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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第8章 帝国の大和撫子と英雄の末裔

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第280話 五百年前の日誌

襖が静かに閉じた。

廊下を歩いていくミコトの足音が、少しずつ遠ざかっていく。

レオンは一人になった客室で手元にある古びた日誌へ視線を落とした。

五百年前、帝国では英雄として語り継がれている男。

英雄ハルト。

三つの国を一つに纏めながら、自ら皇帝になることはなく。

最も信頼していたヴァル家へ国を託した。

その後は各国を巡り。

王国へ渡り。

当時、王国を守る騎士団長を務めていたノルディア男爵の令嬢と結婚した。

そして今、その本人が残した日誌がレオンの手の中にある。


「……」


レオンは日誌を見つめる。

もう夜も遅い。

明日は帝国が開く歓迎の宴もある。

普通なら、今日は休み。

明日にでもゆっくり読めばいい。

だが。


「……無理だろ」


レオンは迷うことなく日誌を畳の上へ置いた。

こんなものを目の前に置いたまま。

気にせず眠れるような性格ではない。

何より、確かめたいことが多すぎる。

英雄ハルトとノルディア家の関係。

ミコトが十年もの時間を掛けて解読してきた内容。

そして、駿河遥人という名前。


「さて……」


レオンは日誌の表紙へ手を掛けた。

ゆっくりと一頁目を開く。


「……」


その瞬間レオンの動きが止まった。

古びた紙の上に文字がびっしりと並んでいる。


「これ……」


見覚えがあった。

いや、見覚えがあるなどという程度ではない。

この世界へ転生してから。

レオンはこの文字を何度も見ていた。

バルド山脈の麓。

迷いの洞窟。

その奥に存在する研究室。

父グラニウスが魔力侵食症に倒れ。

助ける方法を探すために向かった場所。

そこに残されていた。

賢者の研究資料。

魔力侵食症。

薬草。

魔法陣。

魔力変換。

時空間魔法。

何度も、何度も読み返した。

その研究資料に使われていた文字と。

目の前の日誌に並ぶ文字は全く同じだった。


「……日本語」


レオンは小さく呟いた。


漢字


ひらがな


カタカナ


前世で神谷光一として二十八年間生きていた頃。

当たり前のように使っていた文字。

見間違えるはずがない。


「何で……」


レオンは日誌へ顔を近付ける。

原作ゲーム『ノルドレア・ロワイヤル』


その中でも迷いの洞窟について詳しいことは語られていなかった。

バルド山脈の麓に存在する特殊な洞窟。

遥か昔に賢者が残した遺物。

ゲームでは、その程度の説明しかなかった。

その賢者が何者なのか。

どこの国の人間なのか。

いつの時代に生きていたのか。

なぜ、あの場所に研究室を残したのか。

何も語られていない。

実際に迷いの洞窟へ入り。

研究資料が日本語で書かれていることを知った時。

レオンは考えた。

もしかすると、この世界には過去にも。

自分と同じような人間がいたのではないか。

だが、それ以上のことは分からなかった。

しかし、今、目の前にある日誌。

これを書いた男の名は駿河遥人。

そして使われている文字は、迷いの洞窟の研究資料と同じ日本語。


「待てよ……」


レオンの表情が変わる。

英雄ハルトは帝国を離れた後。

魔法の原理を研究するために各国を巡った。

そして王国へ渡っている。


「まさか……」


レオンは日誌を見つめる。

ゲームでは、ただ『賢者』とだけ語られていた人物。

それが英雄ハルトなのではないか。


「……読めば分かるか」


まだ断定するには早い。

レオンは日誌の最初へ視線を戻した。

ミコトは、この文字を十年掛けて少しずつ解読してきたと言っていた。

だが、レオンにとっては違う。

前世で二十八年間使い続けた文字だ。

多少、言葉遣いに違いはある。

