間章 白銀の聖剣と帝国の剣 前編
まだ空が白み始めたばかりの早朝
エミルは静かに目を覚ました
「……」
いつものように身支度を整える
白銀を基調とした聖騎士団の制服へ袖を通し
腰へ細身の剣を下げる
そして何も考えず部屋を出た
廊下を歩き 邸の外へ出る
冷たい冬の空気が頬を撫でる
吐く息は白く 朝日が少しずつ山の向こうから顔を出し始めていた
自然と足は訓練場へ向かう
毎朝 この時間になるとレオンと剣を交える
もうそれが当たり前になっていた
だが訓練場が見えたところでエミルは足を止める
「あっ……」
小さく声が漏れた
「今日からお休みでしたね」
昨日から帝国第一皇子ジークハルトと第二皇子ルーカスがノルディア邸へ滞在することになった
その間 レオンは朝の訓練を休み
昼間に出来ない分の政務を優先することになっている
エミルは思わず苦笑する
「習慣とは不思議ですね」
身体が勝手に動いてしまった
レオンとの朝稽古がいつの間にか自分の日課になっていたらしい
訓練場を見渡すが当然 誰もいないと思っていた
その時だった
「アンタも来たのか」
聞き覚えのある低い声が響く
エミルは振り返った
そこには一人の青年が立っていた
陽光を受けて輝く銀色の髪に翡翠色の瞳
その目は鋭く澄んだ眼差しを宿している
帝国軍の制服を纏った第二皇子 ルーカスだった
「おはようございます ルーカス様」
エミルは丁寧に一礼する
ルーカスも軽く頷いた
「ああ」
短いやり取りだった
だが気まずさはない
少し沈黙が流れた後
エミルは柔らかく微笑む
「昨日の試合 とても見応えがありました お二人とも本当にお強いですね」
ルーカスは静かに空を見上げそして短く答えた
「……まだまだ足りない」
その一言だけだった
エミルは少しだけ目を丸くする
昨日の試合を見ていたからこそ
その言葉が意外だった
実際はレオンは勝った
だが 純粋な剣技だけを見れば
ルーカスの方が僅かに上だったように見えた
勝敗を分けたのは戦術
だからこそ エミルには不思議だった
「私の目から見て お二方の力量はそれほど開いているようには思えませんでしたが……」
ルーカスは静かにエミルを見る
「今だけ見ればな」
少しだけ間を置き ゆっくりと続けた
「レオンは俺と違い領主だ 政務も 領地運営も 商談もある 剣を握る時間は 俺の三分の一以下だろう」
エミルは黙って耳を傾ける
ルーカスの視線は まるで昨日の試合を思い返しているようだった
ルーカスは静かに続けた
「三年前は俺の方が剣は上だった 何度やっても勝っていた」
その言葉に迷いはなかった
事実をそのまま口にしているだけだった
「だが昨日は負けた 差は無くなったどころか 逆に追い越された」
エミルは静かに目を見開く
ルーカスは悔しそうな表情を見せることもなく
ただ事実として受け止めていた
「だから……まだまだ足りない」
短くそう締めくくる
エミルはようやくルーカスの言葉の意味を理解した
比べているのは 今この瞬間の実力だけではない
置かれた環境
剣を振る時間
積み重ねられる努力
その全てを含めて
ルーカスはレオンを自分より先を行く剣士だと認めていた
エミルは自然と笑みが浮かぶ
「ルーカス様も レオン君のことがお好きなのですね」
その一言にルーカスは少しだけ首を傾げた
「白銀の聖剣も レオンのことが好きなのか?」
突然の問い掛けだった
「えっ……」
エミルは目を見開く
頭の中が真っ白になる
(す……好き……?)
その言葉だけが頭の中で何度も響く
頬がみるみる赤く染まっていく事が自分でも分かる
「わ……私は……」
胸が高鳴り視線が落ち着かない
「レオン君のことを……」
言葉が詰まり何とか口を開く
「そ……尊敬しております」
しどろもどろになりながら答えると
ルーカスは静かに頷いた
「そうか」
満足そうな表情を浮かべる
「あいつの考えることは 俺の一歩二歩先を行く 一緒にいて楽しいだろ?」
その言葉でエミルはようやく気付く
(あっ……恋愛の意味ではなかったのですね……)
胸を撫で下ろしながら 少しだけ苦笑する
「はい レオン君とお話ししていると 新しい発見ばかりです 私も勉強になることがたくさんあります」
ルーカスは小さく頷いた
「そうだろうな 俺も あいつと居るのは好きだ」
二人は顔を見合わせ
自然と笑みを浮かべた
ほんの少しだけ互いの距離が縮まった瞬間だった
また少しの沈黙が流れる
冷たい冬の風が訓練場を吹き抜けた
ルーカスは周囲を見回し 静かに口を開く
「ここへ来たってことは 白銀の聖剣も訓練のために来たんだろう?」
エミルは少しだけ考える
本当は違うのだが
今日は訓練が休みだということを忘れ
いつもの習慣でここへ来てしまっただけだった
レオンとの朝稽古がいつの間にか身体へ染み付いていた
だが その理由を口にするのは少し恥ずかしい
柔らかく微笑みながら答えた
「そうですね 身体が勝手に動いてしまいました」
ルーカスは静かに頷く
「そうか」
短く答えると腰に差した剣へ手を添えた
「なら 俺と手合わせしてくれないか?」
エミルは少し驚く
「私と……ですか?」
「ああ……昨日 レオンとの試合はした だが 教国の白銀の聖剣とはまだ剣を交えていない 一度戦ってみたい」
その瞳に宿るのは純粋な探究心だった
勝敗ではない
強者と剣を交え
互いを知りたい
ただそれだけだった
エミルはその眼差しを見つめ
静かに一礼する
「承知いたしました 私も帝国第二皇子の剣術を学ばせていただきたいと思っておりました」
ルーカスは小さく頷く
「ありがとう」
二人は訓練場の中央へ歩み出る
エミルは細身の剣を静かに抜く
ルーカスも剣を抜いた
冬の朝日を受け二本の剣が静かに輝く
互いに一定の距離を取る
冷たい風が二人の間を吹き抜ける
静寂が流れた 次の瞬間
ルーカスが静かに踏み込んだ
ガンッ!!
乾いた音が訓練場へ響く
エミルは身体強化だけでその一撃を受け止める
「なるほど……」
小さく呟く 昨日レオンが話していた通りだった
帝国式は殺気を隠す時とあえて放つ時を使い分ける剣
踏み込みに無駄がなく鋭い
一方でルーカスもエミルの剣に目を細める
「教国式か……本当に殺気が無い」
まるで風が流れるような剣だった
互いに一歩も譲らず 何度も剣を交える
ガンッ!!
ガンッ!!
冬の静かな朝 訓練場には二人の剣戟だけが響き続けていた




