↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第8章 帝国の大和撫子と英雄の末裔

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

304/370

第276話 決着

「さあ」


 レオンは木剣を握り直す。


「最後だ」


 ミコトは頭上を見上げた。

 巨大な氷塊、その大きさはあまりにも常識外れだった。

 周囲には何枚もの氷壁が並ぶ

 右、左、後ろ。

 逃げられる方向は限られている。

 だが、完全に塞がれているわけではない。

 一ヶ所だけ、氷壁と氷壁の間に人が通れるほどの隙間が残されていた。

 ミコトは一瞬だけ、その場所へ視線を向ける。

 レオンはそれを見逃さなかった。


(そこしかない)


 いや違う、そこしか残していないのだ。

 レオンは最初から、そのために氷壁を配置していた。

 ミコトがどの方向へ動くのか。

 印を使った後、どちらへ回り込むのか。

 何度も攻防を繰り返しながら確認していた。

 そして少しずつ気付かれないように、この場所へ誘導した。

 ミコトがレオンを見る。


「これほどの魔法を……」


 白い息が漏れる。


「私と戦いながら作っておられたのですか?」


「ああ」


 レオンは短く答える。


「お前の印は厄介だったからな。近付けば抜刀術、離れれば魔法が飛んでくる……だったら」


 レオンは周囲の氷壁を見る。


「俺が戦いやすい場所を作ればいい」


 ミコトは何も言わない。

 ただ、その瞳に、これまでとは違う色が浮かんでいた。

 驚き、そして僅かな高揚。


「……やはり」


 小さく呟く。


「貴方は面白いお方です」


「今それ言うか?」


「はい」


 ミコトは木刀を握り直した。


「ですが」


 腰を落とす。


「まだ負けたわけではございません」


「ああ」


 レオンも構える。


「だから終わらせる」


 次の瞬間、レオンが左手を握った。


 ゴゴゴゴゴッ!!


 大気が震えた。

 巨大な氷塊が動く。


「……っ!」


 ミコトが空を見上げる。

 氷塊が真っ直ぐ、ミコトのいる場所に落ち始めた。


「ミコト!」


 コトハが思わず声を上げる。

 だが、クニヒロは動かなかった。

 氷塊の軌道を見ていたからだ。


「違う」


「え?」


「あれは、ミコトを潰すためではない」


 巨大な氷塊は、僅かに軌道がずれている。

 直撃する位置ではない。

 だが、その場に留まれば巻き込まれる。

 ミコトも一瞬でそれを理解した。


 右、氷壁。


 左、氷壁。


 後方、そこも既に塞がれている。

 残されているのは一ヶ所だけ。


(あそこ)


 ミコトが地面を蹴った。

 氷壁と氷壁の間、唯一残された隙間へ向かう。


 ゴオオオオッ!!


 背後から巨大な氷塊が迫る。

 迷っている暇はない。

 ミコトは一気に隙間を駆け抜けた。

 そして、氷壁の向こうへ飛び出す。


「――っ!」


 目の前に。


 レオンがいた。


「待ってた」


 距離は、ほとんどない。

 一歩踏み込めば、身体がぶつかるほどの超至近距離。

 ミコトの目が大きく見開かれる。


(ここまで……)


 ここまで誘導されていた。

 氷壁も。

 巨大な氷塊も。

 自分がここへ逃げ込むことまで、全て。

 だが、ミコトは止まらない。

 むしろ、この距離なら……。


(私の間合いです)


 ミコトの右手が動く。

 木刀は腰へ引き付けられている。

 最も得意とする抜刀術、この距離なら外さない、印を結ぶ必要もない。

 ただ木刀を抜く、それだけで届く距離。

 ミコトの足が地面を捉える。

 腰が沈み、身体強化で脚、腰、肩、全ての力を一撃へ繋げる。

 そして最後の抜刀の為に、木刀を握る右手へ力を込めた。


 ガッ!!


