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乙女ゲーの辺境伯に転生したので奴隷落ちする悪役令嬢を金貨2万枚で救おうと思います  作者: トンビが鷹を産んだトンビの方
第5章 白銀の聖剣と秘薬
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間章 北の戦神 後半

十七歳の冬、王都学園で

グラニウスは寮の自室へ戻っていた

窓の外では雪が降っている

机の上には授業で使った資料

訓練で使った木剣

いつも通りの一日だった

その時扉が叩かれる


「失礼します」


学園の職員だった


「ノルディア様」


「何でしょう?」


職員は一通の手紙を差し出した


「ご実家からです」


グラニウスは受け取る

ノルディア家の封蝋だった

だが違和感があった

急ぎの印、嫌な予感がする

グラニウスはその場で封を切った

そして表情が消えた

そこに書かれていたのは短い文章だった


【ヴァルグ様危篤 至急帰還されたし】


それだけだった

グラニウスは立ち上がる

椅子が倒れる

職員が驚いた顔をした

だが構わない

グラニウスは部屋を飛び出した

雪が降っていた

馬を乗り継ぎ

昼も夜も走り続ける

休まない

休めない

そして数日後にはノルディア邸へ辿り着いた

屋敷の空気は重かった

使用人達の表情も暗い

グラニウスはそのまま寝室へ向かう

寝室の扉を開く

そこにはヴァルグが横になっていた

黒髪

青い瞳

巨漢だったヴァルグ

だが身体は痩せ細っている

かつて帝国が恐れた男


【ノルディアの悪魔】


その姿はもう無かった

ベッドの横にはリリス

そしてゼムも居る

母リリスの目は赤かった

何日も泣いていたのだろう


「父上」


グラニウスが膝をつく

ヴァルグがゆっくり目を開いた

そして笑う


「おう……帰った……か」


「はい」


短い返事だった

ヴァルグは小さく頷く

そして天井を見る


「もうすぐ……領地を任せる事になる……」


掠れた声だった

グラニウスは黙って聞く


「心配するな……」


ヴァルグは笑った


「お前は優秀だ……必ず俺より良い領主になるだろう……」


ヴァルグが咳き込む

リリスが背中を支える

ヴァルグは苦しそうに息を吐いた


「卒業まではと思っていたが……どうやら無理のようだ」


悔しそうな声だった

グラニウスは拳を握る

何も出来ない自分が情けなかった

ヴァルグは静かに目を閉じる

そして再び開く

青い瞳が真っ直ぐグラニウスを見る


「俺は五万人以上殺した……」


静かな声だった


「帝国軍四万人……指揮で死んだ数を入れればもっと多い……」


グラニウスは何も言わない

ヴァルグは少しだけ笑った

寂しそうな笑みだった


「俺はな……誰よりも笑って生きてきたつもりだ……」


グラニウスが顔を上げる


「そいつらの分まで……笑うしか償い方が思いつかなかった……」


暖炉の火が揺れる

静かな部屋だった

ヴァルグは続ける


「だからお前は救え……助けた数の四倍は感謝される……家族……友人……恋人……」


呼吸が苦しくなる

それでも言葉を止めない


「子や孫……その先の子孫までだ……色んな奴がお前に感謝する……」


グラニウスは黙って聞いていた

一言も聞き逃さないように

ヴァルグは穏やかに笑う

そしてゆっくり手を伸ばした

その先はグラニウスの頭へ

大きな手だった

幼い頃から何度も撫でられた手だった


「だから……」


短い沈黙が流れた、そして


「お前は……俺のようになるな……」


その言葉を最後に

ヴァルグの手から力が抜けた

寝室には静寂が流れた

暖炉の音だけが響く

リリスが顔を伏せる

ゼムも目を閉じた

グラニウスは動かなかった

ただ父を見つめていた


ヴァルグ・ノルディア 享年五十六歳


ノルディアの悪魔は静かに息を引き取った




数日後葬儀が行われた

グラニウスは学園を退学する

十七歳、まだ辺境伯ではない

領主代行としてノルディアを支える事になった

政務

騎士団

領地運営

全てが初めてだった

それでも逃げなかった

ゼムや家臣達に支えられながら学び続ける

そして一年が過ぎた

十八歳のグラニウス・ノルディアは正式に辺境伯を継承した


その頃帝国南部では大規模な魔獣の氾濫が発生していた

帝国軍一万人が討伐へ向かう

指揮官は皇子クリード、後の皇帝である

だが討伐は失敗した

予想を遥かに超える魔獣の数

帝国軍は撤退を余儀なくされる

吹雪

雪原

魔獣

全てに追われながら逃げ続けた結果

彼らは国境を越えていた

あのノルディア領へ

そして一万人は壊滅寸前となっていた


「国境を越えました!」


その報告で帝国軍は絶望した

ノルディア領そしてノルディア家

帝国人なら誰もが知る

【ノルディアの悪魔ヴァルグ・ノルディア】

だが将軍が言う


「待て!ヴァルグは死んだ」


その言葉で少しだけ希望が生まれる

だが次の瞬間兵士が叫んだ


「旗だ!」


吹雪の向こうに黒い旗が見える

咆哮するグリフォン

それはノルディア家の紋章だった

帝国兵達の顔色が変わる


「あの紋章……」


「悪魔の一族だ……」


「ヴァルグの血を引く者が居る……」


絶望が広がる

吹雪の向こうから騎馬隊が現れる

先頭を走る青年

黒髪

青い瞳

それは十八歳のグラニウス・ノルディアだった

青年は帝国軍を見る

そして魔獣を見る

数万を超える魔獣の群れ

そして静かに命じた


「負傷者を保護しろ」


帝国軍が固まる

青年は続ける


「帝国軍でもだ」


誰も理解出来なかった

敵国だった

それなのに助けると言った

そしてグラニウスは剣を抜く

吹雪が集まる

空気が変わる

帝国兵達の背筋が凍った

ノルディアの悪魔と同じ構え

ノルディアの悪魔と同じ魔法

だが向ける先は帝国軍ではない

魔獣の群れだった

剣が振り下ろされる

世界が白く染まった

【冬の巨人の斬撃】が放たれる

雪原に轟音が鳴り響く

吹雪が咆哮し数万の魔獣が消し飛んだ

残った雪原には静寂が流れていた

帝国軍は言葉を失う

誰も動けない

ただ一つだけ分かった事がある

自分達は助かった……と

グラニウスは剣を納める

そして帝国軍へ背を向けた


「負傷者を運べ」


その一言でノルディア騎士団が動き出す

負傷兵を担ぐ者

治療を始める者

食料を配る者

誰も帝国兵を敵として扱わない

帝国兵達は呆然とその光景を見ていた

一人の兵士が呟く


「ヴァルグは悪魔だった……」


兵士は首を振る


「だが違う」


震える声だった


「この人は違う」


誰も否定しない

そして別の兵士が口を開く


「戦神だ……」


周囲が振り返る


兵士は吹雪の中に立つ青年を見つめた


「北の戦神……」


その言葉が広がる


「北の戦神」


「北の戦神だ」


父と同じ力を持ちながら

父とは違う道を選んだ男グラニウス・ノルディア

後に帝国全土そして大陸全土へ広がる英雄譚


【北の戦神】


その誕生の日だった


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