間章 専属商人と帝国の頭脳
「こちらが今回の購入条件となります」
ジークハルトは帳面を受け取り 静かに目を通した
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大盾一枚 金貨十二枚 重鎧一領 金貨十七枚
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しばらく資料を見つめた後 ゆっくりと顔を上げる
「こちらとしては大変ありがたい条件です ですが 少々高いと思いますが……」
クロエは何も言わない
静かに机の上に並べたもう一枚の資料を取り ジークハルトの前へ置いた
「こちらをご覧ください」
ジークハルトは資料へ目を落とす
そこには
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次回からの購入希望額
大盾一枚 金貨八枚 重鎧一領 金貨十枚
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と記されていた
ルーカスが目を見開く
「ずいぶん安くなるな」
ジークハルトは資料を見つめたまま静かに答える
「……少々 この価格では厳しいものがあります 帝国として利益がほとんど残りません」
クロエは小さく頷いた
「はい ですので 条件があります」
「……条件ですか?」
「和平条約が結ばれれば 今後も帝国使節団はノルディア領へ来られると思います その際 武具は商人ではなく 使節団の馬車で運んでいただきたいのです」
ルーカスは首を傾げた
「使節団の馬車でか?」
「はい その代わり輸送協力金として大盾一枚につき金貨二枚 重鎧一領につき金貨二枚をお支払いします」
部屋が静まり返る
ジークハルトは資料を見つめたまま考え込んでいた
やがて小さく笑みを浮かべる
「なるほど」
クロエは何も答えない
ジークハルトは静かに続けた
「武具の価格を下げる代わりに 輸送は帝国使節団が行う そして輸送協力費として金貨二枚を受け取る 一見すると ノルディア領の負担が増えるように見えます」
ルーカスも頷く
「俺もそう思った」
ジークハルトは首を横へ振った
「いいえ 実際には違います 使節団はノルディア領へ滞在します 宿代や食事代はもちろん 滞在中の買い物もするでしょう さらに帰国する際には ボア肉や保温箱など ノルディア領の商品を購入することもできます」
翡翠色の瞳がクロエを見つめる
「つまり ノルディア領が支払う輸送協力費は ほとんどがノルディア領で消費される……領外へ流出するお金はごく僅かになるんです」
クロエは微笑んだ
ジークハルトはさらに続ける
「加えて 輸送を帝国使節団が担当すれば 商人を雇う必要もない それに帝国使節団を襲う盗賊など考える必要もありません 輸送費 安全性 資金の流れ その全てを計算した提案ですか……」
クロエは静かに一礼する
「少しでも お互いに利益のある取引になればと思いまして」
ジークハルトは感心したように笑みを浮かべた
「なるほど さすがはレオン殿の専属商人です」
部屋に静かな空気が流れる
ジークハルトは二枚の資料を見比べながら ゆっくりと口を開いた
「クロエ殿 今回の契約については異論ありません……ですが 一つだけ契約へ加えていただきたい内容があります」
クロエは頷く
「お聞かせください」
ジークハルトは資料へ指を添えた
「この大盾と重鎧の価格を固定しないことです」
ルーカスが首を傾げる
「固定しない?」
「はい 大盾や重鎧の価格は ミスリルの相場に大きく左右されます 長期契約となれば 数年後も同じ価格とは限りません 鉱山の産出量が減れば価格は上がり 逆に新たな鉱山が発見されれば価格は下がるでしょう」
ジークハルトはクロエを見る
「この契約は今回だけではありません 今後も続いていく契約です ですから ミスリルの価格が大きく変動した場合は 双方の協議によって武具の価格を見直せるよう 契約へ明記したいと思います どちらか一方だけが損をする契約では 長く続きませんから」
クロエは少し考え 微笑んだ
「そのお考えには賛成です 私もレオン辺境伯の専属商人として 一度きりではなく 長く続く取引を望んでおります」
そう言うと契約書へ新たな一文を書き加えた
『ミスリル相場が大きく変動した場合 双方協議の上 武具価格を見直すものとする』
書き終えると契約書をジークハルトへ差し出す
ジークハルトは目を通し 満足そうに頷いた
「ありがとうございます これで帝国も安心して武具を供給できます」
クロエも穏やかに頷く
「ノルディア領としても 安定して武具を購入できます」
