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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第8章 帝国の大和撫子と英雄の末裔

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第274話 印

「そうみたいだな」


 レオンは木剣を握り直した。

 目の前では、ミコトが再び木刀を腰へ引き付けている。

 静かな構えで、殺気はほとんど感じない。

 だが、その静けさの中から放たれる一撃が、恐ろしく速い。

 先ほどは魔眼で未来を見ていたから防ぐことができた。

 もし何も知らずに踏み込んでいれば、最初の一撃で勝負が決まっていただろう。


(まともに近距離でやり合うのは危険だな)


 レオンはそう判断すると、ゆっくりと後ろへ下がった。

 一歩、二歩とミコトとの距離を広げていく。

 ミコトはレオンを追わない。

 木刀を腰へ構えたまま、レオンの動きを静かに見つめている。

 レオンは十分な距離を取ると、左手を前へ向けた。

 レオンは手に魔力を注ぐ。

 周囲の空気が僅かに冷えた、次の瞬間。

 レオンの周囲に、いくつもの氷柱が生み出された。


「行け!」


 氷柱が一斉にミコトへ飛んでいく。

 その瞬間だった。

 ミコトが木刀から手を離した。

 両手が胸の前へ動き指を組んでは離し、また別の形へ変える。

 見たことのない動き。

 レオンは眉を寄せた。


(なんだ……?)


 次々と変わる手の形。

 それが何を意味するのか分からない。

 最後の形を作った瞬間、ミコトが大きく息を吸った。


「ふっ!」


 そして、口から炎が放たれた。


「なっ!?」


 レオンが目を見開く。

 炎が迫る氷柱を飲み込む。


 ジュウウウッ!!


 白い蒸気が一気に広がった。

 氷柱が次々と溶け、訓練場へ大量の水が降り注ぐ。

 レオンは思わず呟いた。


「火属性……」


 ミコトは炎を止めると、再び木刀を握った。

 何事もなかったかのように腰へ構える。

 レオンは先ほどの動きを思い返す。

 あの奇妙な手の形。

 魔法を使う直前に必ず行っていた。


(魔法を発動させるための動作か?)


 少なくとも、ただの癖ではない。

 だが、今はそれよりも問題がある。


(火か……)


 自分が最も得意とするのは氷。

 対して、ミコトは火。

 単純な相性だけを考えれば、面倒な相手だった。

 レオンは再び氷柱を作る。

 今度は先ほどより数を倍に増やした。

 正面だけではない。

 左右へ大きく広げる。


「これならどうだ!」


 氷柱を一斉に放つ。

 ミコトの両手が再び動いた。

 先ほどとは違う形で手を組み替えていく。

 レオンは、その違いに気付いた。


(さっきと違う……?)


 次の瞬間、ミコトが片手を地面へ向けた。


 ドンッ!!


 地面が隆起した。

 土が一気に盛り上がり、ミコトの前に分厚い壁を作る。

 氷柱が次々と突き刺さった。


 ガガガガッ!!


 氷が砕け散る。

 だが、土壁は崩れない。

 レオンは目を見開いた。


「土だと……?」


 火ではない、今度は明らかに土属性の魔法だった。


(どういうことだ?)


 レオンの視線がミコトへ向く。

 ミコトは土壁の横から飛び出すと、一気に距離を詰めてきた。


「っ!」


 ミコトら身体強化でレオンの懐に入ろうとする。

 レオンは咄嗟に後ろへ飛んだ。

 だが、ミコトは逃がさない。

 腰へ引き付けた木刀。

 レオンの右目が疼く。

 未来の映像が流れ、自分の左肩へ木刀が叩き込まれる。

 レオンは未来に従い、身体を右へ捻った。


 ブンッ!!


 木刀が肩のすぐ横を通過する。

 そのまま木剣を振るう。

 だが、ミコトは既に後ろへ下がっていた。


「ちっ……」


 レオンは追わず、再び距離を取る。

 ミコトも無理には追わず、木刀を腰へ戻した。

 再び静寂が流れた。

 レオンは木剣を構えながら考える。

 火、そして土。


(複数属性持ちか……?)


 非常に珍しい。

 だが、存在しないわけではない。

 レオンが知っている中にも、複数の属性を扱える人間はいる。

 なら、ミコトもその一人なのだろう。


(問題は、あの手の動きだな)


 魔法を使う直前、必ず行っている。

 しかも、使う属性によって形が違う。

 あれを見れば、次に何を使うのか判断できるかもしれない。

 レオンはそう考えた。

 その時、ミコトが再び木刀から左手を離した。

 今度は片手だけ、指が素早く動く。

 レオンは集中する。


(来る)


 地面か……炎か。

 だが、そのどちらでもなかった。

 ミコトの周囲に風が巻き起こる。


「なっ……」


 次の瞬間、鋭い風の刃が飛んできた。

 レオンは咄嗟に木剣を振るう。

 同時に、目の前へ氷の壁を作った。


 ガンッ!!


