第186話 違和感
あと千三百十一枚
目標まであと少し
ようやく先が見えてきた
普通なら喜ぶところだった
だが レオンの表情は晴れない
静かに帳簿を閉じる
「どうかなさいましたか」
ゼムが尋ね レオンは少し考えた
そして ゆっくりと口を開いた
「黒マントと戦った時なんだけど……」
ゼムは真剣な表情になる
「はい……」
「ずっと引っ掛かってる事がある」
執務室が静まり返る
レオンは自分の右手を見る
「あの時 剣は振れた 魔法も使えた 判断も間違ってなかったと思う……だけど」
レオンは拳を握る
「身体だけが思うように動かなかった……頭では分かってるのに一歩遅れる 踏み込みが甘い なんだか相手に動きを読まれてるような感覚だった」
レオンは少し俯く
「あれは実力差だけじゃない気がする」
ゼムは何も言わず最後まで聞いていた
レオンは続ける
「魔獣やクロエの時の傭兵相手ならあそこまで動けなくなる事は無かった……でも今回の相手になった途端 急に戦いづらくなった……何が違うのか分からない」
しばらく沈黙が流れる
やがてゼムは静かに頷いた
「……まずは謝らなくてはなりません」
レオンは目を瞬かせる
「なんでだ?」
「ぼっちゃまをここまで育てたのは私です……その私の教え方に問題がございました」
「教え方?」
ゼムは深く頭を下げた
「申し訳ございません 今までノルディアではグラニウス様の時代により帝国との和平条約が有るため対人戦よりも対魔獣戦の方が圧倒的に多い状況でございました ですので訓練も自然と対魔獣を中心に行っておりました」
レオンは少し考える
確かにその通りだった
ノルディア騎士団の任務の大半は魔獣討伐
人と剣を交える機会はほとんど無い
ゼムは顔を上げる
「ぼっちゃまの剣は魔獣相手には十分通用します……ですが 人との戦いでは足りないものがございます」
「足りないもの?」
ゼムは静かに答えた
「……殺気です」
「殺気……?」
レオンはその言葉を繰り返す
「剣技だけではございません 対人戦には対人戦の戦い方がございます ぼっちゃまは それをまだ学んでおりません」
レオンはゆっくり頷いた
「なるほど だから黒マントとの戦いで違和感があったのか」
「はい」
ゼムは静かに微笑む
「ですので 少し訓練場へ参りましょう」
レオンは立ち上がった
「ああ……頼む」
二人は執務室を後にする
その頃 廊下では偶然エミルが歩いていた
「レオン君 ゼムさん」
エミルは二人を見ると足を止める
ゼムはエミルに一礼した
「エミル殿 少々お時間をいただけますでしょうか?」
「はい もちろんです」
その隣にはフローラの姿もあった
「何かあったんですか?」
クロエも買い物から戻ってきたらしく
大きな荷物を抱えながら首を傾げる
「どこ行くの?」
ゼムは四人を見渡し穏やかに笑った
「訓練場です ぼっちゃまには今から 新たに学んでいただく事がございます」
そう言って歩き始める
四人も自然とその後ろへ続いた
やがて訓練場へ到着する
そこには今日も一人の男が立っていた
大剣を肩へ担ぎ 静かに素振りを繰り返している
ノルディア騎士団団長 ガレスだった




