第213話 新たな和平
応接室には静かな空気が流れていた
魔獣の話も一段落し
誰も口を開かない
やがて ジークハルトは静かに息を吐いた
そして机の上へ置かれた一本の羊皮紙へ視線を向ける
丸められたままの羊皮紙
応接室の机に置かれてから誰も一度も開いていなかった
ジークハルトは小さく微笑む
「大分 話が逸れてしまいました 本来はこちらが今回の目的です」
レオンも羊皮紙へ視線を向けた
「和平条約ですね」
「ええ」
ジークハルトは羊皮紙を手に取り
ゆっくりと広げる
「これは 現皇帝又は次期皇帝とノルディア辺境伯 レオン・ノルディアとの和平条約です」
レオンは静かに目を通した
そこに書かれていた内容は以前ヴァルグと皇帝が結んだ和平条約とは大きく異なっていた
ジークハルトは説明を続ける
「基本となる内容は変わりません ノルディアと帝国は互いに不可侵とし 正当な理由なく武力を向けない ですが今回新たな項目を加えています」
レオンは続きを読む
そこには 魔獣に関する情報共有 武具や物資の優先輸出入
そして 魔獣の大規模氾濫など有事の際は
互いに可能な限り救援を行う
そう記されていた
レオンは顔を上げる
「これは……以前の和平条約より 踏み込んだ内容ですね」
「ええ」
ジークハルトは静かに頷く
「父も私も これから先はただ戦争をしないだけでは足りないと考えています 魔獣という共通の脅威がある以上 互いに協力する条約が必要です」
応接室は静まり返る
レオンは再び羊皮紙へ目を落とした
そこに書かれている内容は
どれも 今回話し合った内容を反映したものだった
情報を共有し
物資を融通し合い
有事には互いを助ける
それは 戦争を避けるためだけではない
未来を守るための和平条約だった
レオンは静かに口を開く
「一つよろしいでしょうか?」
ジークハルトは穏やかに頷く
「どうぞ」
レオンは羊皮紙へ視線を落としたまま尋ねる
「この条約は 王国ではなくノルディアとの和平なのですね」
レオンの問いにジークハルトは静かに頷いた
「ええ 父も私も和平を結ぶ相手は王国ではありません ノルディアです」
応接室は静まり返る
ジークハルトは穏やかな表情のまま続けた
「王国と帝国は国同士です 国王や皇帝が代われば 考え方も変わります ですがノルディアは違います ヴァルグ殿は不可侵条約を守り続けました グラニウス殿は和平条約を守り続けました そしてレオン殿もまた同じ意思を受け継いでくださる そう信じています」
少しだけ微笑む
「だから父は王国ではなくノルディアとの和平を選びました そして私もその意思を受け継ぎます」
レオンは静かに羊皮紙へ目を落とす
そこへ記されているのは
争いを避けるためだけの条約ではない
魔獣という共通の脅威へ備え
未来を守るための約束だった
レオンは顔を上げる
「ジークハルト殿ありがとうございます この条約喜んでお受けします」
ジークハルトは穏やかに微笑んだ
「ありがとうございます」
レオンは机の上のペンを手に取る
迷うことなく羊皮紙へ署名した
レオン・ノルディア
静かな筆音だけが応接室へ響く
署名を終え レオンはペンを置いた
ジークハルトは満足そうに頷く
「ありがとうございます これでレオン殿の署名は頂きました」
レオンは静かに尋ねる
「後は皇帝陛下 父の署名ですね」
「ええ ですが一つお願いがあります」
「何でしょうか?」
ジークハルトは真っ直ぐレオンを見つめた
「父が署名した際 後にレオン殿にも帝国へお越しいただきたいのです」
レオンは少し驚く
「私が帝国にですか?」
「はい この条約は 現皇帝そして次期皇帝である私 さらにノルディア辺境伯レオン・ノルディア 三者で結ぶ新たな和平です 父も直接レオン殿と会い この条約へ署名したいと望んでおります」
応接室は静まり返る
レオンは静かに頷いた
「分かりました その時は私も帝国へ伺います」
ジークハルトは安堵したように微笑む
「ありがとうございます 父もきっと喜ぶでしょう」
二人は立ち上がる
互いに向き合い
固く握手を交わした
それは王国と帝国ではない
ノルディアと帝国
次の世代が結んだ
新たな和平への約束だった
その様子を見守るゼムは
静かに目を閉じる
ヴァルグ様が守り続けた不可侵条約
グラニウス様が守り続けた和平条約
その意思は今 レオンへ受け継がれた
そして帝国もまた
現皇帝から次期皇帝ジークハルトへ
その意思を受け継いでいく
新たな時代は静かに動き始めていた




