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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第8章 帝国の大和撫子と英雄の末裔

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第285話 バルド山脈の異変について

皇室の馬車が石畳の上を進んでいく。

窓の外には、夕暮れに染まり始めた帝都の街並みが流れていた。通りには仕事を終えて家路につく人々や、これから夜の商いを始める露店の姿が見える。

馬車の中にはレオン、ジークハルト、ミコトの三人が座っていた。

先ほどまでとは違い、会話はほとんどない。

ジークハルトは腕を組み、何かを考えている。恐らくバルド山脈のことだろう。

レオンも窓の外を眺めながら、これから話す内容を頭の中で整理していた。

原作で起こるバルド山脈の大氾濫。

時期だけを考えれば、まだ四年ほど先だ。

だが、それをそのまま信じるつもりはない。

既に魔獣の活性化は始まっている。

しかもノルディア側だけではなく、帝国側で

偶然で済ませられる段階ではなかった。


やがて馬車は皇城へ到着した。

三人が馬車を降りると、既に連絡を受けた文官が待っていた。


「ジークハルト第一皇子殿下、会議室の準備が整っております」


「分かった。ルーカスと二人の将軍は?」


「ルーカス第二皇子殿下は既にお待ちです。スルガ将軍、アメラン将軍にも連絡を入れております」


「そうか」


ジークハルトは頷くと、レオンを見る。


「行こう」


「はい」


レオンも頷いた。

ミコトはここで足を止める。


「では、私は宴の準備へ向かいます」


「ああ」


レオンが答えると、ミコトは一礼した。


「レオン様、また後ほど」


「ああ。また後で」


ミコトはもう一度頭を下げると、侍女と共に廊下の向こうへ歩いていった。

レオンとジークハルトは文官の案内を受け、皇城の奥へ向かった。

会議室へ入ると、既にルーカスが待っていた。

長机の前に座っていたルーカスが、扉の開く音に顔を上げる。


「遅かったな」


「ああ」


レオンが答える。

ルーカスはレオンの顔を見た。


「……」


そして、少し目を細める。


「よく寝たみたいだな」


「……」


レオンが黙る。

ジークハルトの口元が僅かに緩んだ。


「兄貴」


「俺は何も言っていない」


「じゃあ何で分かったんだよ!」


ルーカスは平然と答える。


「顔」


「そんなに分かりやすいのか!?」


「それと髪」


レオンが慌てて自分の髪へ触れる。

急いで整えたつもりだった。


「寝癖残ってる?」


「少し」


「嘘だろ……」


レオンが手櫛で髪を直す。

その様子を見ていたルーカスが小さく鼻で笑った。


「だから言っただろ」


「寝坊するなって」


「まだ宴には間に合ってるだろ!」


「寝坊したことは認めるんだな」


「……」


レオンが黙った。

完全に墓穴を掘った。

ジークハルトが小さく息を吐く。


「その辺にしておけ。今日は遊びに来たわけではない」


その言葉で、ルーカスの表情が変わった。


「何の話だ?」


「バルド山脈だ」


ルーカスの翡翠色の瞳が僅かに細くなる。


「魔獣か」


「ああ」


ジークハルトは席へ座る。

レオンもその向かいへ腰を下ろした。

間もなく扉が開く。


「失礼いたします」


入ってきたのはクニヒロ・スルガだった。

普段の着物姿ではなく、帝国軍将軍としての正装に身を包んでいる。


「お呼びと伺いました」


「ああ。急に呼び立ててすまない」


「お気になさらず」


クニヒロは一礼すると席へ着いた。

それから少し遅れて、再び扉が開く。

褐色の肌。

赤みを帯びた髪。

鍛えられた大柄な身体。

帝国のもう一人の将軍。

ラメセス・アメランだった。


「失礼いたします」


ラメセスは皇子二人へ一礼し、続いてレオンへ視線を向ける。


「ノルディア辺境伯殿」


「アメラン将軍」


互いに軽く頭を下げる。

ラメセスも席へ着いた。

