第250話 一つの客室
帝国領へ入って数日
馬車はゆっくりと宿場町へ入っていく
石畳の道
両脇には宿屋や食堂
武具屋に雑貨屋
多くの店が軒を連ね
旅人や商人達で賑わっていた
帝国へ向かう街道でも有数の宿場町
北へ向かう者も 王国へ戻る者も
この町で旅の疲れを癒やしていた
馬車は一軒の宿の前で止まる
御者が扉を開いた
「レオン辺境伯様 本日はこちらでございます」
「ああ」
レオンは馬車を降り 続いてエミルも降り立つ
宿の主人は二人の姿を見ると すぐに駆け寄り深く一礼した
「ようこそお越しくださいました レオン辺境伯様でいらっしゃいますね」
「ああ 一泊する よろしく頼む」
「かしこまりました」
主人は笑顔で頷く
「教国より事前にご連絡をいただいております どうぞこちらへ」
主人は二人を宿の中へ案内した
木造の落ち着いた造り
廊下も隅々まで掃除が行き届いている
レオンは静かに周囲を見渡した
(いい宿だな)
宿の手入れ一つで主人がどれだけ仕事を大切にしているか分かる
二階へ上がり 廊下の奥まで進む
主人は一つの客室の前で立ち止まった
「こちらがお部屋になります」
レオンは辺りを見回す
「ん?もう一部屋は?」
主人は不思議そうに目を瞬かせた
「もう一部屋……でございますか?」
「ああ 俺達二人だからな」
主人はすぐに答える
「教国からはお二人で一部屋と伺っております」
その瞬間 エミルの肩がぴくりと震えた
(や やはり……祝福の宝玉は……子供でしたか……)
頬がみるみる赤く染まっていく
(教皇様は……最初からこのようなことまで……)
胸の鼓動が速くなる
ドクン
ドクン
ドクン
(お 落ち着いてください……これは護衛任務です 何も意識する必要はありません……)
そう自分へ言い聞かせても 鼓動は少しも収まらない
一方のレオンは首を傾げていた
「教国からか?」
「はい」
主人は困りながら頷く
「そのように承っております 」
レオンは少し考えたが すぐに納得した
「そういうことか エミルは護衛だから一部屋で十分って判断なんだろうな……分かった 案内ありがとう」
主人は安堵し深く一礼する
「それではごゆっくりお過ごしくださいませ」
主人が去ると廊下にはレオンとエミルだけが残った
レオンは客室の扉へ手を掛ける
「エミル 入るか」
「は はい……」
エミルは小さく返事をする
その鼓動はまだ少しも収まっていなかった
扉を開けると部屋の中は想像以上に広かった
中央には丸い机と椅子が二脚
窓際には小さなソファ
そして奥には大きな寝台が一つ置かれていた
レオンは部屋を見回す
「思ったより広いな これなら十分だ」
そう言いながら荷物を机の横へ降ろす
エミルも続いて部屋へ入る
だが エミルはその視線は自然と寝台へ向いてしまった
(ひ 一つ……)
改めて目にすると顔がさらに熱くなる
(やはり……一つしかありません……)
ドクン
ドクン
胸の鼓動が少しずつ速くなる
レオンは窓を開け外の景色を眺めた
「眺めも悪くないな」
涼しい風が部屋へ吹き込む
「今日は早めに休めそうだ」
「はい……」
エミルの返事はどこか上の空だった
レオンは振り返る
「エミル?」
「えっ……はい」
「何だかさっきからぼーっとしてるけど 本当に大丈夫か?」
「だ 大丈夫です!」
エミルは慌てて首を振る
「少し旅の疲れが出ただけです」
「そうか」
レオンは深くは気にしなかった
「今日は移動だけだったしな ゆっくり休めば明日には良くなるだろ」
その何気ない優しさに エミルの鼓動はさらに速くなる
(レオン君は何も気付いていません……なのに私は……)
思わず教皇の言葉が頭をよぎる
(祝福の宝玉は……子供でした……私がレオン君と……)
「~~~~っ」
耳まで真っ赤になる
(だ 駄目です……これ以上考えては……)
エミルは両手で自分の頬を軽く押さえ
何とか気持ちを落ち着かせようとする
その様子を見たレオンは首を傾げた
「やっぱり熱でもあるんじゃないか?」
そう言って自然にエミルへ近付く
「顔 赤いぞ」
「え……?」
レオンは額へ手を伸ばそうとした
「熱を測ってみるか」
「ひゃっ!」
エミルは思わず一歩後ろへ下がる
ドクンッ
心臓が大きく跳ねた
レオンは驚いて手を止める
「悪い 嫌だったか?」
「い いえ!そうではありません!」
エミルはぶんぶんと首を横に振る
「その……急でしたので……」
「そうか」
レオンは苦笑した
「体調が悪いなら遠慮なく言ってくれ 護衛だからって無理はするなよ」
「は……はい」
エミルは小さく頷く
その胸の鼓動はまだ少しも収まりそうになかった




