第185話 新しい生活の一か月
フローラがノルディアへ来て一か月が過ぎた
北の大地は本格的な冬を迎えていた
一面に広がる銀世界
屋根や街路樹は真っ白な雪に覆われ
冷たい風が静かに吹き抜ける
それでもノルディアの朝は早い
まだ太陽が昇る前
訓練場には鋼がぶつかる音だけが響いていた
ガキンッ
レオンが踏み込む
剣へ風を纏わせ
一気に間合いを詰める
だが ゼムは最小限の動きで受け流した
「甘いです ぼっちゃま」
流れるような反撃
ガキンッ
レオンは受け止めるが そのまま押し切られ体勢を崩した
「そこです」
ゼムの細身の剣が喉元で止まる
「参った」
レオンは苦笑する
ゼムは静かに剣を納めた口を開いた
「以前より遥かに良くなっております ですが まだ力みがございます」
レオンは肩を回した
「まだまだか……」
「はい ですが確実に強くなっております」
レオンは笑みを浮かべる
「そう言われると頑張れるな」
ゼムも少しだけ笑った
「休憩は五分です その後もう一本参ります」
「了解」
レオンは木箱へ腰掛け水を飲む
五分後 今度はエミルが訓練場へ姿を現した
「お待たせしました お願いします」
レオンは再び剣を構える
「はい」
朝はゼムとエミルによる剣術の稽古
それがこの一か月の日課になっていた
稽古を終えると急いで汗を流し
そのまま執務室へ向かう
机の上には今日も大量の書類が積まれていた
ボア肉事業
ポーション事業
フェルナード領と教国の貿易
保温箱事業
ノルディアの氷販売事業
騎士団の予算
宿場町の整備
領民からの要望書
以前とは比べ物にならないほど仕事が増えていた
すると コンコンと扉が叩かれ開いた
「やっほー」
扉を開いたのはクロエだった
両腕いっぱいに書類を抱えている
「今日の報告だよ」
「ありがとう」
レオンは書類を受け取り一枚ずつ目を通していく
クロエは嬉しそうに話し始めた
「保温箱は順番待ちだね 冬になって注文が一気に増えたよ フェルナード領以外からも追加注文が来てる」
レオンは頷く
「予想どおりか……」
「うん」
クロエは別の書類を差し出した
「ポーションも順調!教国からも追加注文が届いてる ボア肉も王都からもっと送ってほしいって」
レオンは苦笑した
「嬉しい悲鳴だな」
「うん 最近は断る仕事も増えてるよ 完璧に人手不足だね」
「そこは今後の課題だな」
クロエとレオンは話しながら今後の動きを確認してお互いの意見を交換する
昼は政務の書類整理 そしてクロエと商談の話を進めていく
気付けば窓の外は夕焼けに染まっていた
仕事を終えたレオンは訓練場へ向かう
そこではフローラが待っていた
「お待ちしてました 今日もお願いします」
「ああ」
氷魔法
水魔法
回復魔法
互いに魔法を使いながら知識を共有する
フローラが水属性の治癒魔法を放ち
レオンは氷魔法で応用を試す
新しい発見がある度 二人は時間を忘れて話し込んだ
そして夜も更ける
最後に待っているのはゼムとの実戦訓練だった
剣だけではない魔法も使う
何でもありの実戦形式
その日の課題が終わる頃には
日付が変わっていることも珍しくなかった
そんな毎日が一か月続いた
そして今日 ようやく溜まっていた仕事が片付いた
レオンは執務室の椅子へ深く腰掛ける
「終わった……」
思わず本音が漏れる
ゼムは穏やかに微笑んだ
「本当にお疲れ様でした」
「ここまで忙しくなるとは思わなかった」
「それだけノルディアが発展している証でございます」
レオンは小さく笑う
「……そうだな」
ゼムは一冊の帳簿を机へ置いた
「現在の資産でございます」
レオンは最後のページを開く
そこには大きく数字が記されていた
金貨 一万八千六百八十九枚
レオンは静かに息を吐く
「あと千三百十一枚か」
クラリスを救うために必要な金貨二万枚
その目標はもう目前だった
ゼムは静かに頷く
「このまま事業が順調に進めば、十分達成可能でございます」
レオンも笑みを浮かべた
「ああ ようやくここまで来たな」
レオンは深く椅子に座り帳簿に書かれた数字を眺めていた




