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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
フェルナードの聖女と覚悟
206/264

間章 一番隊隊長リックの休日

フェルナード領へ滞在して二か月

レオンはレイモンド伯爵と政務

クロエはフェルナード領の商人たちとの話し合い

皆それぞれ忙しく過ごしていた

そんな中 一人だけ暇を持て余している男がいた

ノルディア騎士団第一番隊隊長 リックだった

リックは両手を大きく広げ青空を見上げる


「ここは団長もエルンもいない!俺にとっては天国だ!」


通りを歩いていた人々が思わず振り返る

だがリックはそんな視線など気にしない

満面の笑みを浮かべたまま拳を握り締める


「訓練しろって追い回されることもない!書類を書けって怒鳴られることもない!自由だ!最高だ!」


普段なら訓練場から逃げ出すたびに騎士団長に捕まり

溜め込んだ報告書から逃げるたびにエルンに捕まる

だがここは遠く離れたフェルナード領

二人の目は届かない

リックにとってこれほど居心地の良い場所はなかった


「さて……今日もポートミルへ行くか」


軽い足取りで歩き出す

向かう先は港町ポートミル

フェルナード領都から少し離れた場所にある大きな港町だった

二か月の滞在ですっかり通い慣れた道を進む

しばらくすると潮の香りが鼻をくすぐった

青い海

港に並ぶ大小様々な船

荷物を運ぶ船乗りたち

網を直す漁師たち

威勢の良い呼び込みの声

通りには新鮮な魚介を扱う店が並び

焼いた魚や貝の香ばしい匂いが漂っている

ノルディア領では見られない景色だった

リックは大きく息を吸う


「やっぱりいい町だな」


上機嫌で港町を歩く

くすんだ金髪

澄んだ青い瞳

背は高く

騎士として鍛えられた体つきをしている

顔立ちも整っており

黙って立っていれば多くの女性が振り返るほどの男前だった

だがその印象は長く続かない

口元はいつもどこか緩み

軽薄そうな笑みが浮かんでいる

女性を見つければすぐに視線を向け

隙があれば声を掛けようとする

そのためポートミルではすでに"女遊びが激しそうな騎士"見た目だけは良い軽い男だが手当たり次第に女性を口説く男

そんな評判が広まっていた

本人は自分が警戒されていることに気付いていない

むしろ最近女性たちが自分を避けるのは たまたま忙しいからだと思っていた


「今日こそは上手くいく気がするな」


何の根拠もなく呟く

すると通りの先から香ばしい匂いが漂ってきた

焼き串を売る露店だった

店の前では中年の男が次々と肉を焼いている

リックの姿を見ると男は豪快に笑った


「おう兄ちゃん!今日も来たか!」


リックも笑いながら手を上げる


「今日も繁盛してるな」


「おかげさまでな!いつもの一本でいいか?」


「ああ頼むよ」


店主は焼き上がった串を一本取り

リックへ差し出した

リックは銅貨を渡し

その場で肉へかぶりつく

噛んだ瞬間 香ばしく焼けた肉から熱い肉汁が溢れた


「うまい!」


「だろ?朝から仕込んでるんだ」


店主は得意そうに胸を張る

リックは串を食べながら通りを眺めた

若い女性が二人で歩いている

一人と目が合った気がした

リックが軽く笑い掛けると

女性は慌てたように友人の陰へ隠れた


「あれ?」


店主がその様子を見て笑う


「また警戒されてるな」


「何でだ?」


「本気で言ってるのか?」


「俺は何もしてないぞ?」


「声を掛けようとはしただろ」


「まだ掛けてない」


「同じようなもんだ」


リックは納得できない様子で首を傾げる

店主は呆れながらも楽しそうに笑った


「今日はどこへ行くんだ?」


「少し町を見て回る」


「そうか まぁ頑張れよ」


「何をだ?」


「色々だ」


意味深に笑う店主へ手を振り

リックは再び通りを歩き始めた

少し進んだ先には魚屋があった

店先には大きな木箱が並び

その中には銀色に輝く魚がぎっしりと詰まっている

日に焼けた店主が客へ魚を勧めていた

リックの姿に気付くと大きな声を上げる


「兄ちゃん!今日も来たな!」


「相変わらず元気だな」


「商売人は声が命だからな!」


店主は豪快に笑った

リックは木箱の中を覗き込む


「今日は何がおすすめだ?」


「今朝揚がったコイツだ!脂が乗ってるぞ!」


「うまそうだな」


「買ってくか?」


「宿で料理できないからな」


