第158話 フェルナード伯爵
レオンが馬車を降りると
目の前には一人の男性が立っていた
年齢は四十代半ば
短く整えられた茶髪
穏やかな翠の瞳
紺を基調とした上品な礼服を身に纏い 落ち着いた雰囲気を漂わせている
フェルナード伯爵 レイモンド・フェルナードだった
レイモンドはレオンへ一礼する
「ようこそお越しくださいました レオン辺境伯様」
レオンも一礼を返す
「今日は招いてくれてありがとう レイモンド伯爵」
レイモンドは柔らかく微笑んだ
「遠路お疲れでしょう まずは中へ 商談の前にお茶でも飲みながらゆっくりお話ししましょう」
「助かる」
レイモンドはクロエとブロドへ視線を向ける
「クロエ殿もようこそお越しくださいました ブロドもご苦労でした」
クロエは頭を下げる
「本日はよろしくお願いします」
ブロドも深く一礼した
「ありがとうございます」
四人は伯爵邸へ入る
広い玄関ホール
磨き上げられた白い大理石の床
壁には帆船を描いた絵画
海を思わせる青い絨毯が廊下の奥まで続いている
歩く使用人達にも無駄な動きはない
屋敷全体から落ち着いた気品が感じられた
案内されたのは応接室だった
大きな窓からは手入れの行き届いた庭園が見える
レイモンドは席へ腰を下ろした
「さて 本題へ入りたいところですが その前に細かな価格や取引量は商人同士の方が話しやすいでしょう 二人は別室でお願い出来ますか」
ブロドは頷く
「承知いたしました」
クロエも立ち上がる
「行ってきます」
レオンは軽く頷いた
「頼んだ」
二人は使用人に案内され応接室を後にした
部屋にはレオンとレイモンドの二人だけが残る
しばらくすると応接室の扉が静かに開いた
一人の少女がワゴンを押しながら入ってくる
肩まで流れるように整えられた青髪
透き通る蒼い瞳
白を基調とした上品なワンピース
年相応の可憐さを持ちながらも 見る者を惹きつける気品と美しさを兼ね備えた少女だった
少女は二人の前まで来ると優雅に一礼する
「失礼いたします」
慣れた手付きで紅茶を注ぎ
静かにカップを置いていく
レイモンドは穏やかに微笑んだ
「紹介しましょう 娘のフローラです」
フローラはレオンへ向き直り
丁寧にスカートの裾を摘まむ
「初めまして フローラ・フェルナードと申します 本日は私も魔法のご教授でお世話になります」
レオンも一礼した
「初めまして レオン・ノルディアだ こちらこそよろしく頼む」
フローラは顔を上げる
自分とそれほど歳が変わらない少年
それなのに辺境伯として堂々と振る舞っている
その姿に思わず目を奪われた
レイモンドは紅茶を一口飲む
「実は娘もレオン辺境伯様と同じ十五歳なのです」
レオンは少し驚いた
「そうなのか」
フローラも微笑む
「同い年の領主様にお会いするのは初めてです」
穏やかな空気が応接室を包む
しばらく雑談が続いた後
レオンはふと気になっていたことを口にした
「レイモンド伯爵 一つ聞いていいか?」
レイモンドは頷く
「もちろんです」
レオンは静かに尋ねる
「フェルナード領には 氷属性の魔法使いはいないのか?」
レイモンドは首を横へ振った
「残念ながら一人もおりません フェルナード領は水属性と風属性が多い土地です 氷属性はこれまで一人も確認されていません」
レオンは頷く
やはりそうか
だから魚の鮮度を保つ手段が限られているのだ
レイモンドは苦笑した
「風属性の私に氷が作れれば苦労はしないのですがね」
その言葉を聞いた瞬間
レオンの頭に一つの考えが浮かんだ
風属性
冷たい風
冬
風で水を冷やし続ければ
凍らせられるのではないか?
レオンはレイモンドを見た
「レイモンド伯爵 一度試してみよう 水を用意してくれ」
レイモンドは少し驚くがすぐに表情を戻す
「フローラ コップに水を入れてくれるかい?」
フローラは頷く
「はい」
机の上へ空のコップを置き
指先へ魔力を集める
透明な水が現れ 静かにコップを満たした
レオンは続ける
「その水に風魔法を当て続けてくれ」
レイモンドは頷き
すぐに風魔法を発動する
柔らかな風がコップを包む
しかし 何も変化は起きなかった
レオンは静かに口を開く
「ただ風を起こすだけじゃ駄目だ 王国の北部 寒い地域の冬を思い出して 山から吹くあの肌を刺すような冷たい風だ」
レイモンドは目を閉じる
厳しい冬 何度か足を運んだ北部でのことを思い出した
凍えるような寒さ
その感覚を思い浮かべながら
再び風魔法を放った
するとコップの表面へ白い霜が現れる
フローラは目を見開いた
「お父様……!」
さらに冷風が吹き続ける
やがて 水面へ薄い氷が張り始める
少しずつ氷は厚みを増し
ついにはコップの水が完全に凍り付いた
レイモンドは氷へ触れ 静かに息を吐く
「成功ですね……ですが魔力の消費が激しすぎます この程度の氷を作るだけでも普段とは比べ物にならないほど魔力を消費しました これでは実用的とは言えません」
レオンも頷いた
「やっぱり効率が悪いか……」
魔法の話が一区切りつく
レイモンドはフローラへ視線を向けた
「フローラ ここからは少し長い話になりそうです レオン様の客室へ後ほど伺い 氷魔法についてご教授していただきなさい」
フローラは姿勢を正し 一礼する
「かしこまりました レオン様 後ほど客室へ伺わせていただきます」
レオンは微笑んだ
「分かった 待ってるよ」
フローラも小さく微笑み返すと
ワゴンを押し 静かに応接室を後にした
部屋には再び レオンとレイモンドの二人だけが残った




