第207話 辺境伯の領地
ノルディア家の墓所を後にした一行は
ゆっくりと丘を下っていた
冬の澄んだ風が吹き抜ける
誰も口を開かない
先ほどまで見ていた
花畑のような墓所がそれほどまでに強い印象を残していた
やがて丘を下り切るとレオンは静かに振り返る
「邸へ戻りますか」
するとジークハルトが穏やかに微笑んだ
「いえ……辺境伯殿もう一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「はい 次は何でしょうか?」
「せっかくノルディアへ参りましたので 領内を案内していただけませんか? グラニウス殿が命を懸けて守られ 今は辺境伯殿が発展させている領地をこの目で見てみたいのです」
レオンは小さく頷いた
「分かりました それでは宿場町からご案内します」
一行は馬車へ乗り込み
宿場町へ向かった
冬空の下 馬車は整備された街道を進んでいく
以前の悪路を知るルーカスは静かに窓の外を眺めていた
その様子を見ながらジークハルトが口を開く
「見事な街道ですね 揺れもほとんどありません 以前からこのような街道だったのですか」
レオンは首を横に振る
「いいえ 数年前までは悪路でした 荷馬車がぬかるみに嵌まり荷崩れを起こすことも珍しくありませんでした ですが物流を発展させるには まず街道整備が必要だと考えました」
ジークハルトは静かに頷く
「なるほど……領地経営の基本ですね」
レオンは続けた
「あと少しでグランツの宿場町まで街道整備が完了します グランツの宿場町には王国中の品物が集まります 街道が繋がれば そこへ集まった品々が今までより早く 安全にノルディアへ流れるようになります」
「それは凄いですね」
「物流が活発になれば商人も集まり 領地全体も豊かになります」
ジークハルトは感心したように目を細めた
「そこまで見据えておられたのですか」
「はい 物が動かなければ 領地は発展しませんから」
馬車はそのまま街道を進み
やがて宿場町が見えてきた
立派な城壁に囲まれた町
門をくぐると活気ある光景が広がる
荷を積んだ馬車が絶えず行き交い
商人達の威勢の良い声が響く
露店には多くの買い物客が集まり
町全体が賑わいに満ちていた
ジークハルトは窓の外を見つめる
「これが……ノルディアの宿場町ですか」
レオンは静かに頷いた
「まだ発展の途中ですが以前より商人も旅人も増えてきました」
その時だった
「辺境伯様!」
威勢の良い声が響く
荷馬車から荷を降ろしていた商人が満面の笑みで大きく手を振っていた
「お帰りなさい!この前はありがとうございました!」
その声をきっかけに周囲の商人達も一斉にレオンへ気付く
「レオン様だ!お帰りなさい!」
「街道のおかげで商売がしやすくなりました!」
次々と笑顔が向けられる
その光景をジークハルトは静かに見つめていた
「この前の街道修復 本当に助かりました!荷崩れが減りましたよ!」
「おかげで予定通り荷物を届けられるようになりました!」
レオンは一人一人へ笑顔で頷く
「それは良かった 何か困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ 現場の声は一番重要だからな」
「ありがとうございます!」
商人達は嬉しそうに頭を下げた
その様子をジークハルトは静かに見つめていた
そこには領主へ媚びる者はいない
恐れて頭を下げる者もいない
自然と笑顔が集まり
自然と感謝の言葉が向けられている
それは心から信頼されている者だけが向けられる視線だった
一行はそのまま町の中を歩く
新しく建てられた倉庫
荷物を積み下ろしする商人達
道端では露店が並び
多くの買い物客で賑わっている
「辺境伯殿 以前と比べて商人はかなり増えたのですか?」
「はい」
レオンは頷く
「以前はノルディアへ来ても 買う物が少ないと言われていました」
歩きながら続ける
「もうすぐ グランツの宿場町まで街道整備が完了します それが実現すれば領民が手に入れられる物も増えますし 商人もさらに集まると考えています」
ジークハルトは頷いた
「物流は領地の血液です 血の巡りが悪ければ どれほど良い商品があっても発展できません……だから最初に街道を整備しました」
ジークハルトは思わず足を止めた
物流を血液と例える
その発想は十六歳の少年のものとは思えなかった
その時だった 数人の子供達が駆け寄ってくる
「辺境伯様!」
「こんにちは!今度また遊んでください!」
レオンは自然に笑顔を浮かべた
「ああ 仕事が落ち着いたらな」
「約束ですよ!」
「分かった」
子供達は嬉しそうに笑い
元気よく走り去っていく
その姿を見送るレオン
その表情は 昨日 ルーカスと剣を交えた辺境伯とは別人のように穏やかだった
ジークハルトはその横顔を静かに見つめる
(なるほど……)
墓所で見た花畑
町で交わされる笑顔
そして 誰一人として作り笑いではない
皆が自然と辺境伯へ集まってくる
(これが……ノルディア領)
ジークハルトは改めて町を見渡した
整備された街道
活発な物流
笑顔で行き交う商人達
そして 領民から心より慕われる若き辺境伯
グラニウスが命を懸けて守った領地はその息子の手によって
確かに新たな時代へ歩み始めていた




