第216話 残る理由
執務室には静かな空気が流れていた
誰も口を開かない
ジークハルトは目を閉じたまま考え続ける
やがてゆっくりと目を開いた
「決めました」
その一言に全員の視線が集まる
ルーカスが尋ねる
「兄貴 どうするんだ?」
ジークハルトは静かに答えた
「私は残ります」
ルーカスは少し驚いた
「残るのか?」
「ええ」
「その方が両国にとって利益が大きいでしょう」
クロエは首を傾げる
「でも王国の第一王子が来るなら 帝国の皇子が二人いるのは問題になりませんか?」
ジークハルトは静かに頷いた
「普通であれば その通りです ですが今回は事情が違います」
レオンは黙って続きを待つ
「もし私達が密書を受けた直後に帝国へ戻れば王国はどう思うでしょうか」
クロエは少し考える
「何かを隠した……でしょうか?」
「その可能性があります」
ジークハルトは頷いた
「王国側には帝国皇子が密書の内容を知り 急いで帰国したようにも映ります そうなれば余計な疑念を生むだけです」
ルーカスも納得したように頷く
「なるほど 逃げたように見えるってことか」
「ええ ですから私は普段通り滞在を続けます その方が 帝国に後ろめたいことは何もない そう示せます」
レオンは感心したように息を吐いた
そこまで先を読んでいたのか
ジークハルトはさらに続ける
「そしてもう一つ理由があります……魔獣です」
その言葉に執務室の空気が変わる
「レオン殿の話が事実なら」
「今後 王国北部で大規模な魔獣災害が起きる可能性があります その時に和平条約が締結されれば 帝国は援軍を送るでしょう」
レオンも静かに頷いた
「はい その可能性は高いと思います」
「ですが」
ジークハルトは静かに続ける
「その帝国軍を見た王国貴族が本当に救援だと信じるでしょうか?」
誰も答えなかった
「帝国軍が国境を越えた その事実だけを見て 『侵略だ』『売国だ』そう騒ぐ者が現れても不思議ではありません」
クロエは小さく息を呑む
確かにあり得る話だった
ジークハルトはレオンを真っ直ぐ見つめる
「だからこそ 今のうちから"帝国には敵意がない" それを王国へ示しておく必要があります 私がここへ残ることも その一つになるでしょう」
レオンは静かに頷いた
「分かりました ではジークハルト殿下にはこのままノルディアへ滞在していただきます」
ジークハルトは微笑む
「ありがとうございます」
その時だった
コンコンと再び執務室の扉が叩かれた
「失礼いたします!」
外から騎士の声が響く
「王都の使者が到着いたしました!第一王子アレク殿下御一行が本日中にノルディアへ到着されます!」
執務室の空気が再び張り詰めた




