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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第8章 帝国の大和撫子と英雄の末裔

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第299話 国王への報告

王城の廊下を歩く。

先頭を歩くのはアレク、その後ろをレオンとエミルが続いていた。

アレクの手には、帝国から持ち帰った文書がある。

先程まで話していた時とは違い、今のアレクの表情は真剣だった。


帝国軍五千を率いる第二皇子ルーカス。

そしてバルト山脈で行う王国と帝国の共同討伐。

どれ一つを取っても、第一王子だけで判断出来る話ではない。

しばらく歩くと、二人の近衛騎士が立つ大きな扉の前へ到着した。


アレクが足を止める。


「父上に、ノルディア辺境伯から緊急の報告があると伝えてくれ」


「はっ」


近衛騎士の一人が中へ入り、しばらくして戻ってきた。


「陛下がお会いになります」


話しかけた兵士とは別の兵士が扉が開く。

目線だけ兵に送り、アレクが中へ入る。

その後をレオンとエミルも続いた。



広い執務室。

大きな窓から差し込む昼の光。

壁には王国全土を描いた巨大な地図が掛けられている。

その中央に大量の書類が並んだ机に、一人の男が座っていた。

王国国王、アーサー・エルグランドだった。

レオンとエミルは立ち止まり、揃って頭を下げる。


「ノルディア辺境伯レオン・ノルディア、ただいま帝国より帰還いたしました」


「教国聖騎士団副団長エミル、教国の見届け人として同席させていただきます」


アーサーは手にしていた書類を机へ置いた。


「二人とも顔を上げよ」


「ハッ!」


レオンが顔を上げる。

アーサーの視線がレオンへ向く。


「帝国へ向かったとは聞いていた。無事に戻ったようだな」


「はい」


「それで?」


アーサーは今度はアレクを見る。


「緊急の報告とは何だ?」


アレクは手にしていた文書を差し出した。


「父上、まずはこちらをご覧ください」


侍従が受け取り、アーサーの机へ運ぶ。

国王は文書を手に取った。

国王は静かに目を通していく。

部屋の中に、紙をめくる音だけが響く。

やがて最後まで読み終えると、アーサーの視線が文書の末尾で止まった。


「ジーカス・ヴァルハイト」


少し間を置く。


「そしてジークハルト・ヴァルハイトか」


「はい」


アレクが答える。


「教国の立ち会いの下、帝国皇帝と第一皇子の両名が同意した文書です」


アーサーはエミルへ視線を向けた。


「エミル殿」


「はい」


「そなたはこの協議に同席したのだな?」


「はい」


エミルは真っ直ぐ国王を見る。


「教国より正式な見届け人として同行いたしました。文書に記された内容についても、皇帝ジーカス陛下と第一皇子ジークハルト殿下が同意されたことを確認しております」


アーサーは小さく頷いた。

再び文書へ視線を落とす。


「ジークハルトの名まで載せたか……」


その声には、僅かな感心が混じっていた。

レオンは黙っていた。

やはり国王も、すぐに意味へ気づいた。

ただの署名ではない。

帝国皇帝と第一皇子。

二人の名を外国との正式な文書へ並べる。

しかも第三国である教国が立ち会っている。

帝国がジークハルトをどのような立場として扱っているのか、外から見ても分かる形になっていた。

アーサーは文書を机へ置いた。


「それでレオン」


「はい」


「この文書にある共同討伐について詳しく聞こう」


「承知いたしました」


レオンは持ってきた地図を取り出した。

侍従が机の上へ広げる。

中央にはバルト山脈、その北に帝国、南にノルディア。

レオンは帝国方面を指した。


「今回の大規模討伐では、バルト山脈の帝国側とノルディア側から同時に軍を進めます。帝国方面には帝国軍とノルディア騎士団の一部隊を配置いたします。ノルディアからはガレスを向かわせる予定です」


