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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います(編集中)  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第2章 新しい領主と第二皇子

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第22話 最強の盾

レオンは、机の上に広げた図面を指差した。


「そして、この大盾をベテラン兵に持たせる」


ガレスの眉が僅かに動き、ゼムも驚いたように目を見開いた。

それは、エルグランド王国の常識から大きく外れた考えだった。


王国の騎士団には、新人兵が最初に盾と剣を持ち、前衛へ立つ風習がある。実戦経験の少ない者が盾役として前へ立ち、戦場で生き残ることによって経験を積んでいく。それが、これまで当たり前のこととして受け入れられてきた。


「若様、ベテランを盾役にするのですか?」


「ああ」


ガレスの問いに、レオンは即答した。


「新人兵は前衛から外す」


その言葉を最後に、執務室が静まり返った。

ガレスは腕を組み、机の上に広げられた大盾の図面を見つめる。レオンの考えを理解しようとしているようだったが、その表情は険しい。


「若様のお考えは分かります。ですが、まず間違いなく反発が出ます。ベテラン兵達は、これまで前線で剣を振るってきた者達です。それを急に盾役へ戻れと言われれば、納得しない者が必ず現れます」


長年、王国の騎士団に所属してきたガレスにとって、それは当然の懸念だった。

新人の頃に盾役を務め、戦場で経験を積み、ようやく前線で剣を振るう立場を手に入れた者達に、再び盾を持てと命じる。その役目を降格と受け取る者が現れても、不思議ではない。