これで全員が揃った。

ジークハルトが室内を見回す。


「急に集まってもらった理由は、バルド山脈についてだ」


クニヒロとラメセスの表情が僅かに変わる。


「魔獣の活性化でございますか?」


クニヒロが尋ねる。


「ああ」


ジークハルトは頷く。


「先日、レオン辺境伯とも話したが、帝国側だけではない。ノルディア側でも同じ異変が確認されている」


二人の将軍の視線がレオンへ向く。


レオンは頷いた。


「ノルディア側でも、ここ最近明らかに魔獣の動きがおかしくなっています」


「具体的には?」


ラメセスが尋ねる。


「山奥に生息しているはずの魔獣が麓近くまで降りてきています。それに伴って縄張り争いも増えている。討伐して数を減らしても、しばらくすると別の群れが現れる」


ラメセスが腕を組む。


「帝国側と同じだな」


「はい」


クニヒロも頷く。


「帝国側でも、この冬だけで麓近くに姿を現した魔獣の数は例年を上回っております。今までは山奥でしか確認されなかった種類も混ざっております」


「原因は分かっているのか?」


ルーカスが尋ねる。

クニヒロは首を横へ振った。


「現状では何とも。ただ、山奥で何らかの変化が起きている可能性は高いかと」


ラメセスも続ける。


「餌場が変わったか、さらに強い魔獣に縄張りを追われたか。あるいは繁殖数そのものが増えているか」


「どれにしても厄介だな」


ルーカスが呟く。

レオンも同じことを考えていた。

魔獣が麓へ降りてきている。

それだけなら、まだ討伐すればいい。

だが問題は、その原因が山奥にあることだ。

強い魔獣に追われているのなら、その強い魔獣は何なのか。

個体数が増えているのなら、何故増えているのか。

そして何より、レオンには答えを知っている可能性があった。

原作で起こった。

バルド山脈の大氾濫。

ただし、ゲームでは大氾濫そのものが事件として描かれていただけで、四年前の段階で何が起こっていたのかまでは分からない。

もしかすると、今、自分達が目にしている異変こそ。

その始まりなのかもしれない。

ジークハルトがレオンを見る。


「それで?」


「はい?」


「わざわざ宴の前に時間を求めたんだ。ただ異変について確認したかっただけではないのだろう?」


さすがだ。

レオンは小さく息を吐いた。


「はい」


姿勢を正す。


「大規模な討伐を行うべきだと考えています」


室内の空気が変わった。

ラメセスが眉を上げる。


「大規模討伐か」


「はい」


「今までのように、麓へ降りてきた魔獣だけを個別に討伐していても根本的な解決にはなりません」


レオンは机の上に広げられたバルド山脈周辺の地図を見る。


「帝国側とノルディア側。同時に異変が起きている以上、原因はバルド山脈そのものにある可能性が高い」


「なら、山へ入って数を減らす」


ルーカスが言う。


「そういうことか?」


「ああ」


レオンは頷く。


「ただし」


そこで言葉を切る。


「ノルディアだけでやるつもりはない」


ジークハルトが僅かに目を細めた。


「帝国と共同で、ということか」


「はい」


レオンは頷く。


「今日、友好条約を結びました」


その第二条。


両国において有事の際、領民の生命を脅かす事態が発生した場合、双方は可能な限り援軍を送り、互いに支援する。


まさに、そのための条文でもある。


「バルド山脈はノルディアと帝国、両方に接しています。片方だけが魔獣を減らしても意味がありません」


「同意する」


ジークハルトが即座に答えた。


「帝国側だけで山へ入り、魔獣を北から追えば南へ逃げる可能性がある」


「逆も同じです」


「ああ」


地図を見る。

バルド山脈。巨大な山脈が王国と帝国の間を隔てている。

片側だけから圧力を掛ければ。

魔獣が反対側へ流れる可能性は十分にある。

クニヒロが口を開く。


「でしたら、両側から同時に山へ入る必要がございますな」


「俺もそう考えています」


レオンは答えた。


帝国側。


ノルディア側。


両方から同時に討伐軍を入れる。

片側へ魔獣を追いやるのではなく。