アーサーが頷く。


「兵数は?」


「全体でおよそ二千です」


「続けよ」


今度はノルディア側を指す。


「こちらにはノルディア軍と帝国軍五千を配置する予定です」


アーサーの目が僅かに細くなる。


「帝国軍五千か」


「はい」


「その五千を率いるのが第二皇子ルーカスだと、先程レオン殿から聞きました」


アレクが補足する。

アーサーはレオンを見る。


「間違いないか?」


「はい」


「帝国第二皇子ルーカス殿下が直接率いる予定です」


少しの沈黙が部屋に流れた。

アーサーは椅子へ深く腰掛けた。


「随分と思い切った話を持ち帰ってきたものだな」


「王国側の許可が得られることを条件にまとめた内容です。無断で帝国軍を入れるつもりではございません」


「それをしていれば、今頃別の話になっている」


「はい」


さすがに、それくらいは分かっている。

アーサーは地図を見ながら尋ねる。


「なぜ双方に他国の兵を混ぜる?」


「監視のためです」


レオンは答えた。


「監視?」


「はい」


レオンはバルト山脈を指す。


「大規模討伐で一方だけが奥へ進みすぎれば、追われた魔獣が反対側へ流れる可能性があります」


「帝国軍が押し込みすぎればノルディアへ」


「ノルディア軍が押し込みすぎれば帝国へ」


「その可能性を少しでも減らすため、双方に相手国の軍を配置します」


アーサーは静かに聞いている。


「同時に、互いの軍がどこまで進んでいるのかを確認する役目も持たせます。和平を結んでいるとはいえ、別の国です。自国軍だけで動けば、余計な疑念を生む可能性があります」


「なるほど」


アーサーは腕を組む。


「相手を信用するために、互いに監視させるか」


「はい」


「和平とはいえ、何も見ないことと信頼することは違いますので」


その言葉に、アーサーが僅かに笑った。


「十六歳の言葉とは思えんな」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「そうしておけ」


アーサーの視線が再び地図へ落ちる。


「だが帝国兵五千を王国領へ入れるとなれば、反対する者は確実に出る」


「承知しております」


王国と帝国は和平関係にある。

だが、長い歴史の全てで友好国だったわけではない。

今でも帝国を警戒する貴族はいる。

その帝国の軍隊を五千も国内へ入れる。

反発が出ないはずがない。


「その点についてはどう考えている?」


「ルーカス殿下に率いていただくこと自体が、一つの保証になると考えております」


アーサーの眉が僅かに動く。


「第二皇子自身をか」


「はい。帝国が王国を害する目的で軍を動かすなら、皇帝陛下の実子をその軍の先頭に置く必要はありません。それにノルディア側にも帝国軍だけを入れるわけではございません、主力はあくまでノルディア軍です」


アーサーは黙って考える。

アレクも口を挟んだ。


「父上、僕も同じように考えます。帝国側にはノルディアの兵を置く、こちらには帝国兵を置く、互いが互いの保証になる形です」


アーサーが息子アレクを見る。


「アレクは賛成なのか?」


「条件付きではありますが……」


アレクは地図へ視線を落とした。


「バルト山脈の問題を放置する方が、将来的な危険は大きいと思います」


十四歳、それでも第一王子として、自分なりに考えているのだろう。

アーサーはしばらくアレクを見つめた後、再びレオンへ視線を戻した。


「討伐はいつ行う?」


「すぐではございません。一年から二年ほどかけて準備を進める予定です」


「帝国側も同じ認識か?」


「はい」


「国王陛下の許可が降りましたら、兵站や進軍経路を含め、これから詳細を詰めます」


「そうか」


アーサーは指先で机を軽く叩く。

やがて手を止めた。


「よかろう」


レオンが僅かに目を見開く。


「では……」


「帝国軍五千をノルディア領へ入れることについて、王国として認める」


「ありがとうございます」


レオンは頭を下げる。

だがアーサーは続けた。


「ただし条件がある」


「はい」


「帝国軍が活動出来る範囲は事前に明確にせよ。王国領内での指揮権についても、帝国側と曖昧なままにするな、物資の調達、兵士同士の問題、犯罪が起きた場合の裁判権、五千人もの他国兵を入れる以上、戦うことだけ決めれば済む話ではない」