レオンも、それは分かっていた。

だからこそ、反対されることを見越して、先に必要な資料を用意していた。

レオンは机の端に置いていた分厚い帳簿を持ち上げると、三人の前へ置いた。

ドサリ、と重い音が執務室へ響く。


「まず、これを見てくれ」


レオンが帳簿を開く。

そこに記されていたのは、過去五年間にノルディア騎士団が行った魔獣討伐の記録だった。


討伐した魔獣の種類と数、参加した騎士や兵士の人数、負傷者数、死者数。そして、命を落とした者達の名前が、一人ずつ記録されている。


ガレスは帳簿へ目を落とし、僅かに目を細めた。

見開きのページには、赤い文字で書かれた名前が並んでいた。

エルグランド王国の名簿において、赤い文字が意味するものは一つしかない。


『戦死』


アルト、十八歳。


ベック、十七歳。


ギル、十九歳。


ロイド、十八歳。


ケイン、十七歳。


ページをめくると、そこにも多くの名前が並んでいた。そして、そのほとんどが騎士団へ入ったばかりの新人兵だった。

帳簿に並ぶ赤い文字を見つめ、ガレスの表情がさらに曇る。


「……こんなにいたか」


「ああ……いたんだ」


レオンは重く答えると、帳簿に記された一人の名前を指差した。


「ガレスは、アルトを覚えているか?」


ガレスは、その名前をしばらく見つめてから頷いた。


「去年、騎士団へ入った新人です」


「ああ、そうだ。アルトは農家の三男だった。母親が病気だったから、アルトの戦死後に支払われた見舞金で薬を買ったそうだ」


ガレスは何も答えなかった。

レオンは、次の赤い文字を指差す。


「ベックには妹が二人いた。兄が病気で亡くなったから、数年後にはベックが家を継ぐ予定だった」


さらにページをめくり、別の名前を指差した。


「ギルは孤児院の出身だった。初任給をもらったら、同じ孤児院で暮らしていた子供達に菓子を買ってやると約束していた」


ゼムも言葉を失い、並んでいる名前を見つめていた。

そこに記録されているのは、ただの数字ではない。

一人一人に家族がいて、帰りを待つ者がいて、その先に続くはずだった人生があった。


レオンは静かに帳簿を閉じた。


「去年だけで、二十七人が死んだ」


普段のレオンとは違う、重く静かな声だった。


「遺族へ支払われた見舞金は、金貨百二十九枚。だが、問題は金じゃない」


レオンは椅子から立ち上がると、窓の外へ視線を向けた。

執務室の窓からは、ノルディア騎士団の訓練場が見える。そこでは、騎士団へ入ったばかりの若い兵士達が、今日も木剣を振って鍛錬を続けていた。


レオンは窓辺へ歩み寄ると、その中の一人を指差した。


「あいつはエリック。妹が三人いる」


続いて、少し離れた場所で木剣を構えている少年へ指を向ける。


「あっちはマルク。父親が仕事中の事故で片足を失っている」


さらに、訓練場の端にいる兵士へ視線を移した。


「あっちはジルク。領都にある鍛冶屋の長男だ」


ガレスは驚いたようにレオンを見た。

訓練場にいる新人兵全員の名前だけではない。その家族構成や、騎士団へ入った事情まで把握していたからだ。


「若様、全員のことを……?」


「辺境伯代行だからな。領民の名前くらい、覚えている」


レオンはそう答えると、訓練場にいる若い兵士達を見つめたまま、静かに続けた。


「俺は、あいつらを死なせるために雇ったんじゃない」


再び、執務室が静まり返った。

窓の外から、木剣がぶつかり合う音だけが微かに聞こえてくる。


「だから、新人兵は後ろへ下げる」


レオンは机へ戻ると、帳簿の横に新しい編成図を広げた。

編成図の最前列に配置されているのは、帝国製の大盾と重鎧を装備したベテラン兵。その後ろには中堅兵が配置され、最後尾には新人兵が並んでいた。


「最初のうちは、後方から弓を射たり、魔獣を誘導するための罠を仕掛けたりさせる。少し慣れてきたら、索敵や回復薬の運搬も任せる」


ガレスとゼムは編成図へ視線を落としたまま、レオンの話へ引き込まれていた。


「新人兵は、まず後方で戦場に慣れさせる。その次に、槍を使う攻撃隊へ加える。そして、十分な経験を積んだ者だけを前衛へ出す」


戦場を知らない新人兵を、いきなり魔獣の前へ立たせない。

後方から戦いを経験させ、次に中衛で攻撃へ参加させる。そして、生き残るために必要な経験と技術を身につけてから、初めて前衛へ立たせる。


ガレスは、編成図を見ながら頷いた。

理屈は分かる。

新人兵の死者を減らすという目的にも、間違いなく効果があるだろう。

だが、まだ問題は残っていた。


「それでも、ベテラン達は納得しないでしょう」


ガレスが顔を上げる。

レオンは、その質問を待っていた。

机の上に置かれていた帝国製大盾の図面を、手のひらで叩く。


「だから、これを用意した」


全員の視線が、帝国製大盾の図面へ集まった。


「今までの盾役が嫌われていたのは、捨て駒に近かったからだ。満足な装備も与えられず、経験もないまま最前線へ立たされ、魔獣の最初の攻撃を受け止めさせられていた。当然、誰だってやりたくない」


レオンは、大盾の図面の横へもう一枚の図面を広げた。

帝国製の重鎧。

王国の鎧よりも頑丈でありながら、帝国の加工技術によって重量を抑えられた高品質な防具だった。


「だが、違う。俺が欲しいのは、生贄ではない」


レオンは、図面の上へ手を置いた。


「壁だ」


それまで黙って話を聞いていたルーカスが、僅かに目を細める。


「壁?」


「ああ。絶対に破られない壁だ」


レオンの力強い声が、静かな執務室へ響いた。


「新人を守るため、討伐隊を守るため、そして、帰る場所を守るための壁だ」


レオンは片手を強く握り締めた。


「だからこそ、最前線には最も経験のある者を置く」


ガレスは、並べられた二枚の図面へ視線を落とした。

帝国製の大盾と、帝国製の重鎧。

どちらも、王国では超が付くほどの高級品だ。一般的な騎士団であれば、十人分を揃えるだけでも難しい。


「その役目を任せる以上、絶対に死なせない」


レオンは静かに言った。


「装備だけは、誰よりも良い物を渡す」


「……だから、帝国製なのか」


ルーカスが呟き、小さく笑った。


「なるほど」


腕を組んだまま、ルーカスは興味深そうにレオンを見つめる。


「そういう使い方か」


ようやく、全てを理解した。

何故、レオンが新しい剣や槍ではなく、大盾を欲しがったのか。何故、大盾だけではなく、重鎧まで帝国へ求めたのか。

全てが繋がった。

レオンは、はっきりと頷いた。


「ベテランにも、新人にも生き残ってもらう。誰も死なないことが、一番大事だ」


そして、閉じた帳簿の上へ手を置く。


「来年は、この赤い文字を増やしたくない」


誰も、すぐには言葉を返せなかった。

ガレスも、ゼムも、ルーカスも、黙ってレオンを見つめていた。

目の前にいる十二歳の少年は、北の戦神と呼ばれたグラニウスのような英雄ではない。

たった一人で数多の魔獣を倒し、その背中だけで領民に安心を与えられるような存在ではなかった。


だが、レオンは確かに領主だった。

一人でも多くの領民を守るために考え、これまで当然とされてきたやり方を疑い、未来を変えようとしている。

その姿を見て、ルーカスは初めて、本当の意味でレオン・ノルディアという少年を認め始めていた。


こうして、ノルディア騎士団を変えるための最初の一歩が、静かに踏み出された。

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