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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第8章 帝国の大和撫子と英雄の末裔

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第281話 読める文字

朝日が障子越しに差し込み。

薄暗かった客室を少しずつ明るくしていく。

机の上には、昨夜ミコトから借りた古びた日誌が開かれていた。

その前に座るレオンは頬杖をつきながら、文字を追い続けている。


「……なるほど」


小さく呟き、また一頁日誌をめくる。

結局、ほとんど眠れなかった。

いや、正確には眠らなかった。

五百年前、帝国の英雄ハルト。

その本人が残した日誌、しかも原作ゲームで『賢者が残した遺物』とだけ語られていた迷いの洞窟。

そこに残されていた研究資料を書いた人物と英雄ハルトが同一人物だと分かったのだ。

そんなものを目の前にして。

眠れるはずがなかった。

日誌には魔力についての研究が書き綴られていた。


属性についての考察。


魔法陣。


各国を旅した時の出来事。


王国での生活。


そして、ノルディア家についても書かれている。


ほかにも知りたいことが多すぎる。

コンコンと襖の向こうから小さな音がした。


「レオン様、起きておられますか?」


ミコトの声だった。


「ああ、起きてるぞ」


「失礼いたします」


襖がゆっくりと開く。

既に身支度を整えたミコトが部屋へ入ってきた。


「朝食の準備が――」


そこでミコトの言葉が止まった。


机の上。


開かれた日誌。


そして、その前に座っているレオン。

僅かに乱れた髪。

ミコトは少しだけ目を細めた。


「……レオン様」


「ん?」


「まさかとは思いますが……」


ミコトは静かに尋ねる。


「昨夜から、ずっと読んでおられたのですか?」


「ずっとじゃないぞ」


「では、お休みになられたのですね」


「ああ」


ミコトが安心したように頷く。


「どれほど?」


「……一時間くらい?」


「……」


ミコトが黙った。


「何だよ?」


「それは、ほとんど寝ていないのではございませんか?」


「仕方ないだろ」


レオンは日誌を指差す。


「こんなもの渡されて、気にせず寝られるか?」


「普通はお休みになられると思います」


「俺には無理だ」


レオンはそう答えて。

再び日誌へ視線を戻した。

その様子を見ていたミコトが、ふと何かに気づく。


「……」


机へ近づき開かれている頁を見る。

そして少しだけ眉を寄せた。


「レオン様」


「何だ?」


「昨夜、この日誌をお渡しして最初の頁からご覧になられたのですよね?」


ミコトは頁へ視線を落とす。


「ああ」


「では……」


ミコトは日誌の厚みを見る。

既にかなり先まで読み進められている。


「ここまで、読まれたのでございますか?」


「ああ」


「……」


また、ミコトが黙る。

今度は先ほどより長かった。


「どうした?」


レオンが顔を上げる。

ミコトは珍しく驚いた表情でレオンを見ていた。


「レオン様……もしかして」


少し間を置きミコトは口を開いた。


「この文字を、読めるのでございますか?」


「……」


今度はレオンが黙った。

考えてみれば当然の疑問だった。

ミコトは、この日誌を十年掛けて解読したと言っていた。

その日誌を自分は一晩で何十頁も読み進めている。

隠せるはずがない。

レオンは小さく息を吐いた。


「ああ」


そして、正直に答える。


「読める」


ミコトの目が大きく開いた。


「……読める?」


「ああ」


「一部分ではなく?」


「全部」


「……」


ミコトは日誌を見みて、レオンを見る、そして再び日誌を見る。


「本当に?」


「本当だよ」


「……」


ミコトはゆっくりとレオンの向かいへ座った。


「私は……」


日誌の文字を見つめる。


「この文字を理解するのに、十年掛かりました」


「聞いた」


「同じ言葉が使われている箇所を探し、前後の文章から意味を推測し、一文字ずつ、少しずつ意味を調べてまいりました」


「凄いと思うぞ」


これはレオンも本心だった。

日本語を全く知らない人間が辞書もない状態で五百年前の日誌を一人で解読したのだ。

普通に考えれば、とんでもないことだった。

だが、ミコトはそんな言葉を気にした様子もなく。

レオンをじっと見ている。


「それをレオン様は一晩で?」


「まあ……俺は元々読めるからな」


「何故でございますか?」


「……」


その質問へ来ると思っていた。

レオンは少し考える。

前世について話すつもりはない。

自分が神谷光一という日本人だったこと。

この世界が前世でプレイした乙女ゲームの世界であること。

それを、今ここで話す理由はない。


「昔……」


レオンは口を開く。


「これと同じ文字で書かれた研究資料を見つけたことがある」


ミコトが首を傾げる。


「同じ文字?」


「ああ」


「どちらで?」


「バルド山脈だ」


その言葉にミコトの表情が僅かに変わった。


「バルド山脈……」


「正確には、その麓にある洞窟だ」


レオンは日誌へ手を置く。


「その奥に研究室がある」


父グラニウスを救うため、十二歳の時に向かった場所。


"迷いの洞窟"


