第180話 守るということ
フローラは静かに話し終えた
「それが……私がフェルナード家の養女になった理由です」
応接室は静まり返る
誰もすぐには言葉を返さなかった
やがてレオンが静かに口を開く
「そうだったんだな……」
フローラは小さく頷く
「はい」
レオンは少しだけ笑った
「レイモンドさんらしいな」
その一言だけだった
理由も語らない
慰めの言葉もない
だが その一言だけでフローラの胸は少し軽くなった
その時だったコンコンと応接室の扉が叩かれる
「失礼いたします」
レイモンドが静かに部屋へ入って来た
三人の表情を見ると話が終わったことを察したように微笑む
「お話は終わりましたでしょうか」
フローラは頷く
「はい」
レイモンドはレオンへ視線を向けた
「レオン様少しお話ししたいことがございます」
レオンは立ち上がる
「ああ」
レイモンドはクロエとフローラへ一礼した
「少しの間 失礼いたします」
そう言うと レオンを連れて応接室を後にした
扉が静かに閉まる
部屋にはクロエとフローラだけが残った
静かな時間が流れる
フローラは俯いたまま呟く
「お父様は……どうして私を養女に迎えてくださったのか一度も話してくださいませんでした」
クロエは優しく微笑む
「言わないんだよ……守るって決めた人は そういうことを自分から話さないから」
フローラは不思議そうに首を傾げた
クロエは続けた
「それにね 跡継ぎがいない貴族が養子を迎えるのって実は凄く勇気がいることなんだ」
「えっ……?」
「普通なら親族の子を養子に迎えることが多い 血筋を残すためだからね でもレイモンドさんは違った 血の繋がりがない しかも平民だったフローラを娘に迎えた……それだけでも反対する人はいる『どうして平民なんだ』『親族に跡継ぎがいるだろう』そう言われても不思議じゃない」
クロエは少し表情を曇らせる
「もっと酷い人なら『あの伯爵家の跡取りは偽物だ』そんな噂を流す人もいる…………最悪の場合 爵位の正当性を疑われることだってあるんだ」
フローラは目を見開いた
「そんな……」
クロエは静かに頷く
「それでもレイモンドさんは全部分かった上でフローラを娘に迎えた……だから僕は思うんだ フローラだけじゃないカミュさんもマリナさんもみんな守りたかったんだと思う」
フローラは唇を震わせた
「でも……どうして……」
クロエは少しだけ遠くを見る
そして寂しそうに笑った
「僕も同じだから」
フローラは首を傾げる
「クロエ様も……?」
「うん」
「僕は王家に処刑された公爵家の生き残りなんだ」
フローラは息を呑む
「今回の黒マントも前は僕を捕まえようとしていた……その時 助けてくれたのがレオンだった そして僕はノルディア家の専属商人になったんだ レオンは『商人として優秀だから』『アイテムバッグを持っているから』それしか言わなかったんだ でもね後になってゼムさんが教えてくれたんだ」
『クロエ様が狙われないよう』
『ノルディア家の庇護下に置くためですよ』
『辺境伯家の専属になれば』
『誰も簡単には手を出せませんから』
「その時 初めて分かった レオンも何も言わずに守ってくれてたんだって」
クロエは優しく微笑む
「それに レオンとレイモンドさんって何だか似てるでしょ?」
フローラは少し考え小さく笑った
「はい……少し似ている気がします」
クロエも嬉しそうに笑う
「でしょ?」
少し間を置いて
クロエは優しく微笑んだ
「それに回復魔法を使える平民なんて貴族から見れば喉から手が出るほど欲しい存在なんだ フローラだけじゃないカミュさんもマリナさんもきっと危険に巻き込まれていた だからレイモンドさんはフローラだけじゃなく家族みんなを守るためにフェルナード家の娘として迎えたんだと思う」
フローラは俯いたまま
何も言わなかった
思い返せばレイモンドは一度も恩を着せるようなことは言わなかった
養女になった理由も
守っていたことも
何一つ口にしなかった
ただいつも優しく笑って迎えてくれた
その意味をフローラはようやく理解した
瞳から大粒の涙が溢れる
「……やっと」
小さく震える声が漏れる
「やっと分かりました ……お父様が……私を養女にしてくださった本当の理由が……」
涙は止まらなかった
嬉しさと感謝と後悔が入り混じった涙だった
クロエは何も言わない
ただ優しく微笑みながら
泣き続けるフローラを静かに見守っていた




