第19話 帝国皇子の実力
銀色の髪の少年が笑う。
目の前では、彼の二倍以上もある魔獣が咆哮していた。
グレイムベアは、バルト山脈周辺に縄張りを持つ大型魔獣で、その大きさは三メートルを超える。鋼鉄のような筋肉を持ち、並の騎士では相手にもならない。本来なら、討伐隊が組まれるような相手だ。
だが、ルーカスは笑っていた。
「なるほど……面白い」
翡翠色の瞳が、獲物を捉える。
腰の剣を抜くと、銀色の刀身が陽光を反射した。
グレイムベアが咆哮し、木々の葉が揺れ、大気が震えた。だが、ルーカスは一歩も引かない。むしろ、彼は一歩前へ出た。
「来い」
挑発だった。
グレイムベアの目が赤く染まる。
次の瞬間、巨体が地面を砕きながら突進した。轟音と共に大地が揺れる。
普通の人間なら逃げる。
だが、ルーカスの姿が一瞬で消えた。
グレイムベアの爪が空を切る。
その横には、すでにルーカスが移動していた。
風属性の魔力を纏った身体強化。
木々の隙間を、風のように駆け抜ける。
「遅い」
ルーカスは、右から左へ剣を振るった。
グレイムベアの肩から、鮮血が舞う。
魔獣が、さらに咆哮した。
振り向きざまに爪を振るう。だが、ルーカスは跳んで躱した。
空中で、頭上を爪が通過する。
そのまま木の幹を蹴り、ルーカスはさらに加速した。まるで、空を飛ぶようだった。
そして、上空から剣を振り下ろす。
斬撃が、グレイムベアの背中へ深い傷を刻む。
だが、致命傷ではない。
グレイムベアが暴れ、木々がへし折れ、土が舞う。
ルーカスは着地し、そして笑った。
「いいな」
ルーカスの本心だった。
王国で行った魔力なしの試合では、不完全燃焼だった。
だが、今は違う。
全力を出せる。
魔力を溜めると共に、風が集まり足元から旋風が巻き起こった。
銀髪が揺れ。
翡翠色の瞳が輝く。
帝国式剣術と、ルーカス独自の風を纏う戦闘術。
「はぁっ!」
ルーカスは一気に懐へ踏み込もうと、爆発的に加速した。
グレイムベアは反応できない。
一閃、二閃、三閃。
連続する斬撃を浴びせる。
グレイムベアの身体から、鮮血が舞う。
だが、グレイムベアもまた強かった。
瀕死になりながらも、前脚を地面へ振り下ろす。
地面が砕け、破片が飛んでくる。
ルーカスは避けきれず、腕を顔の前まで上げて致命傷を避けた。
だが、すでにグレイムベアは二撃目を振るっていた。
間に合わないと判断し、ルーカスは剣を構えて耐えようとした。
しかし、衝撃で身体が数メートル吹き飛び、地面を転がった。
「っ……」
息が漏れ、腕が痺れる。
さすがに、正面から受けるべきではなかった。
そう反省しつつ、立ち上がる。
ルーカスの口元から血が流れていた。
だが、ルーカスは笑う。
「楽しいな」
戦意は衰えず、むしろ増していた。
グレイムベアも傷だらけだ。
勝負は近い。
そう思った時だった。
「グオオオオオオオオ!!」
森に響く咆哮。
ルーカスが眉をひそめ、振り向いた。
一体ではない。
さらに森の奥から、巨大な影が現れた。
グレイムベアは、二頭の番いだった。
「……くそ……」
さすがのルーカスも固まる。
もう一頭のグレイムベア。
しかも、先ほどまでの個体より一回り大きく、そして無傷だ。
グレイムベア二頭を同時に相手にするのは、さすがに予想外だった。
ルーカスは剣を握り直す。
恐らく勝てる。
だが、ただでは済まない。
そんな計算をした時だった。
遠くから、複数の馬の足音が響く。
ルーカスが顔を上げ、森の向こうを見た。
そして、見覚えのある少年がそこにいた。
「……レオン?」
その後ろには、ガレス、エルン、リック、ハンス、ドーグが続いていた。
レオンは馬上から叫ぶ。
「ルーカス殿!」
ルーカスが目を丸くする。
「何故、ここにいる!?」
レオンは思わず怒鳴った。
「それは、こっちの台詞だ!」
グレイムベア二頭。
その中央に立つ皇子。
レオンには、頭が痛くなる光景だった。
ガレスは、すかさず剣を抜く。
「若様、どうしますか?」
レオンは深くため息を吐き、目の前の状況を見た。
傷ついたグレイムベア。
無傷のグレイムベア。
そして、血を流している帝国皇子。
「まずは……」
レオンは額を押さえた。
まだ、痛みが続いていた。
「その馬鹿皇子を回収する」
ルーカスが不満そうな顔をする。
「まだ終わっていない」
「終われ!」
身分を忘れ、思わず叫んだ。
ガレス達が吹き出す。
このような状況なのに、何故か少しだけ緊張が解けた。
だが、グレイムベアは待ってくれない。
二頭の魔獣が、同時に咆哮する。
レオンは剣を抜いた。
そして、ノルディアの精鋭達対グレイムベア二頭の戦いが始まった。




