第205話 頭脳の分析
夜 ノルディア邸
帝国一行へ用意された客間の部屋は静まり返っていた
ルーカスは椅子へ腰掛け
今日の模擬戦で使った木剣を布で丁寧に磨いている
コンコンと静かなノックが響く
「入れ」
扉が開きジークハルトが姿を現した
「まだ起きていたか」
「ああ」
ルーカスは木剣を机へ置く
「兄貴こそ 今日は疲れただろ?」
ジークハルトは向かいの椅子へ腰を下ろした
少しの沈黙の後やがてジークハルトは静かに口を開く
「今日の試合どう思った?」
ルーカスは少し考え率直に答えた
「強くなってた……三年前とは別人だった 正直驚いた」
「それだけか?」
「ああ 負けは負けだ……次は勝つ」
ジークハルトは小さく息を吐く
「お前らしい答えだ」
ルーカスは首を傾げた
「違うのか?」
「ああ……勝敗を分けたのは剣技ではない"戦い方"だ」
ルーカスは黙って兄の話を聞く
「お前は最初から最後まで典型的な帝国式で戦った 風属性身体強化を軸に速度と突破力で押し切る 完成された戦い方だった……だが レオン・ノルディアは違う 最初は接近戦で様子を見る 押され始めると氷属性魔法へ切り替え お前の意識を氷柱へ向けさせた その隙に再び接近戦へ戻る……そして最後は殺気の駆け引きで勝負を決めた 王国とは違う帝国がよく使う惑わす殺気でだ」
ルーカスは腕を組んだ
「確かに途中から戦い方が変わってたな」
ジークハルトは静かに頷く
「帝国式では 戦闘中に相手を分析し 状況に応じて戦い方を変えることを重視する その辺はお前も分かるだろう?」
「ああ」
ルーカスは苦笑した
「言われてみれば 最後まで俺は押し切ることしか考えてなかった」
ジークハルトはルーカスを真っ直ぐ見た
「ルーカス」
「なんだ?」
「お前は昔から 考える前に突っ込み過ぎる」
ルーカスは苦笑する
「今さらだ」
「ああ だが今日その戦い方を読まれた」
部屋に静寂が流れる
ジークハルトは続けた
「突破力はお前の長所だ それはこれからも磨けばいい だが戦闘中に考え相手を見ろ 状況を読め そして戦い方を変えろ」
ルーカスは肩を竦める
「簡単に言うな」
ジークハルトは小さく笑った
「難しいだろうな だがあの辺境伯はやってのけた」
ルーカスは兄を見る
「お前の二つ上という年齢で辺境伯として領地を治め 政務をこなし 領地改革を進め 事業を次々と立ち上げている 剣だけに時間を使える立場ではない……剣を振るう時間だけなら お前の三分の一程度だろう」
ルーカスは静かに目を見開いた
ジークハルトは続ける
「それでも 戦闘中に相手を分析し 状況を読み 戦い方を変え 最後にはお前を上回った……それがお前との差だ」
部屋は再び静かになる
しばらくしてルーカスは小さく笑った
「なるほどな 負けた理由がようやく分かった」
木剣を握り直し笑顔を浮かべた
「次はその差も埋めてみせる」
ジークハルトは満足そうに頷いた
「それでいい」
そう言って立ち上がる
扉へ向かう途中 ふと足を止めた
(レオン・ノルディア あの成長速度 あの戦術眼あの判断力……お前は一体 何者なんだ……)
その疑問はジークハルトの胸に深く刻まれたまま
静かな夜は更けていった