それでも読むこと自体に苦労はない。

レオンは頁をめくった。

一頁、また一頁。

そこには、遥人が帝国を離れてからの出来事が記されていた。

様々な土地を巡ったこと。

国によって異なる魔法を見たこと。

魔法というものそのものに強い興味を持ったこと。

そして魔法の原理について。

研究を始めたこと。

さらに読み進める。

やがて、王国へ渡った後の記録へ入った。

そこには、一人の女性との出会いが記されていた。

王国の男爵令嬢。

その父親は王国を守る騎士団長。

男爵家の紋章は……盾

そしてその家名。


「……ノルディア」


レオンの指が止まった。

ミコトから聞いた通りだ。

駿河遥人は王国でノルディア男爵家の令嬢と出会い。

やがて結婚している。


「本当だったんだな……」


レオンは文字を見つめる。

五百年前、ノルディア家は既に存在していた。

そして英雄ハルトと繋がっていた。


「だとしたら……」


レオンは自分の黒髪へ触れる。

王国では金髪、茶髪、青髪、赤茶色の髪。

そういった髪色がほとんどだ。

黒髪は珍しい。

そして駿河遥人もスルガ家の人々と同じ黒髪だったという。

もし、遥人とノルディア男爵令嬢の血筋が。

そのまま現在のノルディア家まで続いているのなら。

自分の黒髪も、そこから受け継いだものなのかもしれない。


「……いや」


レオンは首を横へ振る。


「五百年前だぞ」


まだ、そう決めつけるには早い。

途中で別の血筋へ変わった可能性だってある。

日誌を読み進めれば何か分かるかもしれない。

レオンは次の頁をめくった。

結婚後も遥人は研究をやめていなかった。

むしろ、ここから日誌の内容は魔法研究が中心となっていく。


魔力


属性


魔法陣


魔力変換


様々な仮説


実験


失敗


その結果


レオンは夢中になって文字を追う。

そしてある記述で指が止まった。


『人間が固定の属性しか扱えないという考えそのものが、間違っている可能性が高い』


「……え?」


レオンは続きを読む。


『魔力そのものに属性が存在するわけではない

魔力を火へ変換すれば火となる

水へ変換すれば水となる

風へ変換すれば風となる

土へ変換すれば土となる

人によって異なるのは

それぞれの属性へ魔力を変換する際の得手不得手である』


「……」


レオンは何度か読み返した。


そして、昨日の試合を思い出す。


ミコトは 火、風、土、水、いくつもの属性魔法を使っていた。

その度に必ず両手を組んでいた。


「印……」


レオンは急いで頁をめくる。

数頁先そこに人間の両手を描いた図があった。

複雑に組み合わされた指。

その周囲には魔力の流れを示す線。


「これだ……」


昨日、ミコトが使っていたものと同じだった。

レオンは文字を追う。


『魔力変換陣を一から描くには時間が掛かる

ならば、指の組み合わせによって魔力の流れを制御する

身体そのものを変換陣の一部として利用する

これを印と呼ぶ』


「なるほど……」


レオンは自分の手を見る。

だからミコトは複数の属性を使えた。

生まれながらに複数の属性を持っていたわけではない。

印を使い、魔力を別の属性へ変換していた。


「ってことは……」


レオンは日誌を見る。

これを覚えれば自分にも使える可能性がある。

もちろん変換には得手不得手がある。

本来得意ではない属性なら。

魔力の変換効率は悪くなるだろう。

だがレオンには、それを補って余りある魔力量がある。


「やってみるか……」


レオンは日誌に描かれている印の一つを見る。


火。


両手を上げ、見よう見まねで指を組んだ。


「こうして……」


魔力を流す。


「……」


何も起こらない。


「まあ」


レオンは苦笑する。


「そんな簡単じゃないよな」


形だけではない。

どの指へ、どの順番で、どの程度の魔力を流すのか。

細かな説明が書かれている。

覚えるには、かなり時間が掛かりそうだ。

だが、出来ないとは思わなかった。


「面白いな……」


レオンの口元が僅かに上がる。