「酒場に持っていって頼めば焼いてくれるぞ」


その言葉を聞いたリックの口元が緩む

店主はそれを見逃さなかった


「何だ兄ちゃん……今日もミルの酒場に行くのか?」


リックは少しだけ視線を逸らす


「まぁな」


店主はすぐに笑い出した


「やっぱりか!頑張って口説けよ!」


周囲で魚を選んでいた客たちも振り返る

リックは眉を寄せた


「声が大きい!」


「何を今更恥ずかしがってるんだ?兄ちゃんがあの看板娘目当てで通ってるのは皆知ってるぞ」


近くにいた客も笑いながら口を挟む


「週に四日は顔を出してるからな!」


「まだ口説けてないのか?」


「う…うるさいな」


リックは頭を掻く


「向こうが少し警戒してるだけだ」


「少し?」


魚屋の店主が首を傾げる


「かなり警戒されてるように見えるけどな」


「気のせいだ」


「そうか?」


「そうだ」


即答するリックに店主は腹を抱えて笑った


「まぁ頑張って口説けよ!応援してるぞ!」


「余計なお世話だ!」


そう言い返しながらもリックの顔には笑みが浮かんでいた

魚屋の前を離れ 通りの先へ目を向ける

そこには見慣れた木製の看板があった


【ミルの酒場】


リックは自然と歩く速度を上げる

店に通う理由は料理がうまいから

酒の種類が多いから

常連たちとの会話が楽しいから

そう自分では言っている

だが本当の理由は一つだった

茶色の髪に翠の瞳

明るい笑顔がよく似合う酒場の看板娘 カノン

リックは店の前で一度立ち止まる

服の襟を整え

前髪を軽く手で直す


「よし 今日こそは少し距離を縮めるか」


そう呟き ミルの酒場の扉へ手を掛けた

ギィッと木製の扉を開く

昼前にもかかわらず店内は多くの客で賑わっていた

漁師

船乗り

商人

昼食を楽しむ者

酒を飲みながら談笑する者

店内には笑い声が絶えない

焼き魚の香ばしい匂いと煮込み料理の香りが食欲を誘っていた


「今日も繁盛してるな」


リックが笑うと奥から聞き慣れた声が響いた


「いらっしゃいませ!」


茶色の髪

翠の瞳

白いエプロン姿の女性

ミルの酒場の看板娘のカノンだった

リックは自然と笑顔になる


「よう カノンちゃん」


カノンは軽く頭を下げる


「こんにちは リックさん 今日も来てくださったんですね」


「もちろん!カノンちゃんに会いに来たからな」


カノンは困ったように笑う


「またそんなこと言って」


「本当なんだけどなー」


「はいはい」


最初の頃は慌てていたカノンも今では軽く受け流せるようになっていた


「いつもの席でよろしいですか」


「ああ」


窓際の席へ腰を下ろす


「今日は何になさいますか」


「まずは おすすめで」


「今日は魚の香草焼きと海鮮スープがおすすめです」


「じゃあそれでお願いします」


「お酒はいつものですね」


「さすがカノンちゃん!俺のこと分かってるなー」


「週に四日も来てくださいますから 嫌でも覚えますよ」


リックは嬉しそうに笑う


「それだけで今日は来た甲斐があったよ」


カノンは苦笑しながら厨房へ向かった

その後ろ姿を見送り

リックは頬杖をつく


「やっぱり可愛いなぁ」


その声を聞いた常連客が吹き出す


「兄ちゃん!今日も一途だな」


「当然だ!惚れた相手は一人って決めてる」


別の常連客も笑う


「二か月通って進展はあったのか?」


「挨拶が前より優しくなった気がする」


「それ……気のせいじゃねぇか?」


店内に笑いが広がる

しばらくして カノンが料理を運んできた

香ばしく焼けた魚

湯気を立てる海鮮スープ

焼きたてのパン


「お待たせしました」


「ありがとう カノンちゃん」


「ごゆっくりどうぞ」


リックは魚を一口食べる


「うまい!」


思わず顔が綻ぶ


「やっぱりミルの酒場は最高だな」


厨房から大将が顔を出した


「兄ちゃん!そんなに気に入ってくれると嬉しいな」


「料理もうまいし酒もうまい 本当に最高の店だ」


「料理と酒だけか?」


大将がニヤリと笑う

リックも笑い返す


「料理も酒もだ!」


店内の客たちが一斉に笑う

カノンは少し照れたように視線を逸らした

穏やかな時間だった

リックは酒を口へ運びながら

忙しそうに店内を歩き回るカノンを眺める

明日になれば リックは一足先にフェルナード領を発ち

王都でレオンたちと合流することになっている

つまり今日がポートミルを訪れる最後の日だった

だからこそ この何気ない時間をゆっくり味わいたかった