両方向から圧力を掛ける。


「兵数は?」


ラメセスが尋ねる。


「まだ決めていません」


レオンは正直に答えた。


「今日はまず、大規模討伐そのものについて帝国側の考えを聞きたかったので」


ラメセスは少し考えた後、ジークハルトを見る。


「私は賛成です」


クニヒロも続く。


「私も異論はございません。このまま放置する方が危険でしょう」


ルーカスも腕を組む。


「やるなら早い方がいい」


「……」


その言葉にレオンは僅かに視線を落とした。

早い方がいい。普通に考えれば、その通りだ。

異変が起きている、なら被害が拡大する前に討伐する。

それは、当然の判断、だがレオンは知っている。

この先に何が起こるのかを。


原作『ノルドレア・ロワイヤル』。


主人公エリシアが学園三年生の時。

バルド山脈で大規模な魔獣の氾濫が発生する。

今のエリシアは、まだ学園にすら入っていない。

時間だけを考えれば。


「……四年」


レオンが小さく呟いた。


「何?」


ルーカスが反応する。


「いや、何でもない」


レオンは首を横へ振った。

原作通りなら、まだ四年ある。

なら、今すぐ大氾濫が起こる可能性は低い。

そう考えることも出来る。

だが、本当にそうなのか?

既に原作にはなかった出来事がいくつも起きている。


ノルディアが発展したこと。


クロエが専属商人になったこと。


帝国との関係が変わったこと。

昨日は、新たな友好条約まで結んだ。

未来は、確実に変わっている。

何より、魔獣の異変は既に始まっている。

原作では描写されなかっただけで、四年前から前兆があったのか。

それとも、本来より早まっているのか。

それすら分からない。

だから、原作の四年という数字だけを信じることは出来ない。


「レオン?」


ジークハルトの声で我に返る。


「すみません」


「何か気になることでもあるのか?」


「……」


レオンは少し考え。

首を横へ振った。


「いえ」


原作について話すわけにはいかない。


「ただ、大規模討伐を行うなら慎重に進める必要があると思っただけです」


「慎重に?」


「はい」


レオンは地図へ視線を戻した。


「魔獣を大量に討伐するということは、それだけ山の中の勢力図を一気に変えることになります」


ジークハルトが僅かに眉を動かす。


「続けろ」


「例えば、帝国側から大軍を入れて魔獣を追えば、魔獣がノルディア側へ逃げるかもしれない」


「先ほどの話だな」


「はい。ですが、それだけじゃありません」


レオンは山脈中央付近を指差す。


「俺達が大量の魔獣を討伐した結果、さらに奥にいる魔獣まで動き始める可能性があります」


「……なるほど」


クニヒロが呟いた。


「討伐そのものが、山全体を刺激する可能性があると」


「はい」


静寂が落ちる。

大規模討伐は必要だ。

それは、レオンも否定しない。

だが、何千もの兵士が山へ入り、大量の魔獣を討伐する。

それが"大氾濫"の引き金にならない保証はない。

レオンは地図を見つめた。

だからこそ必要なのは、ただ兵を集めることではない。

討伐が失敗した時。

いや、討伐そのものが大氾濫を引き起こした時。

領民を守れる準備。


「ジークハルト第一皇子殿下」


「何だ?」


「大規模討伐については、帝国と共同で進めたいと思っています」


「ああ」


「ただ」


レオンは顔を上げる。


「開始時期については、少し考えさせてください」


ジークハルトはレオンを見つめた。


「何か準備するつもりか?」


「はい」


レオンは即答する。


「討伐を始める前に」


レオンの脳裏にノルディアの街が浮かんだ。


領都。


村。


開拓地。


砦。


そこで暮らす領民や兵士達。

もし、未来に見た大氾濫が起これば。

全てが飲み込まれる可能性がある。


「先に」


レオンは静かに告げた。


「領民を逃がす準備をします」


その言葉にジークハルトの翡翠色の瞳が僅かに細くなった。

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