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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第8章 帝国の大和撫子と英雄の末裔

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第273話 約束の勝負

 皇城を出たレオン達は、馬車に乗り込みスルガ邸へ向かっていた。

 窓の外には、昼を迎えた帝都の街並みが広がっている。

 大通りには多くの人々が行き交い、露店からは威勢の良い声が聞こえてくる。

 先ほどまでの厳かな和平調停式とは打って変わり、いつもの帝都の賑わいが戻っていた。

 レオンは座席へ深く腰掛け、小さく息を吐く。


「疲れた……」


 向かいに座るルーカスが、静かにレオンを見る。


「緊張していたのか?」


「するだろ!?皇帝陛下と第一皇子、それに帝国の重臣達が並んでる前で条約に署名したんだぞ」


「お前でも緊張するんだな」


「俺を何だと思ってるんだよ」


「何をしても平然としている男」


「そんなわけあるか!!」


 レオンは呆れながら、窓の外へ視線を向ける。

 隣には、黒の振袖を纏ったミコトが静かに座っていた。

 先ほどから姿勢一つ崩していない。

 艶やかな黒髪は美しく結い上げられ、一本の金色の簪が僅かに揺れている。

 漆黒の振袖には金と赤の糸で美しい花々が刺繍され、窓から差し込む陽光を受けて静かに輝いていた。

 レオンはその姿を見ながら、改めて思う。

 本当に、これから戦う相手には見えない。

 そんなレオンの視線に気付いたのか、ミコトがこちらを見る。


「どうかなさいましたか?」


「いや……」


 レオンは少し迷ってから答えた。


「本当に今から戦うんだよなって思って」


「はい」


 ミコトは当然のように頷く。


「屋敷へ戻りましたら、すぐに着替えて参ります」


「やっぱり、その格好じゃ戦わないんだな」


「この振袖は正装ですので」


「そりゃそうか」


 レオンは苦笑する。

 すると、向かいに座るルーカスが口を開いた。


「油断するなよ、レオン」


「あ?」


「ミコトは強い」


 その言葉に、レオンの表情が僅かに変わる。


「分かってるよ」


 レオンはミコトへ視線を向ける。


「お前が負けたことがあるんだろ?」


「ああ」


 ルーカスは迷うことなく頷いた。


「過去に一度だけな」


 ミコトが静かに付け加える。


「随分と昔のお話です」


「今のルーカス様と戦えば、どうなるかは分かりません」


「それでも、俺が負けた事実は変わらない」


「そうですね」


 淡々と交わされる二人の会話を聞きながら、レオンは二人を見比べる。

 帝国第二皇子ルーカス。

 ルーカスが十一歳の頃は、自分が一度も勝てなかった相手だ。

 そのルーカスに勝ったことがある。

 それだけでも、ミコトを甘く見る理由は一つもなかった。


「ちなみに」


 レオンはミコトを見る。


「どうやってルーカスに勝ったんだ?」


 ミコトは少し考えた後、静かに首を横へ振る。


「それを申し上げてしまいますと、これからの勝負で私が不利になりますので」


「やっぱり教えてくれないか」


「はい」


「ですよね〜」


 レオンは肩を落とす。

 ルーカスが僅かに口元を緩めた。


「自分で確かめろ」


「そうするよ」


 馬車は帝都の大通りを進んでいく。

 しばらくすると、見覚えのある門が見えてきた。

 スルガ邸の門が開き、馬車が敷地の中へ入っていく。

 屋敷の正面で停車すると、ルーカスが先に降りた。

 続いてレオン。

 最後にミコトが静かに馬車を降りる。

 屋敷の前では、クニヒロとコトハが二人を待っていた。

 クニヒロが一礼する。


「お帰りなさいませ、ルーカス様、レオン辺境伯」


「和平調停式も無事に終えられたようで、何よりでございます」


「はい。無事に条約を結ぶことができました」


 レオンが答えると、クニヒロは穏やかに頷いた。


「それは何よりでございます」


 隣に立つコトハも柔らかく微笑む。


「皆様、お疲れでしょう。お茶をご用意いたしましょうか?」


 その言葉に、レオンが答えようとした時だった。


「お母様」


 ミコトが静かに口を開く。


「その前に、着替えて参ります」


 コトハは一瞬きょとんとした後、すぐに意味を理解したらしい。


「あら」


 口元へ手を添え、楽しそうに微笑む。


「そうでしたね」


