第298話 第一王子への報告
王都へ入った馬車は大通りを抜け、そのまま王城へ向かって進んでいった。
巨大な城門へ近づくと、ノルディア辺境伯家の紋章を確認した衛兵が姿勢を正す。
馬車が止まり、御者が王城の兵士へ用件を伝える。
しばらくすると、一人の騎士が馬車へ近づいてきた。
「ノルディア辺境伯閣下」
「第一王子殿下への面会をご希望と伺っております」
「はい」
レオンは馬車から降り、続いてエミルも地面へ降りた。
騎士はエミルを見ると、僅かに目を見開く。
白銀を基調とした教国聖騎士団の制服。
腰には細身の剣。
王城の騎士なら、その制服が何を意味するのか分からないはずがない。
「こちらは?」
「教国聖騎士団副団長のエミルです」
エミルが静かに一礼する。
「エミルと申します」
「今回、帝国で行われた話し合いに、教国側の見届け人として同席いたしました」
騎士の表情が変わる。
ノルディア辺境伯が帝国から帰還し、その隣には教国聖騎士団の副団長。
ただの私的な訪問ではないと理解したのだろう。
「少々お待ちください」
騎士はすぐに城内へ向かった。
それから、それほど待つことなく戻ってくる。
「第一王子殿下がお会いになります」
「こちらへどうぞ」
レオンとエミルは、騎士の案内で王城へ入った。
長い廊下を歩く。
何度か訪れたことのある王城だ。
豪華な装飾、磨き上げられた床、壁に掛けられた王国歴代の王や英雄達の肖像画。
帝城とは、また違った雰囲気がある。
エミルは周囲を珍しそうに見ながらも、聖騎士らしく姿勢を崩さず歩いていた。
やがて、一つの部屋の前で騎士が足を止める。
扉を軽く叩く。
「ノルディア辺境伯閣下がお見えになりました」
中から声が返ってくる。
「通してくれ」
聞き慣れた声だった。
扉が開くと、部屋の中には一人の少年がいた。
金色の髪。
王族らしい整った顔立ち。
机の上には、何冊もの本と書類が広げられている。
第一王子アレクだった。
レオンを見るなり、アレクは椅子から立ち上がる。
「レオン殿!」
「お久しぶりです、アレク殿下」
アレクは笑顔で近づいてくる。
「帝国へ行ったと聞いていたけど、もう戻っていたのか?」
「はい。帝都からノルディアへ戻り、それから王都まで参りました」
アレクの笑顔が少し引きつる。
「そのまま?」
「ノルディアで三日ほどは滞在していましたが?」
「それを、そのままと言うんじゃないのか?」
「私もそう思います」
後ろから、エミルの声が聞こえる。
レオンが振り返る。
「エミルまで言うのか?」
「事実ですので」
アレクは、そこでエミルへ視線を向けた。
「エミル殿もお久しぶりです」
「以前、ノルディアでお会いして以来ですね」
エミルはアレクへ向き直り、丁寧に頭を下げる。
「お久しぶりでございます、アレク第一王子殿下、再びお目にかかれて光栄です」
「こちらこそ。帝国へ同行されたと聞いています」
「はい」
「今回、レオン辺境伯と帝国の間で行われた協議に、教国から第三者として立ち会いました」
「帝国との協議?」
アレクがレオンを見る。
先程までの知人を見る顔ではない。
第一王子としての顔だった。
「その件をご報告するために参りました」
レオンは持っていた革製の鞄を、机の上へ置いた。
「少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
アレクはすぐに使用人へ声を掛ける。
「しばらく誰も入れないでくれ」
「かしこまりました」
使用人達が全員外に出て、扉が閉じられる。
アレクは、レオンとエミルへ椅子を勧め、三人が席へ着いた。
レオンは鞄を開け、帝国から持ち帰った文書を取り出した。
アレクの前へ置く。
「まずは、こちらをご覧ください」
アレクが文書を手に取る。
目を通していく。
最初は静かだった。
だが、徐々に表情が変わっていった。
「…………」
最後まで読み終える。
アレクはもう一度最初へ戻り、文書の最後に記された名前を見る。
「ジーカス・ヴァルハイト」
その下。
「ジークハルト・ヴァルハイト……」
アレクが顔を上げる。
「第一皇子も?」
「はい」
「皇帝陛下だけじゃなく、第一皇子まで名を連ねたのか?」
「その通りです」
アレクは再び文書へ視線を落とした。
十四歳とはいえ、第一王子だ。
これが、ただの共同討伐に関する文書ではないことくらい理解出来る。
皇帝と第一皇子の名が並んでいる。
しかも、教国が第三者として立ち会っている。
帝国が次の皇帝として誰を扱っているのか。
それを国外へ示したに等しい。
「……随分大きなものを持って帰ってきたな、レオン殿」
「私もそう思います」
「そこは自分で言うのか?」
「事実ですので」
アレクは呆れた顔をした後、もう一度文書を見る。
