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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第8章 帝国の大和撫子と英雄の末裔

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第295話 ノルディアへの帰還

帝都を出発して十四日。

馬車の窓の向こうに、見慣れた景色が広がり始めていた。

遠くには白く雪を残したバルト山脈が連なり、その手前にはノルディアの大地が広がっている。


街道を行き交う荷馬車。


畑で働く領民。


道沿いに並ぶ宿や店。


帝国へ向かった時にも見た景色だったが、長く領地を離れていたせいか、妙に懐かしく感じる。

レオンは窓の外を眺めながら、小さく息を吐いた。


「帰ってきたな……」


向かいに座るエミルも、窓の外へ視線を向ける。


「はい」


馬車が領都へ近づくにつれ、人の往来も少しずつ増えていく。

レオンが領主となったばかりの頃に比べれば、街道を行き交う商人も明らかに増えた。


宿場町。


ボア肉事業。


魔力草やポーション事業。


氷事業。


保温箱。


それ以外にも、クロエと共に始めた事業はいくつもある。

帝都という巨大な都市を見た後では、小さく感じるかもしれない。

それでもレオンにとっては、自分が守らなければならない場所だった。

やがて馬車は、ノルディア邸へ続く道へ入った。

門の前には、既に使用人達が並んでいる。

その中央には、クロエとゼムの姿があった。

馬車が止まり、扉が開く。

レオンが地面へ降りると、クロエがすぐに駆け寄ってくる。


「お帰り、レオン!」


「ああ、ただいま」


続いて、エミルが馬車から降りる。


クロエはそのままエミルへ笑顔を向けた。


「エミルさんもお帰り!」


「ただいま戻りました、クロエさん」


少し遅れて、ゼムが歩み寄る。


「お帰りなさいませ、ぼっちゃま」


「ああ」


「随分と長いお出掛けでございましたね」


「帝都だから仕方ないだろ」


ゼムは静かに頷いた。


「左様でございます」


珍しく素直だ。

そう思った直後。


「その間に溜まりました書類についても、その一言で片付けられるのでしたら、私も何も申し上げませんが…」


「…………」


レオンは黙った。

クロエが横で吹き出す。


「ちゃんと残してあるよ」


「残さなくていいのに」


「領主の確認が必要なんだから仕方ないでしょ」


帝国では、皇帝やジークハルト達と政治の話ばかりしていた。

帰ってきた瞬間に、今度は領主の仕事が待っている。

それでも、このやり取りを聞いていると、ようやく帰ってきたのだと実感出来た。

クロエは少しだけ表情を引き締める。


「それで?」


レオンを見る。


「どうだったの?」


何を聞いているのか、説明されるまでもない。

レオンは小さく頷いた。


「上手くいった」


クロエの目が僅かに大きくなる。


「本当に?」


「ああ」


「帝国とは、バルト山脈の大規模討伐について正式に話がまとまった」


クロエは安堵するように息を吐いた。


「そっか……」


今回の帝国訪問は、王国と帝国に新しく和平を結ぶためのものではない。

両国の和平そのものは、父グラニウスの時代から続いている。

かつて帝国軍一万が魔獣の群れに追い詰められた時、グラニウスがその軍を救った。

その時、帝国軍を率いていたのが、まだ皇子だったジーカスだ。

その縁が後の和平へ繋がり、ジーカスが皇帝となってからも、両国の関係は維持されてきた。


今回レオンが帝国へ向かったのは、その関係をさらに一歩進めるためだった。

互いの兵を領内へ入れ、バルト山脈へ同時に軍を進め、共同で大規模討伐を行う。

それを正式な形にするための話し合いだった。


「詳しい話は中でしよう」


「うん」


レオン達はそのまま邸の中へ入った。

執務室へ入ったレオンは、机を見た瞬間に足を止めた。

机の上には、大量の書類が積まれている。

