第171話 受け継がなかっもの
倉庫の中へ重い沈黙が流れる
レオンはマリナ達の前へ立ち静かに剣を抜いた
切っ先は"黒マント"へ向けられている
クロエも短剣を構え
マリナとカミュを庇うように立った
黒マントはその様子を見つめ 小さく呟く
「……またお前か」
その一言にレオンの眉が僅かに動いた
男はゆっくりとクロエへ視線を向ける
「そこの公爵の娘の時も貴様は私の邪魔をしたな」
クロエは目を見開く
「あの時の……!」
レオンは男から目を逸らさない
「あの誘拐……ブロドに依頼しに来た貴族がお前か!」
黒マントは肩を揺らし
小さく笑う
「さあ……どう思う?まぁ答える義理はない」
レオンは一歩踏み出す
「何が目的だ」
黒マントは静かに首を傾げた
「知ってどうする その目的を聞けば見逃してくれるのか?」
レオンは答えない
ただ剣を握る力だけが強くなる
男はゆっくりと腰へ手を伸ばした
細身の剣が静かに抜かれる
「一つだけ教えてやろう お前は"また"私の邪魔をした……それだけだ」
静かな声だった
だが その言葉には確かな殺意が込められていた
レオンは剣を構える
「やってみろ」
その瞬間だった
黒マントの姿が消える
「っ!」
レオンは反射的に剣を振り上げる
ギィィンッ!!
凄まじい衝撃が両腕へ走る
「重い……!」
剣で押し込まれる
今まで戦った誰とも違う
圧倒的な踏み込み
圧倒的な剣速
黒マントは間髪入れず二撃目を放つ
ギィンッ!!
三撃目 四撃目と休む間もない連撃
レオンは未来予知魔眼で軌道を読み
最小限の動きで受け流していく
それでも 少しずつ押されていた
クロエはその隙にマリナ達へ駆け寄る
「二人とも!今助けるからね!」
短剣で縄を切り始める
一方 レオンは氷柱を三本生成した
「行け!」
氷柱が一直線に飛ぶ
しかし 黒マントは炎を纏った剣で横薙ぎに払う
氷柱は一瞬で砕け散った
「なっ……!」
その隙を逃さず黒マントが再び踏み込む
ギィィンッ!!
激しい金属音が倉庫へ響く
レオンは後ろへ押し込まれ床を滑った
黒マントはゆっくりと剣を下ろす
そして初めて少しだけ感情を含んだ声で呟いた
「……グラニウスからは"武の才能"は受け継がなかったみたいだな」
その一言でレオンの動きが止まった
グラニウス・ノルディア
それは父の名だった
黒マントは何故その名を知っている
考えるより先に身体が反応していた
「っ!」
鋭い斬撃が迫る
レオンは慌てて剣を構える
ギィィンッ!!
黒マントの斬撃を受け止める
だが完全には勢いを殺せない
身体が大きく弾き飛ばされた
「ぐっ!」
床を滑り木箱へ激突する
衝撃で埃が舞い上がった
黒マントは追撃の手を緩めない
一歩 また一歩と距離を詰める
レオンはすぐに立ち上がった
そして氷柱を五本生成した
「行け!」
一直線に放たれた氷柱
だが黒マントは左手を軽く掲げる
次の瞬間 紅蓮の炎が噴き上がった
氷柱は炎へ飲み込まれ一瞬で蒸発する
大量の白い蒸気が倉庫へ広がった
視界が真っ白になる
レオンは迷わず踏み込んだ
蒸気の中なら相手も視界を失う
そう判断した
しかし甘かった
ギィィンッ!!
蒸気の向こうから放たれた斬撃を辛うじて受け止める
黒マントは迷いなく剣を振るっていた
まるで視界など必要ないと言わんばかりに
レオンは未来予知魔眼で軌道を読み
紙一重で躱していく
一撃 二撃 三撃と どれも急所だけを狙っている
少しでも遅れれば命を落としていた
「くっ……!」
レオンは受けるだけで精一杯だった
一方クロエは必死に縄を切っていた
「もう少し!」
最後の縄が切れる
マリナは崩れるように膝をついた
カミュがすぐに支える
「クロエ君!レオン君を!」
マリナは震える声で叫ぶ
クロエは振り返る
そこには押され続けるレオンの姿があった
黒マントの剣は止まらない
一歩下がれば一歩詰められる
防げば さらに重い一撃が返ってくる
完全に主導権を握られていた
クロエは短剣を握り締める
助けに入りたい
だが マリナとカミュを守らなければならない
歯を食いしばるしかなかった
ギィィンッ!!
と再び激しい金属音が響く
レオンは受け切れず大きく後ろへ弾き飛ばされた
「がっ!」
床へ膝をつく
腕が痺れる
握った剣が震えていた
黒マントはゆっくりと歩み寄る
剣先を静かにレオンへ向ける
倉庫の中へ重い沈黙が流れた
レオンはゆっくりと立ち上がる
剣を握り直し黒マントを真っ直ぐ見据えた
その瞳にはまだ諦めの色はなかった




