第16話 帝国の弔問客
辺境伯家執務室
レオンは今日も書類と格闘していた
辺境伯代行となって二週間が経っていた
税収整理
備蓄管理
街道整備
騎士団予算
山積みだった書類もようやく先が見え始めていた
そうしているとコンコンと扉が叩かれる
「入れ」
執務室へ入ってきたのはゼムだった
その表情はどこか困惑している
「ぼっちゃま」
「どうした?」
「少々変わった申請が届いております」
そう言って一枚の書状を差し出した
レオンは何気なく受け取る
そして数秒間固まった
【ノルディア領立ち入り許可申請】
申請者:ルーカス・ヴァルハイト
目的:弔問
「……は?」
思わず声が漏れた
ゼムも同じ反応だったらしい
「私も見間違いかと思いました」
レオンはもう一度確認する
【ルーカス・ヴァルハイト】
ヴァルハイト帝国第二皇子
未来の攻略対象の内の一人
そして後に『帝国の剣』と呼ばれる男
そのルーカスが弔問に来る
意味が分からずレオンは腕を組んだ
脳裏にゲームの記憶を探る
ルーカスルート
帝国
戦争
武人
そして…………北の戦神
確か ルーカスが心から尊敬していた英雄だ
原作には出てこない帝国より更に北
そんな場所にいる伝説の戦士
理由を考えても分からない
「……許可しよう」
結局断る理由はなかった
帝国皇族を無碍にもできない
「かしこまりました」
申請が来てから三日後
帝国使節団がノルディア領へ到着した
応接室へ案内された少年を見てレオンは少し驚く
まず目に入ったのは銀髪だった
陽光を受けて輝く銀色の髪に翡翠色の瞳
その目は鋭く澄んだ眼差しをしていた
まだ十一歳のはずなのに その目には年齢以上の落ち着きがあった
身体つきも同年代とは思えないほど無駄な肉のない鍛えられた体
自然と張り詰める空気
まだ理由は分からない
だが一つだけレオンには分かった
強いそれもかなり
剣を握らなくても分かる
目の前の少年は戦うために育てられた人間だ
「初めまして」
とレオンは頭を軽く下げ腰を落とした
王国式の礼儀である
するとルーカスは一礼した
その動作には一切の無駄がない
「ルーカス・ヴァルハイトだ」
「レオン・ノルディアです」
二人の視線が交差する
ルーカスはレオンを観察していた
肩書きではない 家柄でもない その様な人を見る目
実力主義の彼らしい態度はゲームの設定通りだった
そしてルーカスは深く頭を下げる
「グラニウス殿の訃報は聞いた…………残念だ」
外交辞令ではない本心からの言葉だとすぐ分かった
「ありがとうございます」
レオンも頭を下げる
だが疑問は残る
"なぜわざわざ辺境まで来たのか?"
そこで貴族の駆け引きを辞めて率直に聞いた
「一つお聞きしても?」
「構わない」
「なぜ弔問を?」
ルーカスは少し不思議そうな顔をした
そして当然のように答える
「尊敬しているからだ」
「……父上をですか?」
「ああ」
ルーカスは頷き、そして静かに言う
「"北の戦神 "グラニウス・ノルディアをな」
その瞬間レオンの思考が止まった
北の戦神はゲームで何度も見た単語だ
ルーカスが憧れていた英雄
帝国の武人達が目標とする存在
だがレオンはずっと勘違いしていた
帝国のさらに北にいる伝説の戦士
そう思っていたのだ
「……父上が北の戦神……ですか?」
思わず聞き返してしまう
ルーカスは逆に驚いた
「知らなかったのか?」
レオンの脳裏に父の姿が浮かぶ
ワイバーン五体を一撃で消し飛ばした男
領民のために命を削った男
今でも花で埋まる墓に眠る
全てが繋がった
「グラニウス・ノルディア」
ルーカスは静かに言う
「帝国で知らぬ武人はいない」
レオンは苦笑したどうやら自分の父は思っていた以上に凄い人物だったらしい
その後ルーカスは墓所へ向かった
丘の上花で埋め尽くされた墓
そこへ静かに花を供える
長い黙祷
何も語らない
だがその背中からは確かな敬意が伝わってきた
レオンは少し離れた場所から見守った
帝国の皇子
未来の攻略対象
そんな立場の人間がわざわざ辺境まで来ている
父は本当に偉大だったのだろう
夕方に墓参りを終えたルーカスが戻ってきた
レオンは申請が来た時から考えていたことを口にした
「ルーカス殿」
「何だ?」
「一つお願いがあります」
ルーカスが振り返る
「帝国製の武具を購入したい」
ルーカスは納得したように頷いた
北の戦神の息子だ
当然武器だろうと そう思っていた
「いいだろう」
あまりにも早い即答にレオンは驚いた
だが直ぐに期待が裏切られた
ルーカスは口元を僅かに吊り上げた
「ただし条件がある」
嫌な予感がした
「条件ですか?」
「ああ」
翡翠色の瞳が輝くそれは武人の目だった
「俺と試合をしろ」
レオンは思わず額を押さえる
(やっぱりそうなったかー)
「勝敗は問わない」
ルーカスは続ける
「ただ戦ってみたいのだ"北の戦神の息子"と」
その実力を自分の目で見たい
ルーカスはそれだけだった
レオンは深くため息を吐きそして諦めたように頷いた
「分かりました」
その返事を聞いたルーカスは今日初めて年相応の笑顔を見せたのだった