綺麗に整理されてはいる。

だが、量が多い。


「…………」


ゼムがいつもの調子で声を掛ける。


「どうされました、ぼっちゃま?」


「いや……」


クロエが机を覗き込む。


「僕が処理出来るものは全部やったよ」


「じゃあ、これは?」


「レオンじゃないと決められないもの」


ゼムも頷く。


「領主としてのご判断が必要なものだけを残しております」


帰って早々これか。

レオンは小さくため息を吐くと、諦めて椅子へ腰を下ろした。

クロエとエミルも向かい側へ座り、ゼムはレオンの横へ立つ。


「まず、帝国で決まったことから話す」


レオンは机の引き出しから地図を取り出した。

中央にはバルト山脈。

その北側には帝国。

反対側にはノルディアがある。


「大規模討伐は予定通り、帝国側とノルディア側の両方から同時に行う」


レオンは帝国側を指した。


「帝国側には帝国軍と、ガレスが率いるノルディア騎士団の一部隊を入れる。全体でおよそ二千」


続いて、ノルディア側を指す。


「こっちにはノルディア軍と、ルーカスが率いる帝国軍五千を入れる予定だ」


クロエは地図を見ながら首を傾げた。


「随分、人数に差があるね」


「ああ」


単純な人数だけを見れば、帝国の負担が大きい。

だが、今回の配置には別の意味がある。


「両方に相手国の軍を入れる理由は二つある」


レオンはバルト山脈の中央付近へ指を移した。


「一つは、片方が奥へ入りすぎないようにするため」


クロエがすぐに理解する。


「帝国側が進みすぎたら、追われた魔獣がノルディア側へ逃げてくる」


「そう」


レオンは頷いた。


「逆も同じだ。ノルディア側が押しすぎれば、帝国側へ魔獣が流れる可能性がある」


魔獣に国境は分からない。

追われれば逃げる。

その逃げた先に街や村があれば、被害を受けるのは、そこに暮らす人間だ。

ゼムが静かに口を開く。


「もう一つは、監視役ですか?」


「ああ」


互いに和平関係にあるとはいえ、別の国だ。

相手がどこまで進み、何をしているのかを把握出来る人間がいた方がいい。

それに、自国の兵士だけで山へ入れば、知らないうちに境界を越えてしまう可能性もある。

相手国の兵を混ぜることで、余計な疑念を生まないようにする。

クロエは納得したように頷いた。


「なるほどね」


「それと、魔獣素材の利益についても話はついてる」


その瞬間。

クロエの目つきが変わった。


「詳しく」


レオンは少しだけ苦笑する。


「そこは食いつくんだな」


「当たり前でしょ。何人動かすと思ってるの?」


商人としては当然なのだろう。


「普通に討伐した側が全部取る形にはしない」


レオンは帝国側を指す。


「帝国方面で討伐した魔獣素材の利益は、二千人分の利益をノルディア側へ回す」


続いて、反対側へ指を移す。


「ノルディア方面で討伐した素材については、参加する帝国軍五千人分を帝国側へ回す」


クロエは少し黙って考える。


「兵数の差で不満が出ないようにするため?」


「ああ」


帝国側が出す兵士の数は多い。

その分だけ、帝国側の負担も大きくなる。

討伐後に利益だけを単純に山分けすれば、必ずどこかに不満が残る。

その不満を少しでも減らすための仕組みだった。


「ジークもすぐに気づいてた」


「流石、帝国の頭脳だね」


「ああ」


クロエは地図を見ながら小さく笑う。


「レオンと相性良いよね」


「どういう意味だ?」


「考えてることをすぐ理解してくれる人がいると楽でしょ」


否定は出来ない。

ジークハルトとは話が早かった。

こちらが何を狙っているのか、少し説明しただけですぐに理解していた。

ただ今回の話し合いには、共同討伐以外にも意味があった。


皇帝 ジーカス


第一皇子 ジークハルト


二人の名が、教国の立ち会いの下で交わされた正式な文書に並んだ。

それは、ジークハルトが次の皇帝になる人間だと、帝国外へ示したことでもある。

原作では、帝国がジークハルト派とルーカス派に割れた。