レオンは頷いた。


「承知いたしました」


確かにその通りだ。

帝国で決めたのは大きな枠組み。

実際に五千人を受け入れるなら、細かな取り決めはまだいくらでも必要になる。


「詳細をまとめ次第、改めて王都へ報告いたします」


「そうせよ」


ひとまず、共同討伐については王国側からも了承を得られた。

レオンは小さく息を吐く。

だが、話はまだ終わっていない。

アレクがレオンを見る。

その視線だけで分かった。

次の話をしろということだ。

レオンは姿勢を正した。


「陛下、もう一つご相談したいことがございます」


アーサーの眉が僅かに上がる。


「まだあるのか?」


隣でアレクが小さく苦笑した。

先程、自分も同じ反応をしていた。


「ございます」


「申してみよ」


レオンは地図上のノルディア最南端を指した。


「現在進めている大氾濫への避難計画についてです」


国王の表情が変わる。


「避難都市のことか?」


「はい」


「ですが、現在造っている避難都市だけでは不十分だと考えるようになりました」


アーサーは黙って続きを促す。


「大氾濫の兆候が確認された段階で、ノルディアの領民を二方向へ避難させたいと考えております」


「二方向?」


「一つは現在建設しているノルディア最南端の避難都市」


レオンは指を教国方面へ動かした。


「もう一つは教国方面です」


アーサーの目が細くなる。


「王国民を教国へ出すのか?」


「教国が受け入れてくださるのであればです、まだ教国とは話をしておりません」


国王の視線がエミルへ向く。

エミルが静かに頭を下げた。


「王国側でご了承いただけましたら、私からセリオス様へ相談させていただく予定です」


「教国として既に決まっている話ではございません」


「なるほど」


アーサーは再びレオンを見る。


「なぜ分ける?」


「一ヶ所へ集める危険を減らすためです。数万人の領民を一つの避難都市へ集め、そこまで魔獣が到達すれば逃げ場を失います。ならば最初から避難先を分けるべきだと考えました」


アーサーは静かに頷いた。


「理屈は分かる、だが教国が受け入れる保証はないぞ」


「はい」


「ですので、まず王国側で問題がないかを確認した上で相談したいと考えております」


国王はしばらく考える。


「教国が受け入れるのであれば、王国側から止める理由はない」


レオンの表情が僅かに緩む。


「ありがとうございます」


「ただし」


また、レオンは真剣に国王を見る。


「避難民が国境を越えるとなれば、教国との正式な取り決めが必要になる。何人を受け入れるのか、武器を持つ騎士を同行させるのか、食料は誰が負担するのか、長期間になった場合はどうするのか、その辺りは教国と話を詰めよ」


「はい」


エミルも頷く。


「セリオス様へお伝えいたします」


これで教国側へ相談するための前提も整った。

だが、まだ最後がある。

レオンは地図上の指を南へ動かす。

ノルディアから離れ、王都を越え、さらに先のフェルナード。


「そしてもう一つございます」


アーサーがレオンを見る。


「まだあるのか?」


今度はアレクが耐え切れず少し笑った。

エミルも口元を押さえている。

レオンは二人を見る。


「エミル、笑うなよ」


「すみません」


「アレク殿下まで笑わないでください」


「すまない」


アレクはそう言いながらも、少し楽しそうだった。

レオンは気を取り直す。


「大氾濫が実際に起きた後についてです」


国王の表情から笑みが消える。


「続けよ」


「避難によって領民の命を救えたとしても、ノルディアへ戻れるとは限りません」


レオンは地図上のノルディアを見る。


「街が壊され、村が消え、家も畑も失った場合、避難都市に領民を留め続けることは出来ません」


アーサーは何も言わない。

レオンはフェルナードを指す。


「その場合、南側へ避難した領民の一部をフェルナード領へ移せないかと考えております」


「フェルナードか」


「はい」


国王はすぐに意味を考え始めた。


「レイモンドには話したのか?」


「まだ何も」


「先に余へ持ってきたか」


「数万人規模になる可能性があります。レイモンド様だけにお願いする問題ではないと考えました」


アーサーは僅かに頷いた。


「それは正しい」


フェルナード領に何万人もの避難民を移す。

そこまでの規模になれば、一領主同士だけで決める話ではない。


「なぜフェルナードなのだ?」


「安全性と物流です」


レオンは答えた。


「フェルナードは王都よりさらにバルト山脈から離れております。仮に大氾濫の魔獣が王都を越えてフェルナードまで到達するようであれば、その時点で王国全体の危機です。それにフェルナードには海運があります。大量の食料や資材を運ぶ能力があり、商業も発達しております。避難民へ仕事を用意出来る可能性も、他領より高いと考えております」