二人は互いに微笑んだ
そのやり取りを見ていたルーカスは苦笑する
「二人とも先のことまで考えるんだな 俺なら『この値段なら買う』『分かった売る』で終わりだ」
その言葉にクロエは小さく笑い
ジークハルトも肩の力を抜いたように微笑んだ
「だからこそ ルーカスは剣を振るい 私は机に向かうのですよ 役割分担です」
ルーカスは頭を掻きながら笑う
「そうだったな」
張り詰めていた商談の空気は 少しだけ和らいでいた
契約書へ最後の署名が記される
ジークハルトは羽ペンを置き 静かに頷いた
「これで契約成立ですね」
クロエは契約書を丁寧に受け取り 鞄へしまう
「はい 今後ともよろしくお願いいたします」
商人として深く一礼する
張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ
クロエも小さく息を吐く
「ふぅ……終わりました」
そのどこか普段に戻りかけた口調に ルーカスは笑う
「やっぱり緊張してたんだな」
クロエも照れくさそうに笑った
「そりゃしますよ 相手は帝国の第一皇子様と第二皇子様なんですから 僕なんてまだまだです」
ルーカスは肩をすくめる
「商談中は全然そんな風に見えなかった」
「専属商人ですから」
クロエは悪戯っぽく笑う
「商談中くらいは格好つけないと」
そのやり取りを静かに見ていたジークハルトが口を開いた
「それにしてもクロエさんは凄い魔力量ですね」
その一言で部屋が静まり返る
クロエの笑みが一瞬だけ止まった
ルーカスは兄を見た
「兄貴 分かるのか?」
「ええ」
ジークハルトは静かに頷く
「かなり抑えていますが完全には隠し切れていません 少なくともルーカスよりは多いでしょう」
「えっ……」
ルーカスは驚いたようにクロエを見る
「全然気付かなかった」
クロエは苦笑した
「さすが"帝国の頭脳"ですね......そこまで見抜かれるとは思いませんでした」
ジークハルトは穏やかに微笑む
「魔力量だけではありません 先ほどの商談も見事でした 利益だけではなく 人の流れ 金の流れまで読んでいる 短時間でそこまで組み立てられる方は滅多にいません」
クロエは少し照れたように笑う
「ありがとうございます」
ジークハルトはゆっくりと頷く
この魔力はそこらの貴族程度ではないと判断したジークハルトはカマをかける
「そして土属性……その魔力量を合わせて考えれば一つの答えに辿り着きます」
翡翠色の瞳が真っ直ぐクロエを見つめる
「あなたは元ヴァイスフェルト公爵令嬢ですね」
ルーカスは目を見開いた
「なに?!そこまで分かるのか?」
クロエは数秒だけ沈黙した
やがて小さく微笑む
「ご想像にお任せします」
肯定もしない
否定もしない
だが その返答にジークハルトは微笑んだ
「なるほど……その返答で十分です」
クロエは肩をすくめる
「商人ですから 手札は簡単には見せられません」
「お見事です」
ジークハルトは素直に感心したように頷く
「レオン殿が羨ましいこれほど優秀で しかも"可愛らしい"専属商人が傍にいるとは」
思いもよらない言葉にクロエは目を丸くした
「か 可愛い……ですか?」
ルーカスは吹き出す
「兄貴がそんなこと言うなんて珍しいな」
ジークハルトは表情一つ変えない
「事実を申し上げただけです 優秀な人材であり 愛らしい女性でもある そう評価したまでです」
クロエは少し頬を赤く染めながら笑った
「ありがとうございます その言葉は嬉しいです」
そう言って一礼すると クロエは応接室を後にした
扉が静かに閉まるとルーカスは兄のジークハルトを見ながら苦笑した
「兄貴……もしかして あんなちんちくりんがタイプなのか?」
ジークハルトは呆れたように弟を見る
「違います 私が評価したのは容姿だけではありません ノルディア領を三年も経たずに発展させたのはレオン殿一人ではない……あのクロエ殿も大きく関わっています 先ほどの商談を見ればそれは明らかです……頭の回転は非常に速い 魔力量はルーカスを上回りそして土属性の抽出系統の適性を持つ可能性も高いでしょう……帝国が喉から手が出るほど欲しい人材です」
ルーカスは腕を組む
「そこまで評価するのか」
「ああ」
ジークハルトは静かに頷いた
「本来なら皇族へ……私の妻にでも迎えたいと思うほどの女性です……ですが」
穏やかに笑う
「本人の心は既に決まっているみたいですね 商談中も雑談の時も 話題が彼になるたび 表情が自然と柔らかくなっていました……その一途さも私は高く評価していますが……ね」
ルーカスは苦笑しながら立ち上がった
「アイツも大変だな 周りに優秀なのが集まる」
ジークハルトは小さく笑みを浮かべるだけだった