その末にジークハルトは悪役となり、ルーカスルートでは命を落とす。

今回のことで、その未来が完全になくなったとは言えない。

だが少なくとも、以前よりは遥かに起こりにくくなったはずだ。

レオンが黙り込んでいると、クロエが顔を覗き込む。


「レオン?」


「ん?」


「また難しいこと考えてた?」


「ちょっとな」


「帝国で何かあったの?」


「いや、今すぐどうこうって話じゃない」


クロエは少し不満そうだったが、それ以上は聞かなかった。

レオンは話を戻す。


「帝国側とはここまで決まった」


「じゃあ、次は王国?」


「ああ」


レオンは地図上の王都を指した。


「帝国軍五千をノルディア領へ入れる以上、俺の判断だけじゃ進められない。国王陛下の許可を取る必要がある」


「いつ王都に行くの?」


「数日したら」


クロエの目が細くなる。


「数日?」


「……その予定」


「帰ってきたばっかりだよ?」


「分かってる」


「書類は?」


レオンはゆっくり机を見る。

そこには、大量の書類がある。


「頑張る」


「終わらせてから行ってね」


「善処する」


「終わらせてから」


「はい」


ゼムが満足そうに頷いた。


「よろしいお返事でございます」


レオンは少しだけ肩を落とした。

だが、王都へ向かう理由は、共同討伐の許可だけではない。

もう一つ帝都から戻る途中に考えたことがある。

レオンは地図を少し手前へ引いた。


「それと、クロエ」


「何?」


「避難計画のことで相談がある」


クロエの表情が一瞬で変わった。


「……何を増やすの?」


「まだ増やすって言ってないだろ」


「レオンが相談って言う時は、大体何か増えるから」


エミルが小さく笑う。

レオンは気を取り直して、地図へ視線を戻した。


「今進めてるノルディア最南端の避難都市は、そのまま進める」


「うん」


「でも、大氾濫が起きそうになった時、領民全員をそこへ集めるのは危険だと思う」


クロエの顔から、先程までの警戒が少し消えた。


「どういうこと?」


「避難先を二方向に分けたい」


レオンはノルディア最南端を指す。


「一つはここ」


そのまま指を教国方面へ動かした。


「もう一つは教国側」


「教国?」


「ああ。ただ、こっちはまだ何も決まってない」


レオンは先に念を押した。


「王国側の許可も必要だし、教国にも当然、協力してもらわないと無理だ」


エミルが頷く。


「王国側でお話がまとまりましたら、私からセリオス様へご相談する予定です」


クロエはエミルを見る。


「もうそこまで話してたんだ」


「帝都から戻る途中で聞きました」


「僕には帰ってきてからなんだ」


「今話してるだろ」


「そうだけど」


少し頬を膨らませるクロエを無視して、レオンは続ける。


「大氾濫が起きなければ、そのまま領民をノルディアへ戻せばいい」


「うん」


「問題は、本当に起きた時だ」


レオンは地図の教国方面を指す。


「教国側へ避難させた領民は、そのまま教都まで逃がせないか相談したい」


クロエの目が少し大きくなる。


「教都まで?」


「ああ」


「そこまで行くの?」


「ノルディアへ戻れない可能性があるからな」


避難させたことで命は助かった。

だが、その後に帰る場所がなくなれば、それで終わりではない。


住む場所。


食料。


仕事。


生活。


全てが必要になる。

レオンは今度はノルディア最南端へ指を戻した。


「南側へ避難させた領民についても同じだ」


「そっちはどうするの?」


「大氾濫が本当に起きて、ノルディアへ戻れない状況になったら、そのままフェルナード方面へ向かわせたい」


クロエが少し驚いた顔をする。


「フェルナード?」


「ああ」


レオンは王都を指し、そのさらに先へ指を動かした。


「フェルナードは王都よりさらに先だ。バルト山脈からの大氾濫が王都を越えて、さらにそこまで行くなんて、まず考えられない」


「確かに」


「もしそこまで魔獣が来てるなら、もうノルディアだけの問題じゃない」


