第255話 将軍家
皇帝との謁見を終えるとレオンとエミルは並んで大広間を後にした
重厚な扉がゆっくりと閉まり 静かな廊下へ出る
その後ろからクニヒロとコトハ
ラメセスとフェルトリーも歩いてきた
クニヒロはレオンの前で立ち止まると
穏やかに一礼した
「改めまして スルガ家当主 クニヒロ・スルガです 滞在中は私達が帝都をご案内させていただきます」
レオンも頭を下げる
「レオン・ノルディアです よろしくお願いします」
コトハも柔らかな笑みを浮かべた
「帝都には様々な景色がございます 少しでも楽しんでいただけましたら幸いです」
「ありがとうございます」
レオンも自然と笑みを返した
その時ラメセスが豪快に笑う
「では教国の使徒殿は俺達が預かる!」
フェルトリーも優雅に一礼する
「責任を持っておもてなしいたします」
エミルはレオンへ視線を向けた
「ではレオン君 また後ほど」
「ああ また後で」
短い言葉を交わす
半年以上共に過ごしてきた二人にはそれだけで十分だった
エミルは小さく微笑むとラメセス達と共に廊下の奥へ歩いていく
その姿が見えなくなるまで見送るとレオンはクニヒロへ向き直った
「それではよろしくお願いします」
「こちらこそ」
クニヒロは静かに頷く
四人は皇城を後にした
皇城を出ると 帝都の賑わいが再び耳へ届く
皇城周辺は貴族街になっているようで 先程まで歩いていた商業地区とはまた違った雰囲気だった
白漆喰の壁を基調とした屋敷
黒い瓦屋根の屋敷
赤茶色のレンガを取り入れた屋敷
どれも造りは違う
だが どの屋敷にも風格があり
美しい街並みを作り上げていた
レオンは周囲を見渡しながら呟く
「帝都はどこを歩いても綺麗ですね」
クニヒロは静かに微笑む
「ありがとうございます 帝都は多くの職人達が長い年月を掛けて守り続けてきた街です 我々の誇りでもあります」
「なるほど」
レオンは納得したように頷く
歩きながら コトハが優しく尋ねた
「レオン辺境伯は帝都の印象はいかがでしょうか?」
「そうですね」
レオンは街並みを見回した
「同じ帝国なのに色々な文化が混ざっていて面白いです 歩いているだけで新しい発見があります」
その言葉にクニヒロとコトハは嬉しそうに微笑んだ
しばらく歩くと一際大きな屋敷が姿を現した
高く続く白漆喰の塀
堂々とした黒い瓦屋根
重厚な木造の門
門には見慣れない家紋が彫られている
クニヒロが立ち止まった
「こちらがスルガ邸です」
「立派なお屋敷ですね」
レオンは思わず見上げる
クニヒロは穏やかに門を開いた
「どうぞ」
門を潜った瞬間 レオンは思わず足を止めた
「……」
そこには 手入れの行き届いた美しい庭園が広がっていた
堂々と枝を広げる松
鮮やかな緑を纏う椛
庭の一角には数本の桜が植えられ
枝先には小さな蕾が顔を覗かせている
間もなく訪れる春を静かに待っているようだった
庭の中央には澄み切った池が広がり
その上には小さな石橋が穏やかに架けられている
池の中では色鮮やかな魚達がゆったりと優雅に泳いでいた
さらに池の周囲には 大小様々な丸石が流線を描くように美しく並べられている
まるで自然の川の流れをそのまま庭へ映したような景色だった
派手さはない だが 自然と調和した静かな美しさがそこにはあった
その景色を見た瞬間レオンの胸へ 懐かしさが込み上げる
前世での光一として生きていた頃の記憶
休日に訪れた日本庭園
池を泳ぐ錦鯉
風に揺れる松
静かな空気
この世界で初めて見るはずの景色なのに 光一の記憶がどこか懐かしいと感じていた
気付けば レオンの表情は自然と和らいでいた
その様子を見たコトハが優しく微笑みながら声を掛ける
「お気に召されましたでしょうか?」
レオンはゆっくりと頷いた
「はい 見ているだけで心が落ち着きます……不思議ですね 初めて訪れた場所なのに どこか懐かしい気持ちになります」
コトハは嬉しそうに微笑んだ
「ありがとうございます 主人と二人で長い年月を掛けて手入れを続けてきた庭なんです」
