも私は、まだレオン様の妻にもなっておりません」


「そうね」


「でしたら、まずはそこからです」


ミコトは真剣に考え始める。

エミルにはエミルの強みがある。

長く行動を共にし、命を預けるほどの信頼。

クロエにはノルディアで積み重ねてきた時間がある。

領地経営を支え、レオンの日常のすぐそばにいる。

フローラにも、レオンとの間に自分の知らない関係があるのだろう。


では、自分には何がある。


剣。


強さ。


ヤマトの文化。


そして。

誰よりも真っ直ぐに、レオンを欲しいと言えること。


「……負けるつもりはありません」


ミコトが呟く。


「誰に?」


「全員にです」


コトハは思わず笑った。


「恋愛を決闘みたいに考えては駄目よ」


「違うのでしょうか?」


「少なくとも、刀で決着はつけないでね」


「分かっております」


ミコトは本気で答える。

少し考えてから、コトハが尋ねた。


「でも、もしレオン様がその中の誰かを妻に選んだら?」


ミコトの表情が僅かに止まった。

確かに、レオンが誰かを妻にする可能性はある。

エミルかもしれない。


クロエかもしれない。


フローラかもしれない。


自分が選ばれる保証などない。


「その場合は……」


ミコトは考える。

ヤマト地方でも、身分の高い者が複数の妻を持つこと自体は珍しい話ではない。

まして相手は王国の辺境伯。

一人しか妻を持てない立場ではない。


「母上」


「何?」


「レオン様は、一人しか妻を娶れないのでしょうか?」


コトハが一瞬黙る。

そして、娘が何を考えているのか察した。


「……いいえ」


「でしたら問題ありません」


「ミコト?」


ミコトは真顔だった。


「正妻になれなければ、側室になればよいのでは?」


あまりにもあっさりした答えだった。

コトハが目を丸くする。


「それでいいの?」


「はい」


「正妻に拘らないの?」


「レオン様の妻になれるのであれば」


ミコトにとって重要なのは肩書ではない。

一番でなければ意味がないとは思わない。

もちろん一番になれるなら、その方がいい。

レオンに最も愛されたい。隣に立ちたい。

だが正妻という立場に拘った結果、レオンの隣そのものを失うくらいなら意味がない。


「それに」


ミコトは少しだけ口元を緩めた。


「妻になった後で、一番好きになっていただけばよいだけです」


コトハが数秒黙った。

やがて楽しそうに笑い始める。


「本当に前向きね」


「そうでしょうか?」


「ええ、とても」


「ですが、何もしなければ何も変わりません」


ミコトは当然のように言う。


エミルがいる。


クロエがいる。


フローラがいる。


だから何だというのか。

他の女性がレオンを好きだから、自分は身を引く。

そんな選択肢は最初からミコトの中にはなかった。


「でもね、ミコト」


コトハが少しだけ真面目な表情になる。


「他の子を蹴落とすような真似は駄目よ」


「いたしません」


「本当に?」


「はい」


ミコトは頷く。


「レオン様が嫌がると思いますので」


その答えにコトハは少し驚いた後、優しく微笑んだ。


「ちゃんと分かっているのね」


「もちろんです」


勝つ。

だが他人を傷つけて勝つのではない。

レオンに選んでもらう。

そのために自分を磨く。

もっと強くなる。

もっとレオンを知る。

もっと自分を知ってもらう。

そしていつか。


「レオン様から、私を妻にしたいと言わせます」


ミコトは真っ直ぐに宣言した。


「今度は私からではなく、レオン様から求婚していただきます」


「あら」


コトハが楽しそうに笑う。


「それは大変そうね」


「望むところです」


ミコトの黒い瞳に闘志が宿った。

剣を握っている時と何も変わらない。

いや。もしかすると、それ以上だった。





その日の夕方。

スルガ家の訓練場では、いつも以上に鋭い剣戟の音が響いていた。


カンッ!


カンッ!


カンッ!


ミコトは一人、何度も木刀を振るう。

帝都で見たレオンの姿を思い出しながら。


エミル。


クロエ。


フローラ。


強敵は多い。

それでも構わない。

正妻でなくてもいい。

側室でもいい。

まずは妻になる。


その後で、誰よりもレオンに好きになってもらえばいい。

ミコトは木刀を構え直した。


「負けません」


誰に言うでもなく呟く。

その表情には僅かな笑みが浮かんでいた。

レオン・ノルディアを巡る女性達の中に、自分が既に足を踏み入れていることを理解しても。

大和撫子が退く理由には、ならなかった。

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