第184話 お転婆聖女
フェルナード領から帰還して一か月が過ぎた
ノルディア邸の執務室ではレオンは机へ向かい書類へ目を通していた
ボア肉事業
宿場町の整備
そして新たに始まった保温箱事業
以前より忙しくなったがどれも順調に進んでいた
コンコンと静かなノックが響く
「どうぞ」
扉が開き 入って来たのはブロドだった
「失礼いたします」
「レオン様フェルナード伯爵家よりお手紙を預かって参りました」
「レイモンドさんから?」
「はい」
ブロドは二通の封筒を机へ置く
一通は封蝋の押された正式な手紙
もう一通は小さな可愛らしい封筒だった
レオンは先に封蝋の押された手紙を開く
差出人はレイモンドだった
静かに読み進める
―
レオン様
その後、お変わりなくお過ごしでしょうか。
先日納品していただいた保温箱ですが、領内でも大変好評です。
漁師達も鮮度が落ちないことに大変驚いております。
これまで諦めていた遠方への出荷も可能ではないかと期待の声が上がっております。
まだ使い始めたばかりではありますが、大きな可能性を感じております。
そしてフローラですが、最近は領地経営や魔法の勉強にもかなり力を入れております。
以前お話しした通り、一度ノルディア領で学ばせたいと考えております。
その際はどうぞよろしくお願いいたします。
―
読み終えたレオンは小さく微笑んだ
「順調そうで安心した」
その隣でクロエがもう一通の封筒を手に取る
「こっちはフローラからかな?」
レオンは頷く
ブロドは視線を逸らした
「開けてみよう」
可愛らしい文字で綴られた手紙だった
―
レオン様 クロエさん
お元気ですか?
私は毎日、お父様に領地経営を教わっています。
魔法の勉強も頑張っています。
まだまだ分からないことばかりですが、少しずつ覚えています。
そして秋の下月に、前に約束したノルディアへ向かわせていただきます。
またお会いできることを楽しみにしています。
フローラ
―
読み終えたクロエが首を傾げる
「秋の下月……」
しばらく考え込み壁に掛けられた暦を見る
「…………って今日じゃん!!」
レオンも思わず暦を見る
「本当だ」
二人は同時にブロドへ視線を向けた
レオンは苦笑する
「手紙と保温箱の納品でノルディアを訪れることを知ったのか……」
ブロドは深くため息を吐いた
「はい……私は全く気付きませんでした……保温箱を積み込み 各地への納品に向けて予定通り出発いたしました 納品日は既に各地で決まっておりますので 予定を変更することはできません」
ブロドは苦笑いを浮かべた
「街道へ出てしばらくした頃でした荷台から物音が聞こえまして確認いたしましたところ……保温箱の陰からフローラ様がひょこっと顔を出されまして『ブロドさん、おはようございます!』と……」
執務室が静まり返る
クロエは堪えきれず吹き出した
「ふふっ……さすがマリナさんの娘だね」
レオンは目元を押さえ静かに首を横へ振る
「で……それで今 "お転婆聖女"は何処にいるんだ?」
ブロドは姿勢を正した
「はい フローラ様は現在 竜車でお待ちいただいております」
レオンは苦笑しながら立ち上がった
「わかった 迎えに行こう」
「うん!」
クロエも嬉しそうに頷く
三人は執務室を出て ノルディア邸の正門へ向かった
邸の前にはクロエがブロドに売った 竜車が止まっていた
ブロドが静かに扉を開く
ゆっくりと一人の少女が姿を現す
風になびく長く美しい青い髪
澄み渡る空のような青い瞳
雪のように透き通った白い肌
以前より少しだけ背も伸び
少女らしい可愛らしさの中に大人びた美しさが宿り始めていた
淡い水色を基調とした上品なドレスは
清楚で気品ある雰囲気をより際立たせている
慈愛を感じさせる穏やかな微笑み
思わず目を奪われるほどの美少女
回復魔法を操る聖女 フェルナード伯爵家養女
フローラだった
その青い瞳がレオンを見つけた瞬間
花が咲いたような笑顔になる
「レオン様!」
先ほどまでの気品ある雰囲気はどこへやら
嬉しそうに小走りで駆け寄って来る
そして そのままレオンの腕へ自分の腕を絡ませた
柔らかな胸が腕へ押し当てられる
レオンは思わず固まった
「……え?」
フローラは少し頬を染め
潤んだ青い瞳で見上げながら微笑む
「寂しくて来てしまいました……レオン様 またお会いできて嬉しいです」
クロエは目を丸くしたまま固まる
「えっ……?」
ブロドは気まずそうに咳払いを一つした
レオンはしばらく固まっていたが小さくため息を吐く
「……フローラ」
「はい」
「少し見ない間に何があった?」
フローラはにこりと微笑む
「秘密です」
レオンは苦笑した
「そうか」
少し間を置き
もう一度フローラを見る
「それは……俺を口説こうとしてるのか?」
フローラは一瞬だけ頬を赤く染める
だがすぐに伯爵令嬢らしい穏やかな笑みへ戻った
「はい」
レオンは苦笑する
「なるほど……レイモンド伯爵の指示なのか?」
フローラは静かに首を横へ振る
「いいえ……私がお父様に出来る恩返しです」
そう言うと
フローラはさらにレオンの腕へ身を寄せた
柔らかな胸を押し当て
潤んだ青い瞳で上目遣いに見つめる
「……私ではダメですか?」
レオンは言葉を失う
「…………」
クロエも固まったまま二人を見つめる
「あ!……」
しばらく沈黙が流れた後
レオンは困ったように笑った
「とりあえず 中へ入ろう……長旅で疲れただろ?」
フローラはぱっと笑顔になった
「はい!」
三人は並んでノルディア邸の中へ歩き出す
冷たい風が辺境の山々を吹き抜ける
赤や黄色に染まっていた木々は
一枚また一枚と葉を落とし
遠くに見える山々は
白く雪化粧を始めていた
北の辺境ノルディアに厳しく長い冬が静かに訪れようとしている
だが今年の冬はいつもより少しだけ賑やかだった
新たに迎えたノルディアで新しい物語が始まろうとしていた