その時だった

ギィッバタン!と酒場の扉が乱暴に開かれる

店内の笑い声が止まった

入って来たのは四人の男たちだった

日に焼けた肌

無精髭

身体中に刻まれた古傷

腰には剣や斧

一目で歴戦の傭兵だと分かる風貌だった

男たちは店内を一瞥すると奥の席へどかりと腰を下ろす

大将が静かに近付く


「注文は?」


男の一人が低い声で答える


「酒だ……樽ごと持って来い!それと料理も適当に並べろ」


「分かった」


大将は頷く


「カノン 酒を頼む」


「はい」


カノンは樽へ向かい酒を注ぎ始める

リックは四人を見ながら小さく呟いた


「随分とガラの悪い連中だな」



カノンは四つの木製ジョッキへ酒を注ぐ

深く息を吸い笑顔を作る


「お待たせしました」


酒を一つずつ男たちの前へ置いていく

その時だった

ガシッと一本の腕がカノンの手首を掴んだ


「きゃっ」


カノンの表情が強張る

男は下卑た笑みを浮かべた


「可愛い姉ちゃんだな こっちで一緒に飲め」


「い…いえ 仕事がありますので」


「そんなもん後でいいだろ」


男は強引に腕を引く

カノンは必死に抵抗する


「離してください」


酒場の空気が一変した

常連客たちは顔を見合わせる

だが誰も動けない

相手は歴戦の傭兵

下手に手を出せば店が滅茶苦茶になる

大将が前へ出た


「その辺にしてくれ うちの看板娘なんだ」


男は大将を睨みつける


「黙ってろ!店ごと壊されたくなけりゃ引っ込んでろ!」


大将は歯を食いしばる

その様子を見ていたリックは酒を一口飲む


「やれやれ」


ゆっくり立ち上がる

ジョッキを片手に四人へ歩いて行く

そして男たちの横を通り過ぎる瞬間大将に軽く当たる


「あっ」


ジョッキが男の肩へ当たり

中の酒が頭から派手に降り掛かった

店内が静まり返り男の額へ青筋が浮かぶ

リックは頭を掻きながら口を開いた


「悪い悪い……手が滑った」


男はゆっくり立ち上がる


「てめぇ喧嘩売ってんのか?」


リックは苦笑する


「いやいや!そんな事はない!本当に事故だって!」


男はリックの胸ぐらを掴んだ


「表へ出ろ」


「えぇー 今飯食ってる途中なんだけど」


「来い!」


「ちょっ……待っ……」


最後まで言わせてもらえない

そのままズルズルと酒場の外へ引きずり出される

残る三人も席を立った


「ぶっ殺す」


「調子に乗りやがって」


四人はリックを連れて外へ出て行く

カノンは青ざめる


「リックさん!」


今にも飛び出そうとする

だが大将が肩へ手を置いた


「待て」


「でも!……リックさんが!」


大将は静かに外を見つめる


「……あれはわざとだな」


「えっ」


「お前からあいつらの気を逸らすためだ 最初から自分へ向かせるつもりだったんだろう」


カノンは言葉を失う

大将は小さく笑った


「帰ってきたら慰めてやりな」


カノンは胸の前で両手を握り締める


「……はい」


その直後


ドゴッ


酒場の外から鈍い音が響く


「ぐあっ!」


「がはっ!」


悲鳴が続く


ドサッ


ドサッ


何かが倒れる音が響き辺りは静寂に包まれた

酒場の客たちは息を呑み扉の方へ視線を向ける

そして恐る恐る扉が開いた

そこに立っていたのはリックだった

拳に付いた血を軽く息で吹き飛ばし

ズボンでさっと拭う


「ふぅ」


何事もなかったように店へ入る


「腹減った」


そう呟きながら自分の席へ戻った

カノンは慌てて駆け寄る


「リックさん!お怪我はありませんか!?」


「ん?」


リックは自分の体を見回す


「俺は平気……ちょっと話をしたら分かってくれたよ」


店内が静まり返る

常連客たちは顔を見合わせた


((嘘だな絶対))


(拳に血が付いてるじゃねぇか)


(どう見ても話し合いじゃないだろ……)


大将は苦笑しながら肩を竦める


「まぁ……丸く収まったなら良かったな」


リックは満足そうに頷く


「ああ……意外と物分かりのいい奴らだった」


そう言うと懐から銀貨を数枚取り出し

大将へ差し出した


「兄ちゃん?」


大将が首を傾げる


「外の四人の分だ 急に用事が出来たみたいでさ……これ お代だって」


大将は思わず吹き出した


「残った酒は皆で飲んでくれって言ってたぞ」


酒場が一瞬静まり返る

常連客たちは互いに顔を見合わせた


(絶対そんなこと言ってない……気絶してたじゃねぇか)


(そんな余裕あるか!)


