第23話 最初の一歩
騎士団改革会議から三日後
ノルディア領北部のバルド山脈の麓に二十名ほどの討伐隊が集まっていた
レッドボア討伐はノルディアでは日常のように行われている仕事だ
だが今日だけは違った
「本当にこれで行くんですか?」
若い兵士が不安そうに呟く
その視線の先には歴戦のベテラン達が最前列で並んでいた
巨大な帝国製大盾を持ち全身を覆う重鎧
まるで城壁が歩いているようだった
一方新人達は後方で弓や罠そして回復薬や予備武器をそれぞれを背負っている
2年ほど続いたノルディアの常識とは真逆だった
「若様の命令だ」
ガレスが言う
「まずはやってみる」
誰も反論はしなかった
辺境伯代行自ら決めたことだ
そして何より【グラニウスの息子】その名への信頼があった
少し離れた場所レオンはルーカスと並んで立っていた
「本当に新人を後ろにやるのか?」
ルーカスが聞く
「ああ」
「怖くないのか?」
「何がだ?」
「経験を積ませる機会が減る」
レオンは首を振った
「まずは慣れることが大事なんだ、生きていれば経験は積めるただ」
レオンは討伐隊からルーカスへと視線を移したそしてゆっくりと目を見て答えた
「死んだら終わりなんだ」
ルーカスは黙ったそして少しだけ笑う
「お前らしい」
レオンは肩を竦めた
やがて森の奥から音が聞こえてくる
ドドドドドドッ!!
木々が揺れ地面が揺れていた
討伐隊全員の表情が引き締まった
レッドボアだそれも十頭以上
群れで移動している所を遭遇してしまったのだ
先頭のベテラン兵が叫ぶ
「野郎ども来るぞ!!」
次の瞬間
森を突き破るように巨大な猪が現れた
全長二メートルを超える巨体に赤黒い毛皮と鋭い牙
普通の新人なら足が竦む
だが今日は違った
「盾構え!!」
ガレスの号令で一斉に大盾を
ドンッ!!
ベテラン達が一斉に大盾を地面へ叩き付ける
大盾は巨大な壁だ、それはまるで城門の様だった
直後重騎士達にレッドボアが突っ込む
ドゴォォン!!
凄まじい衝撃だしかし壁は一切崩れない
「止まった!?」
新人兵達が目を見開く
今までなら数人が吹き飛ばされていた
だが今回は違う、ベテラン達が微動だにしない
帝国製大盾に重鎧そして経験全てが揃っていた
「今だ!」
ガレスが叫び中堅兵達が槍を突き出す
ズドッ!!
ズドッ!!
レッドボアの身体へ槍が突き刺さる。
魔獣達が悲鳴を上げた
さらに後方新人達が弓を放つ
ビュッ!!
ビュッ!!
矢が飛ぶ一本二本三本と確実に命中していく
今までなら最前線で生き残ることだけで精一杯だった
だが今は違う
周囲を見る余裕がある
狙う余裕がある
戦う余裕がある
「当たった!」
一人の新人が思わず声を上げた
その顔は驚きでいっぱいだった
初めてだ戦場で役に立てたとそう思えた
レオンはその様子を見てそして小さく頷く
「良くなった」
ルーカスが聞く
「何がだ?」
レオンは新人達を見る
「新人達の顔だよ」
ルーカスも視線を向けた
そこには恐怖だけではない表情があった
達成感
自信
安堵
少しずつ兵士になっていく顔をルーカスは見ていた
やがて最後の一頭が倒れる
レッドボア討伐終了を知らせる歓喜の声が上がった
ガレスが周囲を見回す
「負傷者確認!」
兵士達が報告する
「軽傷二名!骨折なし!重傷者なし!」
ガレスは固まったそして周囲も静まり返る
誰かが呟いた
「死者は……?」
確認する
何度確認しても同じだった
「死者数はゼロです!」
討伐隊全員が顔を見合わせる
レッドボア討伐で死者ゼロは今まで一度もなかった事だ
ガレスはレオンを見た
レオンは静かに帳簿を取り出した
いつも持ち歩いている小さな帳簿
そこには新人兵達の名前が書かれている
エリック
マルク
ジーク
他にも大勢
レオンはその名前を見て小さく笑った
「今日は消さなくて済んだ」
ガレスは意味を理解する
兵隊の名簿の名前に赤線を引かなくて済んだ事を
それだけの話だった
十分な成果にルーカスはしばらくレオンを見ていた
そして静かに言う
「なるほど」
レオンが顔を上げルーカスは討伐隊を見る
笑っている新人達に肩を叩くベテラン達
今までの討伐後にはなかった光景
「お前が欲しかったのは盾じゃない」
レオンは黙って聞くそしてルーカスは続けた
「未来だったのか?」
風が吹いたレオンは少しだけ笑う
「そんな大層なものじゃないよ」
そして遠くの新人達を見る
「ただ生きて帰ってほしいだけなんだ」
その言葉にルーカスは何も返さなかった
だがその横顔には確かな敬意が浮かんでいた
帝国の剣はこの日初めて
レオン・ノルディアという少年を一人の領主として認めたのだった