王国全体が危険に晒されている。

そこまでの規模になれば、避難計画そのものを考え直す必要があるだろう。


「だから、フェルナード方面は大氾濫から逃げるための一次避難場所じゃない」


クロエは少し考えた後、理解したように口を開く。


「ノルディアが壊滅した後の避難場所?」


「ああ」


レオンは頷いた。


「領民が助かっても、帰る街や村が残ってるとは限らない」


家がなくなる。


畑がなくなる。


店がなくなる。


領都そのものが、大きな被害を受けている可能性もある。


「その時に、最南端の避難都市へ何万人も置いたままには出来ない」


「だからフェルナードへ移す」


「そういうこと」


クロエは地図を見つめた。


「でも、レイモンド様にはまだ話してないんでしょ?」


「ああ」


「フローラにも?」


「まだだ」


「じゃあ、本当に構想だけなんだ」


「最初からそう言ってる」


フェルナード領はレイモンドの領地だ。

レオンが勝手に避難先として決められるはずがない。

大量の領民を受け入れるとなれば、土地だけの問題でもない。


食料。


水。


住居。


治安。


仕事。


フェルナード側にも、大きな負担を掛けることになる。


「王都で国王陛下の了承が取れたら、その後フェルナードへ行く」


「直接お願いするの?」


「ああ」


「レイモンド様に?」


「そう」


クロエは額へ手を当てた。


「帝国から帰ってきたと思ったら、次は王都で、その後フェルナード……」


「それが終わったらノルディアに戻る」


「当然でしょ」


「エミルも、そこまでは一緒に来てもらう」


クロエがエミルを見る。


「エミルさんも?」


「はい」


エミルは少し困ったように笑った。


「王都までは、今回の合意を見届けた教国の立場として同行しますし、その後、フェルナードでの話も聞いておいた方が、セリオス様へご説明しやすいと思います」


「なるほど」


クロエは納得したように頷いた。


「それで、ノルディアに帰ってきた後、エミルさんは教国へ?」


「その予定です」


「忙しいね……」


「私もそう思います」


二人の視線がレオンへ向いた。


「何だよ」


クロエがため息を吐く。


「レオンと一緒にいると、予定が増えるねって話」


「俺のせいじゃないだろ」


「ほとんどレオンのせいだよ」


ゼムも静かに頷いた。


「否定は難しいかと」


味方がいない。

レオンは小さく息を吐くと、改めて地図上のノルディアを見つめた。

大規模討伐を行う。

その準備を進める。

可能な限り魔獣の数を減らす。

それでも、大氾濫が起きた場合に備えなければならない。

父グラニウスは、一人で帝国軍一万を救った。

だが、レオンは父とは違う。

同じことが出来るとは思っていない。

なら、戦う前に出来ることを全てやる。


避難する場所を作る。


逃げる道を作る。


そして、故郷を失った後でも生きていける場所を用意する。

レオンは地図を見つめながら、小さく呟いた。


「使わないで済むのが一番なんだけどな」


クロエも静かに頷く。


「うん」


そのために帝国と話をした。

次は王国、その後はフェルナード、そして教国。

まだ、やることは多い。

レオンが地図を畳もうとした時。

ゼムが机の上に積まれていた書類を一枚取り、一番手前へ置いた。


「では、ぼっちゃま」


「……なんだ?」


「王都へ向かわれる前に、こちらからお願いいたします」


レオンは書類を見る。

その後ろには、まだ何十枚も残っている。


「今日くらい休ませてくれない?」


「十四日間、ずっと馬車へ座っておられたではありませんか」


「移動は休暇じゃないぞ」


クロエが笑う。


「ほら、早くやろう」


「クロエまで……」


エミルも口元を押さえながら、小さく笑っていた。

長い帝国への旅を終え、レオンはようやくノルディアへ帰ってきた。

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