第208話 受け継がれる和平
領内の視察を終えた一行はノルディア邸の応接室へ戻っていた
使用人が淹れた温かな紅茶が机へ並べられる
冬の日差しが窓から差し込み
穏やかな空気が流れていた
レオンは周囲を見回す
「ルーカスは?」
ジークハルトは小さく笑う
「鍛錬場です 邸へ戻るなりすぐに向かいました 昨日の敗北がよほど悔しかったのでしょう」
レオンは思わず苦笑した
「ルーカスらしいですね」
ジークハルトも穏やかに頷く
「ええ あの子は基本的に負けることがありません だからこそ 敗北した時だけは 次に勝てると自分が納得するまで鍛錬をやめないでしょう」
レオンは静かに笑う
「また強くなりますね」
「間違いなく」
ジークハルトも微笑んだ
やがて紅茶を一口飲み静かにカップを置く
「辺境伯殿 本日はありがとうございました」
レオンもカップを置いた
「こちらこ遠路はるばるお越しいただきありがとうございました」
ジークハルトは静かに首を横へ振る
「墓所 領内 宿場町 全てを拝見し 確信いたしました」
その言葉に応接室の空気が少しだけ変わる
クロエとゼムも静かに耳を傾ける
ジークハルトは真っ直ぐレオンを見る
「辺境伯殿……いえレオン殿 今回私は貴方を見極めるためにノルディアへ参りました」
レオンは少し驚く
「私を……ですか?」
「はい」
ジークハルトは静かに頷いた
「父とグラニウス殿が築いた和平 一般には王国と帝国の和平条約と語られております」
少し間を置く
「ですが 正しくは違います 父が結んだのはノルディアと帝国の和平です」
レオンは目を見開いた
「ノルディアと……帝国?」
「はい 帝国から王国へ侵攻するには "必ず"ノルディアを通らなければなりません……ですので実質的には王国との和平と変わりません」
「何故その様な事を?」
「父は一万の帝国兵と自身の命まで救ってくださったグラニウス殿への恩義から 王国ではなくノルディアとの和平を望まれました」
ジークハルトは静かに続ける
「しかし グラニウス殿が亡くなられた今 その和平条約を反故にしようと思えばできる状態でもあります」
応接室は静まり返る
「だからこそ私は今回ルーカスに同行しレオン殿が 父とグラニウス殿が遺した和平を受け継ぐおつもりなのか そして帝国がこれからもノルディアとの和平を結び続けるに値するお方なのか それをこの目で見極めるために参りました」
レオンは静かに頷いた
ジークハルトは続ける
「墓所では今なおグラニウス殿を慕う領民の想いを見ました 領内では整備された街道 活発な物流 商人達の活気を見ました そして宿場町では辺境伯殿へ向けられる自然な笑顔を見ました 誰一人として恐れて従っている者はおりませんでした……皆 心から辺境伯殿を信頼しておりました」
レオンは静かに答える
「皆がいてくれるから今のノルディアがあります」
ジークハルトはゆっくりと頷いた
「その答えを聞けただけでもここへ来た価値がありました」
ジークハルトは少し間を置く
「そして私は安心いたしましたはレオン殿なら 父とグラニウス殿が築かれた和平を安心して託すことができると」
そう言うとジークハルトは懐へ手を入れた
一枚の羊皮紙を取り出し
静かに机の上へ置く
レオンは羊皮紙へ視線を向ける
「これは?」
ジークハルトは穏やかに微笑んだ
「私とレオン殿との新たな和平条約です」
その一言に応接室は静まり返った




