第159話 保温箱
フローラが応接室を後にすると
部屋には再びレオンとレイモンドの二人だけが残った
テーブルの上には先程作った氷が静かに置かれている
レイモンドはその氷を見つめながら苦笑した
「作ることは出来ました ですが あれほど魔力を消費しては実用的とは言えません」
レオンも静かに頷く
「そうだな やっぱり氷を風魔法で作るのは効率が悪い」
しばらく沈黙が流れる
レオンは机の上の氷を見つめながら考え込んでいた
そして静かに顔を上げる
「レイモンド伯爵 その前に一つ相談がある」
「何でしょう」
レオンは机の上に置かれていた紙とペンを手に取る
一つの箱を書く
さらにその内側へもう一つ小さな箱を書き足した
二つの箱の間には隙間がある
レイモンドは図面を見つめた
「これは……箱ですか?」
「あぁ"保温箱"だ」
レオンは図を指差す
「この中へ氷と肉を入れる そうすれば外の熱は伝わりにくくなる」
レイモンドは頷いた
「ですが 時間が経てば温まります」
「そうだ」
レオンはさらに図面へ書き加える
二つの箱の間を指差した
「問題はここだ……この間を真空に出来ればいいのだが」
レイモンドは眉を動かす
「真空……空気が無い状態ですか?」
「そうだ 空気が無ければ熱はかなり伝わりにくくなる」
レオンは図面を見ながら続ける
「そうなれば冬の間だけでも ノルディアの氷をポートミルまで運べるかもしれない」
レイモンドは目を見開いた
レオンはさらに続ける
「ポートミルで魚を冷やしたまま 王都や教国 魔導王国まで運べるようになる」
「鮮度が良ければ 今より高く売れるはずだ」
レイモンドは真剣な表情で図面を見つめる
レオンは話を続けた
「ノルディアは氷を売る新しい産業が出来る
フェルナードは鮮度の良い魚を遠くまで売れる それにボア肉も傷まず運べるようになる 俺が氷魔法を使わなくても産業は回る "誰が領主になっても"続けられる仕組みになると思う」
応接室が静まり返る
レイモンドは図面から目を離せなかった
やがて深く息を吐く
「素晴らしい発想です……もし実現出来れば フェルナードだけではありません 王国の物流そのものが変わるかもしれません」
レオンは苦笑した
「でも問題は真空だ そこさえ解決出来なければ全部机上の空論になる」
レイモンドは静かに頷く
「分かりました 明日フェルナード領でも腕利きの鍛冶職人を呼びましょう 職人の知恵も借りれば 何か突破口が見つかるかもしれません」
レオンは笑みを浮かべた
「ありがとう ぜひお願いする」
レイモンドは紅茶を一口飲み
静かにカップを置いた
「レオン辺境伯様一つお話がございます」
レオンは頷く
「何だ?」
レイモンドは少し間を置いて口を開いた
「昔 ノルディア家は中立派の革新派へ所属しておりました」
レオンは少し驚く
「ノルディア家が革新派だったのか?」
レイモンドは頷いた
「はい……ヴァルグ辺境伯様の時代です 当時の革新派は 派閥争いではなく 領地の発展を第一に考える者達が多く集まっておりました ですがヴァルグ辺境伯様は派閥を離れられました」
レオンは静かに頷く
「祖父が派閥を抜けたことは聞いている……でも革新派だったことまでは知らなかった」
レイモンドは穏やかに微笑む
「グラニウス辺境伯様は あえてお話にならなかったのでしょう 派閥に縛られることを望まれなかったお方ですから」
レオンは少し苦笑いをした
実際は父グラニウスからは派閥の話すらされなかったからだ
少しの沈黙が流れる
レイモンドは真剣な表情でレオンを見つめた
「そこでお願いがあります!もう一度 ノルディア家には中立派革新派へ戻っていただけないでしょうか?」
レオンは少し考え込む
クロエから聞いた王国の派閥
そのどこにも属さないのが今のノルディア家だった
しばらく考えた後 静かに口を開く
「悪いが今は派閥へ入るつもりはない……まだ領地を立て直してる途中だ他所の派閥争いに関わる余裕は無い」
レイモンドは残念そうに微笑んだ
「そうですか…… ですが無理にとは申しません一度考えていただけるだけでも十分です」
レオンは頷く
「分かった考えておく」
レイモンドは表情を和らげた
「ありがとうございます」
そして少し姿勢を正す
「でしたら もう一つお願いがあります」
レオンは続きを促した
「何だ?」
レイモンドは真っ直ぐレオンを見る
「ノルディア家とフェルナード家の友好を より強いものにしたいと考えております そのために 先程の娘のフローラとの婚約を考えていただけないでしょうか?」
応接室が静まり返る
レオンは少し驚いた表情を浮かべた
「婚約か……」
レイモンドは静かに頷く
「もちろん 今すぐ返事をいただきたい訳ではありません……一つの提案としてお聞きください」
レオンは腕を組み
しばらく考え そして静かに答えた
「本人にその気があるなら考える……でも本人にその気が無いなら この話は無かったことにしてくれ」
レイモンドは少し目を見開いた後
穏やかに微笑んだ
「ありがとうございます そのお言葉だけで十分です」
レイモンドは穏やかに微笑んだ
レオンは苦笑する
「その気になられても いい返事は出来ないけどな」
「もちろんです」
レイモンドは頷いた
少し沈黙が流れる
レイモンドは机の上の保温箱の図面へ視線を移した
「それにしても この保温箱は実に興味深い 真空という発想は私にはありませんでした」
レオンも図面を見る
「俺も作れるとは思ってない でも職人なら何か思い付くかもしれない」
レイモンドは大きく頷いた
「ええ ですから明日はフェルナード領でも腕利きの鍛冶職人を呼びます 保温箱の構造について 一緒に考えていただきましょう」
レオンも頷く
「分かった 俺も楽しみだ」
レイモンドは笑みを浮かべる
「では明日の朝 食後に工房へ向かいましょう 職人達にも話を通しておきます」
「ありがとう」
レオンは席を立った
「今日はもう客室へ戻るよ」
レイモンドも立ち上がる
「承知いたしました ごゆっくりお休みください」
二人は握手を交わす
明日 保温箱の実現へ向けた最初の一歩が始まろうとしていた