「――え?」


 繰り出そうとした木刀が動かなかった。

 ミコトの瞳が大きく見開かれる。

 抜けない、いや振れない。

 目の前のレオンの木剣。

 その鍔が、ミコトの木刀の柄元を押さえていた。


「なっ……」


 初めてミコトの表情から完全に余裕が消えた。

 あり得ない。

 抜刀術は、木刀を振り始めてからが速いのではない。

 構えから一気に放つ。

 その最初の動きこそが重要。

 それなのにレオンは動き出す前に、その起点を押さえていた。

 ミコトの視線がレオンの右目へ向く。

 その瞳は僅かに光を帯びていた。

 レオンには見えていた。

 氷塊から逃れ、この場所へ飛び出したミコトが。

 迷うことなく最後の抜刀を選ぶ未来が。

 だから木刀が走ってから止めたのではない。

 走り出す前に止めた。


「抜刀術って」


 レオンが小さく笑う。


「抜けなきゃ意味ないだろ?」


「――っ」


 ミコトが咄嗟に左手を動かそうとする。

 印をや結ぼうとするのだが、もう遅い。

 レオンが木剣を引くき、同時に半歩踏み込んだ。

 ミコトの左手が形を作るより先に木剣の刃先が喉元へ静かに添えられた。


「……」


 ミコトの動きが止まる。

 雪が舞う。

 二人の間を、白い息が流れる。

 ミコトは喉元の木剣を見る。

 そして、ゆっくりとレオンを見上げた。

 驚愕に見開かれていた瞳が少しずつ細くなる。


「……お見事です」


 その言葉と同時に。


 ドオオオオオンッ!!


 背後で巨大な氷塊が地面へ落ちた。

 訓練場が大きく揺れる。

 砕けた氷が舞い上がり。

 無数の細かな氷の粒が、雪と混ざって降り注ぐ。

 だが、レオンもミコトも動かなかった。

 木剣はミコトの喉元へ添えられたまま。

 ルーカスが右手を上げる。

 そして、静かに宣言した。


「そこまで」


 訓練場に声が響く。


「勝者 レオン・ノルディア」


 レオンは小さく息を吐いた。


「ふぅ……」


 右目の光が消えると同時に。


 ズキッ!


「っ……」


 鋭い痛みが右目に走った。

 思わず顔を僅かに歪める。

 今回も何度も未来を見た、その反動だ。

 だが、今はそれどころではない。

 レオンは木剣を下ろし、ミコトから一歩離れた。


「大丈夫か?」


「はい」


 ミコトは自分の喉元へ軽く触れる。

 木剣は寸前で止められていた。

 傷一つない。

 そして、レオンを見る。


「完敗でございます」


「いや……」


 レオンは周囲を見渡した。

 立ち並ぶ氷壁。

 凍り付いた地面。

 降り続ける雪。

 そして、巨大な氷塊が落ちた跡。


「結構ギリギリだったぞ。近付けば抜刀術、離れれば、あの変な手の形から色んな魔法を使ってくるし」


「変な手の形……」


 ミコトが僅かに首を傾げる。


「あれは印と申します」


「印?」


 初めて聞く言葉だった。

 レオンが聞き返そうとした時。


「レオン」


 ルーカスが歩いてくる。


「話は後だ」


 そして、ミコトを見る。


「まずは賭けだ」


「あ……」


 レオンは思い出した。

 そもそも、この試合は、ただの腕試しではない。

 勝敗によって条件が決められている。

 ミコトも静かに姿勢を正した。


「はい」


 そして、レオンの前で深く頭を下げる。


「私の負けです」


 ミコトは顔を上げる。


「お約束通り、レオン辺境伯様のお願いを、一つお聞きいたします」


「お願い……」


 レオンは木剣を肩へ乗せる。

 そう言われても、今すぐ頼みたいことなど考えていなかった。

 そもそも最初は、ミコトとの結婚を回避するために条件を変えただけだ。


「うーん……」


 少し考えるのだが、やはり何も思いつかない。


「今じゃなくてもいいか?」


「はい?」


「何を頼むか、まだ決めてないんだ」


 ミコトは少し驚いたように瞬きをする。

 レオンは苦笑した。


「だから、思いついた時に頼むよ。それまで保留ってことで」


「……承知いたしました」


 ミコトは静かに頭を下げる。


「いつでもお申し付けください」


「ああ」


 レオンは頷いた。

 その時、ミコトが小さく微笑む。


「もちろん。前の条件へ戻していただいても構いません」


「戻さねえよ!」


 レオンの声が訓練場へ響いた。

 コトハが口元へ手を添えて笑い。

 クニヒロも困ったように息を吐く。

 ルーカスだけは。

 いつも通りの無表情だったが、僅かに口元が緩んでいた。


 春先の帝都。

 その一角にあるスルガ邸の訓練場には、まだしばらく季節外れの雪が降り続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。