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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
フェルナードの聖女と覚悟
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第150話 貴族の作法

フェルナード領へ向かう旅も終盤に差し掛かっていた

街道の先には緩やかな丘が続き

その向こうにはフェルナード領へ入るための関所が見えている

レオンは竜車の窓から外を眺めていた

昨日の昼の街道沿いの休憩所で見た活魚輸送の商隊

水温が上がり弱っていく魚

必死に海水を入れ替える商人達

その光景が頭から離れなかった

もっと冷やせれば……ただそれだけで価値が変わる

ただそれだけで救える商売がある

レオンは静かに考え込んでいた

その時だった 先頭を進んでいたリックが手を上げる


「止まれ!」


騎士達が一斉に竜車を止める


レオンは首を傾げた


「着いたのか?」


クロエは窓の外を見て小さく笑う


「まだだよ ここで乗り換え」


「乗り換え?」


レオンが聞き返す

クロエは当然のように頷いた


「ここから先は馬車」


「竜車じゃ駄目なのか?」


「駄目ってわけじゃないけど」


クロエは少しだけ肩をすくめる


「正式な訪問で竜車のまま他領に入るのはあまり良くないかなー」


レオンはますます分からなくなる


「何でだ?」


クロエは指を一本立てた


「王国の紋章は竜でしょ?」


「ああ」


「だから貴族の公務で竜に車を引かせると 王家を軽く見てるって受け取る人もいるんだ」


「なるほど 確かに走竜も竜だもんな」


レオンは納得しかけたが すぐに眉を寄せた


「……待て この前の夜会は竜車で王都まで行っただろ?」


クロエはくすりと笑った


「前はレオン 平民の格好してたでしょ?それに王都へ入ったのは夜会の二日前」


「確かにそうだな」


「王都は人の行き来が尋常じゃないからね 遠くの貴族が先に平民の格好で入るのはよくある手口だよ 正式に出る時だけ馬車で王城へ向かえばいいの」


レオンは感心したように息を吐く


「よく考えてるな」


「商人だからね」


クロエは得意げに笑った

竜車の扉が開く

外では騎士達が荷物を確認していた

リックが近付いてくる


「旦那 荷物は我々が先に領都フェルナードへ届けます」


「リック達は竜車のまま行くのか?」


「はい 荷物を運ぶ分には問題ありません ノルディア辺境伯御一行の荷として先にお届けします」


レオンは頷く


「分かった 頼む」


「はっ!」


リックは胸に拳を当てる

だがレオンはふと気付いた


「待て……俺達はどうするんだ?」


クロエがにこりと笑う


「馬車でポートミルへ行く」


「領都じゃないのか?」


「先に港町を見た方がいいでしょ?」


「レオンなら 領主が案内してくれる場所だけ見ても納得しないと思ったから」


レオンは言葉に詰まる

確かにその通りだった

領主が見せたいものだけ見ても本当の領地は分からない

市場

人の流れ

商人の声

困っている現場

そういうものを見なければ分からないことがある

クロエはにやりと笑った


「だから一日半くらい平民の格好で回った方が早いかなって」


「……一日半?」


「竜車で来たら早く着きすぎるでしょ 馬車で王都から来たことにすれば日程も自然になる」


「それでも差はあるだろ?」


「だからその分 ポートミルを見るの」


レオンは額に手を当てた


「誰の案だ?」


クロエは目を逸らした


「僕とゼムさん……」


「ゼム……アイツ 何も言わなかったな」


クロエは楽しそうに笑う


「ゼムさん言ってたよ 『ぼっちゃまには直前まで言わない方が面白いでしょう』って」


「完全に遊ばれてるな」


レオンは深くため息を吐いた

その時 街道の脇から一台の馬車がゆっくりと近付いてきた

派手ではない

だがよく整備された上質な馬車だった

車体には小さく商会の印が刻まれている

"波と魚"そして小さな帆船

その隣に立っていた男が深く頭を下げた


「お久しぶりでございます……レオン様」


聞き覚えのある声だった

レオンは目を見開く


「……ブロド?」


そこにいたのはブロド・グランツだった

以前見た時とはまるで違う

高価な服に身を包み 傲慢な笑みを浮かべていた商人ではない

今のブロドは質素だが清潔な服を着ていた

日焼けした顔

引き締まった体

そして何より その目に以前のような濁りは無かった

ブロドはもう一度深く頭を下げる


「はい ブロド・グランツでございます」


レオンはしばらく言葉を失った


「……随分変わったな」


ブロドは静かに微笑む


「変わらなければならなかったのです……一度 全てを失いましたから」


クロエが横から笑う


「レオン 驚いた?」


「ああ……かなり驚いてる」


クロエは得意げだった