「エミル殿」
「はい」
「この文書について、教国も内容を確認しているのですか?」
「はい」
エミルは真っ直ぐ答える。
「私は教国より、正式な見届け人として帝国へ同行いたしました」
「協議にも同席しております」
「皇帝ジーカス陛下、第一皇子ジークハルト殿下が、この内容へ同意されたことも、この目で確認しております」
アレクは静かに頷いた。
それだけで、文書の重みがさらに増す。
レオン一人が帝国から持ち帰った話ではない。
第三国である教国の人間が証言出来る。
だからこそ、エミルには王都まで同行してもらった。
「それで」
アレクは文書を机へ置いた。
「共同討伐というのは、具体的にどうするつもりなんだ?」
レオンは用意していた地図を取り出し、机へ広げる。
「バルト山脈を両側から攻めます」
「両側?」
「はい」
レオンは帝国側を指した。
「帝国方面からは、帝国軍とノルディア騎士団の一部隊を進ませます」
「ガレスに率いてもらう予定で、全体で約二千です」
次に、ノルディア側へ指を動かす。
「こちらは、ノルディア軍と帝国軍五千です」
アレクの動きが止まった。
「五千?」
「はい」
「帝国兵五千をノルディアへ入れるのか?」
「その許可をいただくために参りました」
アレクは額へ手を当てた。
「レオン殿……」
「何でしょうか?」
「先に帝国と、そこまで決めてきたのか?」
「王国の許可が必要なのは、帝国側も理解しております」
「正式決定ではありません」
「王国側が了承すれば、という条件付きです」
「そういう問題なのか……?」
アレクがため息を吐く。
レオンは少し首を傾げた。
帝国側で協力出来るところまで話をまとめ、その上で王国側へ持ち帰る。
その方が話は早い。
そう考えたのだが、アレクには少し大胆に映ったらしい。
「その五千は誰が率いる?」
「ルーカス殿下です」
今度こそ、アレクが固まった。
「…………なんだと?」
「ルーカス殿下です」
「いや、聞こえなかったわけじゃない」
アレクが眉間へ指を当てる。
「帝国第二皇子が五千の兵を率いて、王国領へ入るのか?」
「はい」
「それをさらっと言うな」
レオンは困ったように笑う。
「ですが、ルーカス殿下であれば話は通しやすいと思います」
「レオン殿はそうかもしれないけど、王国から見れば帝国第二皇子だ」
確かにその通りだった。
レオンにとって、ルーカスは何度も顔を合わせた相手だ。
だが、王国から見れば皇帝の息子。
しかも、帝国でも屈指の剣の才能を持つ第二皇子だ。
その人物が兵五千を率いて国境を越える。
警戒されない方がおかしい。
「ですから、アレク殿下から国王陛下へお話しいただきたいのです」
「俺から?」
「はい」
「最初からそのつもりで来たのか?」
アレクは少しだけ目を細める。
「レオン殿」
「はい」
「僕を便利な取り次ぎ役だと思ってないか?」
「そのようなことは思っておりません」
レオンは即答した。
「本当か?」
「第一王子でいらっしゃるアレク殿下からお話しいただくのが、一番早いと考えているだけです」
「それを便利な取り次ぎ役って言うんじゃないのか?」
エミルが口元を押さえる。
レオンは横を見る。
「エミル、笑うなよ」
「すみません」
アレクは、そのやり取りを見て苦笑した。
「エミル殿も苦労していそうですね」
「……否定はいたしません」
「おい」
思わずレオンが、エミルへ向けて呟く。
なぜ二人が意気投合しているんだ。
少しだけ空気が和らぐ。
だが、アレクはすぐに表情を戻した。
「ただ」
地図を見る。
「理由は分かった。帝国側だけで押し込めば、魔獣がノルディア側へ逃げる可能性がある」
「逆も同じです」
「だから、双方に相手国の兵を入れて監視させる」
「はい」
「それに、帝国第二皇子本人がノルディア側へ入るなら、帝国が勝手なことをする可能性も低い」
「その意味もございます」
アレクはしばらく考え込んだ。
やがて口を開く。
「父上に話す価値は十分あると思う」
レオンは小さく息を吐いた。
まず一段階。
アレクには理解してもらえた。
「それと、もう一つございます」
「まだあるのか?」
アレクが、嫌な予感がするような顔をする。
「そのような顔をなさらないでください」
「レオン殿が帝国から帰ってきて、まだあるって言ったんだぞ?嫌な予感くらいする」
「避難計画です」
アレクの表情が少し変わった。
「ノルディアの民のか?」
「はい」
レオンは地図上のノルディアを指した。
「現在、ノルディア最南端に大規模な避難都市を造ろうとしているのは、ご存じですよね?」
「報告では聞いている」
「ただ、それだけでは足りないと思っています」
アレクが黙って続きを待つ。
「大氾濫の兆候が出た段階で、領民を二方向へ分けて避難させたいと考えています」
