第251話 眠れない一つのベッド
宿を出た二人は一階の食堂へ向かった
夕食時ということもあり 食堂には旅人や商人 運送業者の姿が多い
あちこちから楽しそうな笑い声が聞こえてくる
空いている席へ腰を下ろすと店員がすぐに水を運んできた
「おすすめを二人分お願いします」
レオンがそう頼むと
「かしこまりました」
と店員は一礼して厨房へ戻っていく
しばらくすると 大きな皿が二人の前へ並べられた
焼き上げられた肉
香草の効いたスープ
焼き立ての黒パン
そして彩り豊かな温野菜
レオンは興味深そうに料理を眺める
「帝国料理は香草をよく使うんだな」
エミルも頷いた
「教国でも帝国の香草は人気があります 香りが強く 保存食とも相性が良いそうです」
レオンは肉を一口食べる
「うまい!塩だけじゃなく香草の香りが効いてる」
エミルも小さく笑った
「はい とても美味しいです」
二人はしばらく食事を楽しむ
レオンは料理を食べながら店内を見回した
商人同士が荷物の話をしている
護衛達は明日の予定を確認していた
この宿場町も多くの人が行き交う重要な拠点なのだろう
「帝国も人の流れが多いな」
「そうですね 帝都へ向かう街道ですから王国 教国 帝国の商人も利用します」
レオンは静かに頷く
「調停が無事終われば もっと人の行き来が増えるかもしれないな」
「はい 教国もそれを望んでおります」
エミルは穏やかに答えた
その表情を見たレオンは少し安心する
宿へ着いてから落ち着かない様子だったが
食事中は少しだけ表情が柔らいでいた
今はいつものエミルに戻っていた
食事を終え 店員がお茶を運んでくる
レオンは代金を支払うと立ち上がった
「今日は早めに休もう 明日も朝から移動だしな」
「はい」
エミルは静かに立ち上がる
二人は並んで階段を上がり客室へ戻っていった
客室へ戻るとレオンは扉を閉め 軽く息を吐いた
「今日は結構歩いたな」
「そうですね」
エミルも静かに頷く
レオンは窓を開けた 夜風が部屋へ流れ込み 火照った体を心地よく冷ましていく
しばらく外を眺めていたレオンは部屋の奥へ視線を向けた
そこには大きな寝台が一つ
レオンは苦笑した
「やっぱり一つしかないか」
エミルの鼓動が一気に速くなる
教皇からの手紙に書かれていた『祝福の宝玉』その言葉が頭をよぎった
(教皇様は……このようなことまで考えておられたのでしょうか……)
ドクン ドクンと胸の鼓動が収まらない
レオンは何も気付かず荷物を下ろした
「仕方ないな……俺は床で寝るよ」
そう言って毛布を持とうとする
「ま 待ってください!」
エミルは思わず声を上げた
「でしたら私が床で寝ます」
レオンは首を横に振る
「いや それは駄目だ」
「でも……」
「女性を床で寝かせて俺だけベッドで寝るなんてできない そんなことしたらセリオスさんに申し訳ない 俺が床で寝る」
迷いのない口調だった
エミルは俯く
(レオン君らしいです……)
だからこそこのままでは互いに譲らない
エミルは胸の前で両手を握る
(これは教国のためです……教国とレオン君の未来のため……)
何度も心の中で繰り返す
そして震える声で口を開いた
「あ あの…… もし……宜しければ……一緒に寝ましょう……そ その方がお互い床で寝なくて済みますし……私は問題はありませんので……」
言い終えた瞬間 顔が一気に熱くなる
レオンは少し考え込んだ
「確かに……それならどっちも床で寝なくて済むな……」
レオンは少し考えた
野宿でも同じテントで寝たりする
ベッド毛布を分ければ似た様なものだと考えた
「そうしよう」
あまりにもあっさり了承され
エミルは思わず目を瞬かせた
「え……」
レオンは不思議そうに首を傾げる
「どうした?」
「い いえ……何でもありません……」
二人は寝台へ近付く
広めの寝台だった
十分な距離を空ければ二人でも眠れそうだ
レオンは壁側へ エミルは反対側へ横になる
互いに少し距離を空け天井を見上げた
静かな夜だった
窓の外から虫の鳴き声だけが聞こえてくる
誰も口を開かないまま しばらく静かな時間が流れていた
静寂を破ったのはレオンだった
「この調停が無事に終われば エミルとも別れるかもしれないな」
エミルの肩がぴくりと震える
「……えっ」
レオンは天井を見つめたまま続けた
「今 エミルの業務を担当してるシスターがそのまま残る形になるんじゃないかって思ってる……半年以上も副団長が他国にいるんだ 流石に教国もいつまでもって訳にはいかないだろ?」
エミルは小さく息を飲む
「ど どうしてそんな事を思われたのですか……?」
その問いに どこか焦りが混じっていた
レオンは少し笑う
「だって ノルディアを出てからエミル 少し変だっただろ 考え事してたり 急に顔赤くなったり ぼーっとしてたり 半年以上一緒にいたんだ それくらいは分かる……教国から撤退命令でも出たのかと思ってた」
エミルは思わず目を見開く
恋心には気付かれていない
だが 自分の変化には気付いてくれていた
その事実だけで胸が温かくなる
「違います」
エミルは小さく微笑んだ
「撤退命令ではありません」
「そうか」
レオンは安心したように息を吐く
「なら良かった」
再び静かな時間が流れ エミルは布団をぎゅっと握り締めた
胸の鼓動が少しずつ速くなる
勇気を振り絞り 小さな声で尋ねる
「もし……私が……教国へ帰ることになったら……レオン君は寂しいですか……?」
レオンは少しだけ考え 素直に答えた
「そりゃ寂しいさ エミルとは魔力草やポーション事業を一緒にやってきた 仲だからな それに毎朝の稽古もそうだし ここ半年以上ずっと一緒だった……急にいなくなったら寂しいな」
その言葉だけでエミルの胸はいっぱいになる
二人に沈黙が流れた 静かな夜だった
窓の外からは虫の鳴き声だけが聞こえてくる
数分後 エムルがゆっくりと口を開く
「もし……」
エミルは小さく息を吸う
「私が聖騎士を辞めることになったら……」
エミルの鼓動が速くなる
「レオン君が……」
エミルが震える声で続けた
「私を……貰ってくれませんか……?」
言葉を紡いだ瞬間 部屋は静寂に包まれた
レオンからの返事がない
エミルは恐る恐るレオンの方を見る
スースーと寝息をたて 眠っているレオン
エミルは少し安堵と恥ずかしさに首を振る
その時だった 眠っていたレオンが寝返りを打ち二人の距離は触れ合う寸前になっていた
「……っ」
エミルは思わず息を呑んだ
顔と顔の距離が近い 少しでも動けば口付け出来る距離だった
エミルの鼓動が激しく脈打つ
あまりの近さに頭が真っ白になりフリーズする
すると穏やかな寝息だけが聞こえてくる
「すぅ……」
レオンは完全に眠っていた
エミルは胸へ手を当てる
ドクン
ドクン
鼓動が自分でも分かるほど速い
しばらくレオンの寝顔を見つめたあと
ふっと優しく微笑んだ
「寝てしまわれたのですね……」
返事は聞けなかった
それでも どこかほっとした気持ちもあった
「おやすみなさい レオン君」
誰にも聞こえないほど小さな声でそう呟く
エミルも静かに目を閉じたのだが この日は全く寝付けなかった
宿の部屋にはレオンの寝息だけが流れていた