「そう言っていただけると本当に嬉しいです」
レオンはもう一度庭園へ視線を向けた
静かに流れる時間
優しく吹き抜ける春風
この庭には人の心を穏やかにする何かがある
そんな気がした
しばらく庭園を眺めていると屋敷の玄関が静かに開いた
カラリ……と一人の少女がゆっくりと姿を現す
艶やかな黒髪は腰の辺りまで伸び
澄み切った黒い瞳は落ち着いた輝きを宿していた
白を基調とした着物に藍色の帯を締め
歩くたびに長い袖が静かに揺れる
年齢は十五歳ほどだろうか
派手さはない だが一つ一つの所作には自然と目を惹く気品があった
少女はクニヒロ達の前まで歩み寄ると静かに一礼する
「お帰りなさいませ お父様 お母様」
「ああ」
クニヒロは穏やかに頷く
「待たせたな ミコト」
そしてレオンへ視線を向けた
「紹介しよう 娘のミコトだ」
ミコトは改めてレオンの前へ進み出る
両手を重ね 丁寧に頭を下げた
「初めまして ミコト・スルガと申します レオン辺境伯 帝国へようこそお越しくださいました」
澄んだ落ち着いた声だった
レオンも微笑みながら一礼する
「初めまして レオン・ノルディアです これから数日間お世話になります よろしくお願いします」
「はい こちらこそよろしくお願いいたします」
互いに顔を上げる
ミコトはレオンを静かに見つめた
(この方が……レオン・ノルディア辺境伯……)
父から何度も話を聞いていた人物
十二歳という若さで辺境伯となり
領地を発展させ
帝国と和平を結ぶ少年
もっと厳格で近寄り難い人物を想像していた
だが 目の前にいるレオンは穏やかな笑みを浮かべる
どこか親しみやすい青年だった
クニヒロが微笑む
「さあ 中へ参りましょう」
「はい」
四人は玄関へ向かう
すると コトハが柔らかな笑みを浮かべながら言った
「レオン辺境伯 お召し物はこちらへお願いいたします」
玄関には履物を整えて置くための場所が設けられていた
「分かりました」
レオンは迷うことなく靴を脱ぐ
そして 何気ない動作で履物を持ち上げ
つま先を外へ向けるように揃えて置いた
左右の間隔まで自然と整えられている
あまりにも自然な所作だった
クニヒロは僅かに目を細める
コトハも嬉しそうに微笑んだ
一方 その様子を見ていたミコトだけは静かにレオンを見つめていた
(今の所作……)
王国には履物を揃える文化はないと聞いている
それなのに まるで幼い頃から身に付いていたかのような自然さだった
(不思議な方ですね……)
ミコトは何も口にはしない
だが その瞳には僅かな興味が宿っていた
屋敷へ入ると廊下には磨き上げられた木の床が続いていた
柔らかな木の香りが漂う
障子から差し込む春の日差し
窓の向こうには先ほどの庭園が広がり 歩くだけで心が落ち着く
やがて客間へ案内される
襖が静かに開かれた
「どうぞ」
部屋へ入ったレオンは再び足を止める
床一面に敷かれた畳
中央には低い木の机
周囲には座布団が並べられていた
(畳まであるのか……)
光一として生きていた頃の記憶が蘇る
祖父母の家で過ごした夏休み
畳へ寝転び 窓から吹く風を感じながら昼寝をした日々
どこか懐かしい記憶だった
自然と笑みが零れる
「落ち着く部屋ですね」
その一言に コトハが嬉しそうに微笑んだ
「ありがとうございま主人が先代から受け継いだ屋敷なので 長い年月を掛けて少しずつ手入れを続けてきました」
レオンは静かに頷く
「大切にされてきたことが伝わってきます」
クニヒロも穏やかに笑った
「そう言っていただけると嬉しいですね」
四人は机を囲むように腰を下ろす
クニヒロは静かにレオンを見つめた
「改めまして 帝国へようこそ 今日は我がスルガ家でゆっくりお寛ぎください」
レオンは深く一礼した
「ありがとうございます お世話になります」
ミコトはそんなレオンを静かに見つめる
礼儀正しく 自然体でどこか懐かしい所作を見せる不思議な青年
父が高く評価する理由を少しだけ理解できた気がした




