第13話 受け継ぐもの
グラニウス・ノルディアの葬儀は、三日後に執り行われた。
辺境伯家の歴代当主が眠る墓所。
屋敷から少し離れた、丘の上にある場所だった。
参列者は多くない。
騎士団幹部
家臣達
領都の代表者達。
そして、使用人達。
それだけだった。
父は、そういう人だった。
派手なことを嫌い、言葉よりも行動を重んじる人だった。
だからこそ、誰も異論を唱えなかった。
静かな葬儀だった。
棺の中の父は、穏やかな顔をしていた。
病に蝕まれていた時の苦しそうな表情は、もうない。
まるで、長い戦いを終えて眠っているようだった。
レオンは棺の前に立つ。
何を言えばいいのか分からない。
だが、言いたいことは沢山あった。
助けられなかったこと。
もっと話したかったこと。
もっと褒めてほしかったこと。
もっと一緒にいたかったこと。
けれど、今更だった。
だから、レオンは一言だけ口にした。
「父上……お疲れ様でした」
口から出た言葉は、それだけだった。
それ以上は続かなかった。
棺が閉じられ、土が落ちる音が響く。
一度、二度、三度と。
その音を聞きながら、レオンは墓を見つめていた。
実感は、まだない。
今も部屋へ行けば、父がいるような気がする。
執務室の扉を開けば、いつものように書類へ目を通しているような気がする。
だが、現実は違う。
墓石の下にいる、冷たく動かない父。
それが全てだった。
「ぼっちゃま」
隣にゼムが立つ。
老執事の顔は、いつも以上に老けて見えた。
「皆がお待ちです」
レオンは墓石を見る。
そこには、新しく刻まれた名前があった。
《グラニウス・ノルディア》
レオンは、しばらくそれを見つめていた。
やがて、小さく頭を下げる。
「分かった。今行く」
もう、立ち止まることはできない。
父が守った領地がある。
そこには、守るべき人達がいる。
十二歳の少年が背負うには、重すぎる責任だった。
それでも、前へ歩かなければならない。
レオンは墓に背を向けた。
その瞬間だった。
丘の上を、冷たい風が吹き抜ける。
だが、レオンは振り返らなかった。
その日の夕方
レオンは、執務室の窓から外を眺めていた。
ふと、墓所のある丘へ目を向ける。
そして、目を見開いた。
墓所に人がいたのだ。
一人。
二人。
十人。
二十人。
その数は、今も増え続けている。
そこにいたのは、領民達だった。
農民の老人。
菓子屋の夫婦。
騎士団員の家族。
市場の商人。
皆が手に花を持ち、順番に墓の前へ立って、静かに花を置いていた。
誰に言われたわけでもない。
誰かが呼びかけたわけでもない。
それでも、人々は集まってくる。
日が暮れても、人の列が途切れることはなかった。
翌日も、その翌日も、花は増え続けた。
赤い花。
白い花。
青い花。
野に咲く、小さな花まで。
気付けば、墓の周りは花で埋め尽くされていた。
まるで、花畑のようになっていた。
ゼムが静かに窓の横へ立つ。
「グラニウス様は……領民に愛されておりました」
老執事は丘を見つめる。
それだけで十分だった。
父グラニウスは、多くを語らなかった。
領民へ笑顔を振り撒く領主でもなかった。
演説をすることもなかった。
ただ、誰よりも前に立ち。
誰よりも多く戦い。
誰よりも領地を守った。
だから、皆が知っている。
誰のおかげで、今も生きていられるのかを。
レオンは、花で埋め尽くされた墓を見つめる。
父は、もういない。
だが、残したものは確かにあった。
信頼。
敬意。
そして、領民達の想い。
それは、どんな財宝よりも価値のあるものだった。
レオンはそっと目を閉じ、花に囲まれた墓石へ向かって、心の中で呟く。
(父上。貴方は、本当に凄い人でした)
その言葉だけは、素直に認めることができた。
丘の上では今日も、一輪の花が静かに供えられていた。