 その表情を見たレオンは、思わず眉を寄せた。


「……なんでそんなに嬉しそうなんですか?」


「娘の将来が決まるかもしれない勝負ですもの」


「俺からしたら、人生が決まるかもしれない勝負なんですけど……」


「同じことではありませんか?」


「意味が全然違いますよ!」


 コトハは楽しそうに笑う。

 クニヒロが小さく咳払いした。


「コトハ、レオン辺境伯を困らせるものではない」


「申し訳ございません、あなた」


 そう答えながらも、コトハの表情は楽しそうなままだった。

 ミコトは三人へ一礼する。


「では、着替えて参ります」


 そう言って、屋敷の中へ入っていった。

 その背中を見送り、レオンは隣のルーカスを見る。


「……帰っていいか?」


「駄目だ」


 ルーカスは即答だった。


「だよな」


 レオンは諦めたように息を吐く。


「俺も準備するか」


 クニヒロが頷く。


「レオン辺境伯のお着替えも、客室へご用意しております」


「ありがとうございます」


 レオンも屋敷へ入り、自分に用意された客室へ向かった。

 しばらくして、スルガ邸の奥にある訓練場。

 広く整えられた地面の中央には、ルーカスが立っていた。

 少し離れた場所では、クニヒロとコトハが並んでいる。

 今日の試合は帝国式。

 使用する武器は真剣ではない。

 帝国式の試合では属性魔法の使用も認められているため、実戦に近い戦いになる。

 しかし、相手へ致命傷を与えることが目的ではない。

 だからこそ、訓練用の武器を使用する。

 先に訓練場へ姿を現したのはレオンだった。

 和平調停式で着ていた正装から、動きやすい訓練着へ着替えている。

 右手には、スルガ家から借りた一本の木剣。

 レオンは木剣を軽く振る。


 ヒュッ


 木剣が空を切る音が鳴り響く。


「こんなもんか」


 重さは普段使っている剣とは違う。

 だが、扱うこと自体に問題はない。

 レオンは木剣を肩へ乗せる。

 この前にも、ノルディアの訓練場でルーカスと帝国式の試合をしたばかりだ。

 それでは、言い訳する事はできない。

 ルーカスが近づいてくる。


「調子は?」


「悪くない」


「そうか」


 ルーカスは短く答えた。


「なら問題ないな」


「もうちょっと心配してくれてもいいんじゃないか?」


「必要ないだろ」


「相変わらずだな……」


 その時だった。

 訓練場へ続く扉が開く。

 レオン達の視線が一斉にそちらへ向いた。

 ミコトが姿を現す。

 先ほどまでの華やかな黒の振袖姿とは違う。

 昨日と同じ、白を基調とした着物に藍色の帯を締めていた。

 歩くたびに長い袖が静かに揺れる。

 艶やかな黒髪も、動きを邪魔しないよう後ろで一つに纏められている。

 そして、その手には一振りの木刀が握られていた。

 ミコトは静かに訓練場へ入ってくる。

 その瞬間、先ほどまでの柔らかな雰囲気が消えた。

 レオンは無意識に目を細める。


(……空気が変わった)


 ミコトはレオンの前まで来ると、静かに一礼した。


「お待たせいたしました」


「ああ」


 レオンも表情を引き締める。

 視線をミコトの持つ木刀へ向ける。


「それでやるんだな」


「はい」


 ミコトは木刀を僅かに持ち上げる。


「帝国式の試合ですので」


「分かった」


 レオンも木剣を握り直した。

 ルーカスが二人の間へ歩み出る。


「では、始める前に条件を確認する」


 レオンとミコトがルーカスを見る。


「レオンが負けた場合」


 ルーカスはミコトへ視線を向ける。


「レオンはミコトを妻として迎える」


「はい」


 ミコトは迷うことなく答えた。

 ルーカスは今度はレオンを見る。


「そして、レオンが勝った場合、ミコトはレオンの言うことを一つ聞く」


「ああ」


 レオンも頷く。


「それでいい」


 ルーカスは二人を見比べる。


「双方、異論はないな?」


「ない」

「ございません」


 条件の確認を終えると、ルーカスが二人から離れていく。

 レオンも開始位置へ向かおうとする。

 その時、ミコトが木刀を腰の位置へ構えた。

 まるで、そこに鞘があるかのように。

 レオンは足を止める。


「その構えでいいのか?」


 ミコトは静かに答えた。


「抜刀術です」


「抜刀術……」


「はい、スルガ家には様々な剣技がございます」


 ミコトは腰を僅かに落とす。


「その中で、私が最も得意としているものが抜刀術です」


 レオンはミコトの構えを観察する。


(なるほど……)