原作ゲームの知識を頼りに進み。

その最奥で見つけた賢者の研究室。


「そこに大量の研究資料が残されてた。魔力について、魔法陣について、薬草についてと、色々とな」


ミコトは黙って聞いている。


「その資料が」


レオンは日誌を指で叩いた。


「これと同じ文字で書かれてた」


「……」


「それだけじゃない」


レオンは日誌を何頁か戻す。

昨夜、見つけた記述。


『バルド山脈』


その文字を指差す。


「この日誌を書いたハルトは、帝国を離れた後、各国を巡って魔法の研究をしてる」


さらに頁をめくる。

バルド山脈その麓の洞窟に研究拠点を設けた。

そしてそこに描かれた魔法陣。


「これ」


ミコトが魔法陣を見る。


「俺が洞窟で見たものと同じだ」


「同じ……」


「ああ、場所も同じ、研究内容も同じ、文字も同じ……そして、魔法陣まで同じ」


レオンは日誌を見つめた。


「間違いないと思う」


そして、静かに告げる。


「英雄ハルト、駿河遥人がバルド山脈の洞窟に研究室を残した賢者だ」


「……」


ミコトは、しばらく何も言わなかった。

ただ日誌を見つめている。

十年間、一人で解読してきた。

英雄ハルトの日誌の、その中に書かれていたことが。

五百年後、王国のバルド山脈に今も残っている。


「……そうだったのですね」


ミコトが小さく呟く。


「私はハルト様が王国へ渡られたことまでは分かっておりました……ですが、その後どこで研究を続けられたのか、正確な場所までは解読できておりませんでした」


「まあ」


レオンは苦笑する。


「実際に行った俺だから分かったようなもんだ」


そして、レオンは日誌に並ぶ文字を見る。

昨夜から、ずっと気になっていることがある。


「ミコト」


「はい」


「逆に聞きたいんだけど」


「何でございましょう?」


レオンは日本語で書かれた日誌を指差した。


「昔の島国って、この文字を使ってたのか?」


「……」


ミコトは日誌を見る。


「分かりません」


「分からない?」


「はい」


ミコトは首を横へ振った。


「少なくとも」


「現在、島国で使用されている文字とは異なります」


「やっぱりか……」


「私も、この日誌以外で、この文字を見たことはございません」


「……そうか」


レオンは腕を組む。

これで、余計に分からなくなった。

この文字は間違いなく日本語だ。

前世で、神谷光一として二十八年間使っていた文字。

そして英雄ハルトの昔の名は駿河遥人。

どう考えても日本人の名前に見える。

なら、ハルトも自分と同じだったのか。

そう考えたくなる。

だが、まだ断定はできない。

島国には前世の日本と酷似した文化が残っている。



障子


着物



食文化


剣術


五百年前、あるいは、それより遥か昔。

島国でこの文字が使われていた可能性だってある。


「……分からないな」


「何がでございますか?」


「いや」


レオンは首を横へ振った。


「こっちの話だ」


今は、答えを出せない。

ただ、いつか調べる必要はある。

レオンは日誌を閉じようとして、途中で手を止めた。


「そうだ」


昨夜、特に気になったものがある。

再び日誌を開き、ある頁を探す。

そこには、複雑に指を組み合わせた図が描かれていた。


「ミコト」


「はい」


「これ」


レオンは図を指差す。


「昨日使ってたやつだろ?」


ミコトが覗き込む。


「はい、印でございます」


「やっぱりな」


昨日の試合、ミコトは印を結ぶことで複数の属性魔法を使用していた。

日誌を読んで原理は理解した。

魔力そのものに属性があるわけではない。

人によって、それぞれの属性へ変換する際の得手不得手がある。

印は指の組み合わせと魔力の流れによって。

その変換を補助する技術。


「ミコトは、これを日誌から覚えたのか?」


「はい」


ミコトは頷く。


「全てを解読できているわけではございませんが印に関する箇所は長い時間を掛けて調べました」


「だから複数の属性が使えるのか」


「その通りでございます」


レオンは自分の両手を見る。

昨夜、何度か試してみた。

日誌に描かれた通りに指を組んだ。

だが、何も起こらなかった。


「形だけ真似しても駄目なんだろ?」


「はい」


ミコトは自分の両手を上げる。


「印は、指の形そのものに力があるわけではございません」


ミコトはゆっくりと指を組む。

昨日、何度も見た動き。


「重要なのは、身体の中を流れる魔力を印を利用して別の属性へ変換することでございます」


「やっぱり魔力の流し方か……」


日誌にも書かれていた。

だが、文字で読むのと、実際に使うのでは違う。

レオンは目の前のミコトを見る。

実際に印を使い、複数属性を扱える人間。

これ以上の教師はいない。


「なあ、ミコト」


「はい」


「一つ頼みがある」


「何でございましょう?」


レオンは日誌の印が描かれた頁を見せる。


「俺にも、印を教えてくれないか?」


「……」


ミコトは少しだけ考える。

そして、いつもの落ち着いた表情のまま口を開いた。


「よろしいですよ」


「本当か?」


「はい」


レオンが僅かに笑う。

だが続いてミコトは静かに言った。


「私を抱いてくださるのでしたら」


「またそれかよ!」


朝のスルガ邸にレオンの声が響いた。

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