「今やブロドさんはフェルナード領専属商人"ポートミル商会の会頭"だよ」


「専属商人?」


レオンはさらに驚く

ブロドは恐縮したように頭を下げた


「まだまだ未熟ではございます ですが レイモンド伯爵様よりお役目を頂いております 部下も二十名ほど抱えることができました」


「……一年半でそこまで?」


「はい」


ブロドは静かに頷いた


「クロエ様よりお譲りいただいた竜車がありましたそしてレオン様にはやり直す機会を頂きました その機会だけは決して無駄にしたくなかったのです」


レオンはクロエを見る


「知ってたのか?」


クロエは頷いた


「うん……竜車代が少しずつ手紙と一緒に届いてたから連絡は取ってたよ」


「言えよ」


「驚かせたかったんだ」


クロエは悪びれもなく笑う

ブロドは二人のやり取りを見て 少しだけ懐かしそうに目を細めた


「クロエ様には今も返しきれぬ恩がありますそれにレオン様にも………私のような者に もう一度商人として生きる道を残してくださいました」


レオンは首を横に振る


「俺はクロエに言われて機会を与えただけだ そこから這い上がったのはブロドの力だ」


ブロドは一瞬だけ目を見開き

それから深く頭を下げた


「ありがとうございます」


クロエは静かに笑っていた

その表情には 少しだけ誇らしさがあった

かつて自分に商売を教えた商人

しかしクロエを誘拐した商人

だが今は 再び商人として立ち上がった男

クロエはその姿を見て 本当に嬉しそうだった

リックが竜車の準備を終える


「旦那 我々はこのまま領都へ向かいます」


「ああ レイモンド伯爵によろしく伝えてくれ」


「はっ!」


「あと荷物を頼む」


「お任せください」


リック達の竜車がゆっくりと動き出す

騎士達はフェルナード領都へ向かって進んでいった

残ったのはレオンとクロエ

そしてブロドが用意した馬車だった

クロエはいつものフード付きの外套を羽織り直す

レオンも貴族らしい上着を脱ぎ 平民の少年に見える服装へ変える

クロエは満足そうに頷いた


「うん!これなら大丈夫!完全に商人見習いと護衛の少年だね」


「俺が護衛なのか?」


「だって 剣持ってるし」


「まあいいか」


レオンは苦笑して馬車へ乗り込む

クロエも続いた

ブロドは御者台へ上がる


「ではポートミルへ向かいます」


「お願いします」


馬車がゆっくりと動き出す

竜車よりも速度は遅い

だがその分 街道の景色はよく見えた

遠くに潮風を運ぶ海の気配

行き交う商人達

塩を積んだ荷馬車

魚を運ぶ荷車

教国の文字が刻まれた荷箱

魔導王国の印が入った木箱

フェルナード領が貿易で栄えていることは 街道を見ただけでも分かった

クロエは窓の外を眺めながら小さく呟く


「懐かしいな」


レオンはクロエを見る


「ここに潜伏してたんだったな」


「うん ノルディア家に追われてるって勘違いしてた頃ね」


クロエは苦笑する


「あの時は必死だったよ……ここは教国や魔導王国の船も来るし 商人も旅人も多い だから誰がどこから来たかなんて いちいち気にしない町なんだ 身を隠すにはちょうど良かった」


レオンは静かに頷いた

王都とは違う

だがここもまた 人が流れ込む場所だった

商売があり

海があり

外の国との繋がりがある

フェルナード領が中立革新派として力を持つ理由も 少し分かる気がした

ブロドが御者台から声を掛ける


「ポートミルは王国有数の港町です 魚介類 塩 そして海上貿易 その三つで成り立っております レイモンド伯爵様は 商人からの信頼も厚い方です」


レオンは窓の外を見る


「だからこそ信用が大事なんだな」


「はい」


ブロドの声が少し低くなる


「商業の町は信用で動きます 領主への信頼が崩れれば 商人は一瞬で離れます」


その言葉に レオンは少しだけ考え込んだ

商業で栄える領地

信用で成り立つ貿易

そこを崩せば 領地そのものが揺らぐ

そんな当然のことを レオンは改めて理解する

馬車は街道を進む やがて風の匂いが変わった

塩の香り

魚の香り

そして海の音

クロエが少し身を乗り出す


「そろそろだよ」


丘を越えた先 夕日に照らされた海が広がっていた

港には無数の帆船

桟橋には働く人々

市場からは威勢の良い声が響いている


"港町ポートミル"


フェルナード領の海の玄関口

レオンはその光景を静かに見つめた


「……ここがポートミルか」


クロエは懐かしそうに笑う


「うん 王国で一番 人が紛れやすい町……そして………魚が美味しい町だよ」


レオンは小さく笑った

昨日見た活魚輸送の問題

ポートミルという港町

フェルナード領の商業

そして再び現れたブロド

すべてが一つに繋がろうとしている気がした

馬車はゆっくりと港町へ入っていく

潮風が頬を撫でた

レオンはその風を受けながらこれから始まるフェルナード領での滞在に

少しだけ胸を高鳴らせていた

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