アーサーは黙った。

長い沈黙の中、レオンも口を開かない。

やがて国王がゆっくり椅子へ背を預けた。


「レオン」


「はい」


「お前はノルディアが滅びた後のことまで考えているのか?」


その言葉に、レオンは一瞬だけ黙った。

滅びる。

聞きたくない言葉だった。

だが、考えていないわけではない。


「はい」


レオンは答えた。


「そう考えております。無論、負けるつもりはございません、ノルディアを捨てるつもりも毛頭ございません、ですが……」


少し言葉を止める。


「私が勝つことと、領民が生きることは別です」


アーサーが静かにレオンを見る。

レオンは続けた。


「討伐が成功するかもしれません、大氾濫そのものが起きないかもしれません」


「起きても、ノルディアで止められるかもしれません」


「でも、それだけを信じて逃げ道を用意しないわけにはいきません」


父グラニウスなら、一人でどうにかしようとしたかもしれない。

実際、父は一人で帝国軍一万を救った。

だが、レオンはグラニウスではない。


「戦う準備と同じくらい、負けた時の準備も必要だと思っています」


静寂が落ちる。

しばらくして、アーサーが小さく息を吐いた。


「グラニウスとは違うな」


レオンの目が僅かに動く。


「父をご存じだったのですか?」


「当然だ」


アーサーは少し懐かしそうな顔をする。


「奴は自分が前に立てば何とかなると考える男だった」


「そして実際に何とかしてしまうことが多かった」


レオンは苦笑する。

否定出来ない。


「だがお前は違う」


国王は地図を見る。


「自分が倒れた後まで考えて道を作るか」


少しの間。そして、


「よかろう」


レオンが顔を上げる。


「フェルナードへの避難案についても、王国として検討を認める」


「レイモンドと話をしてこい」


「ありがとうございます」


「ただし、受け入れを命じるつもりはない」


「当然です」


フェルナードはレイモンドの領地だ。

国王から命令して無理に受け入れさせれば、後で必ず問題になる。


「レイモンドが了承した場合」


アーサーは続ける。


「王国側も必要な支援について検討する。数万人を一領地だけに背負わせるわけにはいかん」


「はい」


そこまで言ってもらえれば十分だった。

レオンが求めていたのは、フェルナードへ押し付ける許可ではない。

交渉を始めるための了承だ。

アーサーは机の上に置かれた帝国との文書を見る。


「帝国との共同討伐、教国への避難、フェルナードへの二次避難」


そしてレオンへ視線を向ける。


「随分大きな計画を持ち込んだものだ」


「申し訳ございません」


「謝る必要はない」


アーサーは小さく笑った。


「辺境伯が辺境を守るために考えて持ってきた話だ。余が聞かずに誰が聞く」


レオンは静かに頭を下げた。


「ありがとうございます」


これで、王国側から必要な了承は得られた。

帝国との共同討伐。

教国への避難交渉。

そしてフェルナードへの二次避難。

まだ全てが決まったわけではない。

むしろ、ここから決めなければならないことの方が多い。

それでも、ようやく次へ進める。

アーサーはレオンを見る。


「この後はどうする?」


「王都で一泊し、明日フェルナード領へ向かう予定です」


「相変わらず忙しいな」


「ノルディアに帰ったばかりなのですけどね」


レオンが小さく苦笑すると、隣のエミルが静かに頷いた。


「本当にその通りだと思います」


「エミルまで言うなよ」


アーサーとアレクが小さく笑う。

レオンは少しだけ肩を落とした。


帝国から王国へ。

そして次はフェルナード。

休む暇は、まだなさそうだった.

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