大将は笑いを堪えながら銀貨を受け取る


「そうか……じゃあ遠慮なく貰っとく」


リックは満足そうに頷く


「ああ 食い物も酒も無駄にするのはもったいないからな」


そう言って椅子へ腰を下ろす

魚の香草焼きを一口食べる


「うん……やっぱりうまいな!」


店内には再び笑い声が戻っていた

だがカノンだけは笑えなかった

自分を助けるため

危険を承知で前へ出たこと

そして戻って来ても 何事もなかったように振る舞う優しさ

気付けばカノンの視線はずっとリックへ向けられていた






昼の営業が終わり

店内の客も少しずつ帰っていく

料理と酒も空になり リックも席を立った


「じゃあ帰るか」


その背中へカノンが声を掛ける


「リックさん」


リックは振り返る


「今日は本当にありがとうございました」


カノンは深々と頭を下げる

リックは照れくさそうに頭を掻いた


「気にするな……困ってる人がいたら助けるそれだけだよ」


リックは二人の人物を思い浮かべた

一人は自身の主 レオン・ノルディア

もう一人は教国 枢機卿 セリオス・セラフィム

二人は困った人は絶対見捨てないそんな姿を近くで見ていたリックは自然と言葉にでていた


カノンは何度も言葉を飲み込み

やがて勇気を振り絞って口を開いた


「あの……もしよろしければ 今度 一緒に町を歩きませんか?」


リックは目を丸くする


「……えっ」


人生で初めて 女性の方から誘われた

嬉しそうに笑みを浮かべる


『もちろん!』


そう答えようとした瞬間


「あっ……」


「どうしました?」


「実はさ 明日から王都へ向かうんだ」


カノンの笑顔が少し曇る


「そう……なんですね」


短い沈黙が流れた

リックは困ったように笑う


「せっかく誘ってもらえたのになー」


カノンは小さく首を振る


「いえ……私の方こそもっと早くお誘いすれば良かったです」


少し寂しそうに笑う


「またポートミルへ来てください その時は……またお話ししたいです」


リックは笑顔で頷いた


「ああ……約束だ」


軽く手を振り酒場を後にする

カノンはその姿が見えなくなるまで見送っていた





その日の夜

ポートミルの路地裏に数人の男たちが集まっていた

そこへ一人の男が駆け込んで来る


「頭!大変です!」


頭と呼ばれた男が振り返る


「どうした?」


「あいつらです!酒場で揉めたみたいで四人とも治療院送りになっちまいました!」


頭は眉をひそめる


「……四人全員か?」


「はい!相手は一人だったそうです」


頭は目を細めた


「一人であいつら四人をか……誰だ?」


部下は首を横に振る


「分かりません でも武器も使わなかったそうです」


頭は舌打ちした


「チッ……あの馬鹿ども」


部下は悔しそうに続ける


「頭!」


「マリナとカミュという夫婦を攫うのに人手がいるって時に……」


頭は腕を組む


「クソ!これじゃ人数がカツカツだ……残った連中だけでやるぞ」


部下たちは静かに頷いた








場面は変わりノルディア領の訓練場


カンッ


カンッ


木剣が打ち合う乾いた音だけが響く

ガレスは訓練する騎士たちを見守っていた

隣へ立つエルンが口を開く


「今日は静かですね」


ガレスは小さく笑う


「ああ 皆 集中できる」


エルンも苦笑した


「リックが居ないからですね」


「間違いない」


ガレスは頷く


「あいつは才能がある……だがすぐ訓練をサボる 他の騎士まで巻き込んで逃げ回るからな」


エルンも思い出したように笑った


「そうですね 弓 槍 剣 組手 どれをやらせても平然とこなした時は私も驚きました……しかも短期間で自分のものにしてしまいましたから」


ガレスは静かに訓練場を見つめる


「あれだけの才能なら王国でも指折りに入るのに……アイツは努力という言葉を知らん」


エルンは苦笑した


「後の団長候補としてガレス団長があれほど期待しているのに……当の本人は訓練から逃げてばかりですからね」


ガレスも苦笑する


「ああ 本当にもったいない男だ」


今日も訓練場には騎士たちの威勢の良い掛け声が響き続けていた

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