 風の刃が氷壁へ叩き込まれる。

 氷の壁に亀裂が走る。


「風属性まで……!?」


 また、ミコトの手が動く、さらに別の形。

 地面に残っていた、先ほどレオンが溶かされた氷の水。

 その水が持ち上がった。


「今度は水かよ!」


 水が鞭のようにしなり、レオンへ襲いかかる。

 レオンは横へ飛ぶ。


 バシンッ!!


 水の鞭が地面を叩いた。

 レオンは着地すると、そのまま大きく後ろへ下がる。

 ミコトから距離を取る。

 火、土、風、水。

 レオンは思わずミコトを見る。


「お前……」


 ミコトは答えない、静かに木刀を構えている。

 レオンは目を細めた。


(まさか……本当に複数属性?)


 そんな言葉では足りない。

 少なくとも、今見せただけで四属性。


(全属性持ちなのか……?)


 レオンが知る限り、そんな人間は聞いたことがない。

 だが、実際に目の前で使っている。

 その様子を見守っていたクニヒロは、何も言わない。

 コトハも静かに試合を見つめている。

 そしてルーカスも、驚いた様子はなかった。

 つまり、この三人は知っている。

 知らなかったのは、自分だけ。

 レオンは小さく息を吐く。


「なるほどな……」


 木剣を握り直す。


「ルーカスが負けたっていうのも、納得だ」


「俺の時より強くなっている」


 ルーカスが静かに答えた。


「マジかよ……」


 レオンは苦笑する。

 近付けば抜刀術、離れれば複数の属性魔法。

 しかも、そのどれもが十分に実戦で使える威力を持っている。

 普通に考えれば、かなり厄介な相手だ。

 だが、レオンの口元に、僅かな笑みが浮かんだ。


「だったら……」


 木剣を構え直す。


「付き合ってやるよ」


 レオンは地面を蹴った。

 ただし、ミコトへ向かってではない。

 横へ大きく回り込む。

 ミコトの視線がレオンを追う。

 また、その手が動き風の刃がレオンを襲う。

 レオンは走りながら左手を向ける。

 目の前に氷壁が生まれた。


 ガンッ!!


 風の刃が氷壁へ激突する。

 レオンは壁の陰へ入ると、そのまま反対側から飛び出した。

 ミコトが次の印を結び、炎を口から吐く

 レオンはさらに走る。


「逃がしません」


 レオンに炎が迫る。

 だが、レオンは左手を地面へ向けた。

 再び氷壁を作り出した。


 ジュウウウッ!!


 炎と氷がぶつかり、白い蒸気が広がった。

 レオンはその蒸気へ紛れ、さらに場所を変える。

 そして、また氷壁を作る。

 一枚、二枚、三枚と、訓練場の各所に、次々と氷の壁が作られていく。

 ミコトは印を結びながら、その間を追う。


 土


 風


 炎


 水


 次々と魔法が放たれる。

 レオンは木剣で弾き、避け、時には氷壁で受け止める。

 傍から見れば、完全な防戦だった。

 コトハが心配そうに試合を見つめる。


「レオン辺境伯様……押されていますね」


 クニヒロも静かに頷く。


「ミコトの間合いには入れず、距離を取れば印がある……相性が悪いのだろう」


 だが、ルーカスだけは答えなかった。

 じっとレオンを見る。

 氷壁をまた一枚作り出す。

 レオンはミコトの攻撃を避けながら、訓練場を大きく回っている。

 一見すれば、追われているのだが。


「……いや」


 ルーカスが小さく呟いた。

 クニヒロが視線を向ける。


「ルーカス様?」


 ルーカスは答えない。

 ただ、訓練場に立ち並び始めた氷壁を見ていた。

 その配置を、レオンが走っている方向を、そしてミコトが追っている道を。


「……レオン」


 ルーカスが僅かに目を細める。

 その時だった、ひらりと白いものがルーカスの目の前を横切った。


「……?」


 コトハが手を伸ばす。

 掌へ、小さな白い結晶が落ち、触れた瞬間に静かに溶けた。

 コトハが空を見上げる。


「雪……?」


 もう一つ。

 また一つ。

 春を迎えようとしていた帝都の空から、白い雪が舞い始めていた。

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