 木刀なので、本物の刀のように鞘から抜くわけではない。

 それでも腰へ引き付けた構えから、一気に斬撃を放つということなのだろう。

 前世でも、抜刀術という言葉自体は知っている。

 だが、実際に相手にするのは初めてだった。


「面白いな」


 レオンは木剣を構える。


「やってみろよ」


 ミコトは答えない。

 ただ、静かにレオンを見る。

 その瞬間、レオンの表情から笑みが消えた。


(……殺気がない?)


 帝国式の剣術も、時には殺気を隠し、相手に攻撃の瞬間を悟らせない。

 その考え方自体は、ゼムから教わっている。

 だが、ミコトは少し違う。

 静かすぎる。

 これから攻撃するという気配そのものが薄い。

 まるでエミルを相手している様だった。

 それなのに、レオンの身体は本能的に警告を発していた。


(強い)


 レオンは右目へ魔力を流す。


 ズキッ


 僅かな痛みが走り、視界が揺らいだ。

 そして、未来が見える。

 開始の合図と同時に踏み込む自分。

 次の瞬間には、ミコトが目の前にいる。

 腰から放たれた木刀、それが自分の脇腹を正確に捉えていた。

 そこで未来が途切れる。


「……っ」


 レオンは思わず息を呑む。


(今、踏み込んだら取られる)


 未来を見なければ、そのまま攻めていた。

 ルーカスが右手を上げる。


「準備はいいな?」


「ああ」


「はい」


 レオンは木剣を構える。

 ミコトは腰へ木刀を引き付けたまま、微動だにしない。

 ルーカスの手が振り下ろされる。


「始め!」


 レオンは動かない。

 先ほど未来で見た踏み込みを止める。

 その瞬間、ミコトの眉が僅かに動いた。


「……」


 レオンはそれを見逃さなかった。


(やっぱり、俺が踏み込む瞬間を狙ってた)


 レオンは口元を僅かに上げる。


「悪いな、その手には乗らない」


 ミコトは静かにレオンを見る。


「そうですか」


 次の瞬間、ミコトが地面を蹴った。


「っ!」


 速い。

 レオンが踏み込んでくるのを待つのではなく、自分から間合いを潰してくる。

 ミコトの右腕が動く。

 腰へ引き付けられていた木刀が、一気に走った。


 ヒュンッ!!


 鋭い風切り音が訓練場に響く。

 レオンは咄嗟に木剣を合わせた。


 ガンッ!!


 乾いた音が訓練場へ響き渡った。


「っ……!」


 腕へ衝撃が走る。

 想像以上に重い。

 身体強化魔法。

 ただ速いだけではない。

 踏み込み、腰の回転、魔力による身体強化。

 その全てを一撃へ乗せている。

 レオンの身体が一歩後ろへ押される。

 だが、ミコトは追撃しなかった。

 一撃を放った直後、素早く距離を取る。

 そして再び、木刀を腰へ引き付けた。

 最初と同じ構えだった。

 レオンは木剣を握り直す。


「……速すぎだろ」


 ミコトは静かに答える。


「まだ始まったばかりです」


「ああ」


 レオンは小さく笑った。


「そうみたいだな」


 ルーカスが過去に一度だけ敗れた相手。

 その意味が、少しだけ分かった。

 単純な剣の速さではない。

 一撃へ全てを集中させる抜刀術。

 さらに帝国式の身体強化魔法。

 そして、攻撃の瞬間を悟らせない静けさ。

 未来を見られる魔眼がなければ、最初の一撃で終わっていた可能性すらある。

 レオンは木剣を構え直し、右目が僅かに疼く。


(さて……どう崩す?)


 負ければ結婚。

 冗談のような条件で始まった勝負だった。

 だが、目の前にいる少女は間違いなく本物だった。

 一瞬でも判断を誤れば、勝負は終わる。

 約束を懸けた戦いが、本当の意味で始まった。

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