「二方向?」
「一つは、現在造っている最南端の避難都市です」
レオンは指を教国方面へ動かす。
「もう一つは、教国方面です」
アレクが眉を寄せた。
「国境を越えるつもりか?」
「まだ決まっておりません」
レオンはすぐに答える。
「教国側にも、まだ何もお話ししていません」
「王国の了承が得られましたら、エミルからセリオスさんへ相談してもらう予定です」
アレクがエミルを見る。
エミルが頷く。
「教国が受け入れると決まったわけではございません」
「ですが、王国側で了承を得られましたら、私からセリオス様へお話しするつもりです」
「なるほど……」
アレクは地図を見る。
「でも、なぜ二つに分ける?」
「一ヶ所へ集める方が危険だからです」
レオンはバルト山脈を見る。
「数万人を一ヶ所へ集めて、その避難都市まで魔獣が来れば終わりです」
「それなら、最初から分散させた方がいい」
アレクはゆっくり頷く。
「確かに」
「それに、大氾濫が本当に起きた場合は、その先も考えなければなりません」
「その先?」
レオンは教国方面を指す。
「教国側へ逃がした領民は、そのまま教都まで受け入れてもらえないか、相談したいと考えています」
続いて、ノルディア最南端から南へ指を動かす。
王都を越え、さらに先へ。
「南側へ逃がした領民は、大氾濫でノルディアへ戻れなくなった場合、フェルナード方面へ移したいと考えています」
アレクが目を見開く。
「フェルナード?」
「はい」
「レイモンド伯には?」
「まだ何も申し上げておりません」
「…………」
アレクが黙った。
レオンは僅かに首を傾げる。
「何か問題がございますか?」
「いや」
アレクは小さく息を吐く。
「レオン殿は相変わらずだなと思って」
「何がでしょうか?」
「話が大きい」
「仕方ありません」
レオンは少しだけ真剣な表情になる。
「領民を逃がして終わりではありません。もし大氾濫で街や村が壊されたら、助かった人達には帰る場所がありません」
アレクの表情から、呆れた色が消えた。
レオンは続ける。
「家がなくなります、畑もなくなります、仕事も失います。避難都市へ何万人も置いたまま、ノルディアが復興するまで何年も暮らさせるわけにはいきません」
「だからフェルナードか」
「はい」
王都よりさらに南。
バルト山脈から遠く離れた場所。
仮に魔獣が王都を越えてフェルナードまで到達するようなら、それはもうノルディアだけの災害ではない。
王国そのものが危険に晒される規模だ。
「フェルナードなら海運もあります」
「大量の物資を動かせますし、商業も発達しています」
「避難民が一時的に生活する場所としては、候補になると考えています」
アレクはしばらく何も言わなかった。
地図を見つめている。
やがて、小さく息を吐いた。
「これも父上に話すつもりなんだな?」
「はい」
「共同討伐の許可だけじゃなく、避難計画も?」
「そのために参りました」
アレクは椅子の背にもたれる。
「帝国との話をまとめて」
「帝国兵五千を入れる許可を求めて」
「教国へ避難させる案を持ってきて」
「その後、フェルナードに数万人規模の避難民を受け入れてもらう話をしに行く」
レオンは少し考える。
「まとめると、そうなりますね」
「他人事みたいに言うな」
「他人事ではございませんよ」
「余計そう聞こえる」
エミルが小さく笑った。
レオンは再び横を見る。
「エミル」
「はい?」
「また笑っただろ」
「少しだけです」
アレクも、つられるように苦笑する。
だが、すぐに立ち上がった。
「分かった」
「父上へ話す」
レオンも僅かに目を見開く。
「今からですか?」
「ああ」
アレクは、机の上に置かれた帝国との文書を手に取る。
「これは俺だけで判断出来る話じゃない!特に帝国兵五千とルーカス殿下の入国は、すぐに父上へ報告すべきだ」
レオンも立ち上がる。
「私達もご一緒した方がよろしいでしょうか?」
「当然だ」
アレクはエミルを見る。
「教国の見届け人がいるなら、その場で話を聞いていただいた方が早い」
「承知いたしました」
アレクは扉へ向かう。
レオンも革製の鞄を持ち、その後へ続いた。
扉の前で、アレクが一度振り返る。
「それにしても、レオン殿」
「何でしょうか?」
「帝国から帰ってくる度に、こういう話を持ってくるつもりじゃないだろうな?」
「今回は初めてです」
「次がないことを祈るよ」
レオンは小さく苦笑する。
「私もそう願っております」
アレクは呆れたように笑い、扉を開いた。
帝国との協議は終わった。
だが、今回の計画を実現するには、王国の了承が必要になる。
レオンとエミルはアレクの後に続き、国王のいる執務室へ向かって歩き始めた。