完全に時間を忘れていた。

さらに頁をめくる。


魔法陣


属性変換


魔力の流れ


読み進めるほど。

見覚えのある研究内容が増えていく。


「……似てる」


迷いの洞窟で。

何度も読んだ。

賢者の研究資料。

研究の内容。

魔法陣の描き方。

考え方。

あまりにも、この日誌と似ている。

そして、何頁目だっただろうか。

一つの地名が目に入った。


『バルド山脈』


「……!」


レオンの表情が変わる。

日誌へ顔を近付け。

一気に続きを読んだ。

王国北部、バルド山脈。

魔法の研究を続けるため。

山脈の麓にある洞窟を研究拠点として利用する。


「……」


レオンの心臓が大きく鳴った。

バルド山脈。

麓。

洞窟。

研究拠点。

ここまでなら。

まだ僅かに可能性は残っている。

だがレオンは次の頁をめくった。

そして完全に動きを止めた。

そこには一つの魔法陣が描かれていた。


「……これ」


知っている。

何度も。

何度も見た。

迷いの洞窟。

その奥に存在する研究室。

そこに描かれていた。

転移の魔法陣。

それと全く同じものだった。


「……間違いない」


レオンは小さく呟く。

駿河遥人。

魔法研究。

バルド山脈。

洞窟。

そして。

同じ魔法陣。

原作ゲームで『賢者が残した遺物』

そう説明されていた。

迷いの洞窟。


その賢者の正体。


「英雄ハルト……」


レオンは日誌へ視線を落とす。


「お前だったのか……」


これで一つの謎は解けた。

ゲームで名前すら明かされなかった賢者。

その人物は五百年前帝国の礎を築いた英雄ハルトだった。

だが同時に新しい疑問が生まれる。

レオンは日誌に並ぶ文字を見つめた。


「……日本語なんだよな」


迷いの洞窟に残された研究資料も。

この日誌も。

全て、日本語で書かれている。

そして、駿河遥人。

その名前も前世の日本人としか思えない。

最初に思い浮かぶ答えは自分と同じ転生者。

だが、レオンはすぐには決めつけなかった。

今日、このスルガ邸で見たものを思い出す。

障子

着物

正座

お茶

そして赤飯


島国に残る文化はあまりにも前世の日本と似ている。


「……もしかして」


レオンは日誌の文字を指でなぞる。


「昔の島国ではこの文字を使ってたのか?」


五百年前。

島国で使われていた文字が。

前世の日本語と同じだった。

だから、島国出身の駿河遥人が、この文字で日誌を書いた。

その可能性もある。

だが、それなら、なぜ島国の文化そのものまで。

日本とここまで似ているのか。

逆に駿河遥人が自分と同じような転生者だったとすれば。

日本語を使っていることには説明がつく。

だが今度は島国全体に残る文化との関係が分からない。


「……どっちだ?」


レオンは腕を組む。

昔の島国そのものが。

前世の日本と何か関係しているのか。

それとも、駿河遥人という男に何か秘密があるのか。

今ある情報だけでは答えは出せない。

ただ一つだけ確かなことがある。

レオンは改めて日誌を見つめた。

ゲームで賢者と呼ばれていた人物。

"英雄ハルト"

そしてその男は五百年前ノルディア家と繋がっていた。


「……まだ何かありそうだな」


レオンは次の頁へ手を掛ける。

分からないなら読めばいい。

この日誌には、まだ五百年前を生きた遥人本人の言葉が残っている。

それにここまで読んで、今さら眠れるわけがなかった。


「寝るのは後だ」


レオンは小さく笑う。

そして、再び日誌を読み始めた。

英雄ハルトとは、本当は何者だったのか。

なぜ、日本語と同じ文字を使っていたのか。

そして、なぜ島国の文化は、前世の日本とこれほどまでに似ているのか。

答えがあるとすれば、この日誌の中かもしれない。

静まり返ったスルガ邸。

その一室でレオンは五百年前の日誌を読み続ける。

その夜、客室の明かりは、いつまでも消えることはなかった。

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