第11話 賢者の遺産
第五のアイテムバッグを手にした瞬間、レオンは安堵から大きく息を吐いた。
張り詰めていた糸が、少しだけ緩む。
ここまで来ることができた。
父を救うための希望を手に入れたのだ。
「若様」
ガレスが声を掛ける。
「急ぎ戻りますか?」
その言葉に、レオンは頷こうとした。
だが、ふと視界の端に何かが映った。
研究室の壁際
崩れかけた本棚
その奥には、大量の書類が積まれていた。
それだけではない。
机の上や床、更には棚にも、無数の研究資料が山のように残されている。
レオンは立ち止まり、その場を見渡した。
ゲームでは、ただの背景だった。
だが、現実では違う。
ここは"賢者"の研究室。
つまり、そこにある全てが賢者の遺産だった。
「若様?」
エルンが不思議そうに尋ねる。
レオンは近くの机へ歩いた。
机の上には、分厚い冊子が置かれている。
その冊子を手に取り、埃を払った。
そして、表紙を見た瞬間、レオンの目が見開かれた。
「……これは」
見覚えのある文字。
前世で毎日のように見ていた日本語だった。
思わず冊子を開く。
そこには、びっしりと文字が書き込まれていた。
【龍脈観測記録】
その文字を見た瞬間、レオンの心臓が大きく跳ね上がった。
更に別の資料を開く。
【転移魔法陣試験報告】
更に別の紙束。
【時空間理論考察】
間違いない、全て日本語だ。
「若様?」
ガレスが近付いてくる。
レオンは慌てて冊子を閉じた。
「どうされました?」
「……いや」
レオンは言葉に詰まる。
説明できるはずがない。
この世界の誰にも読めない文字。
だが、自分だけは読める。
そんなことを話したところで、信じてもらえるはずがなかった。
レオンはゆっくりと周囲を見回した。
本棚
机
資料
魔眼のスクロール
研究記録
この世界について記された、数え切れないほどの情報。
ゲームでは、アイテムバッグを回収するだけで魔法薬を作ることができた。
だが、もしかしたら、この研究資料も必要なのではないのか。
いや、魔力侵食症の治療法そのものが書かれている可能性すらある。
「全部持って帰る」
レオンが言った。
数秒間、誰も反応できなかった。
最初に口を開いたのは、リックだった。
「全部って、これ全部ですかい?」
「ああ、全部だ」
「この量を……一冊残らず?」
ドーグが部屋を見回しながら答えた。
「荷馬車があっても無理だ」
「だから、これを使う」
レオンは肩に掛けたアイテムバッグを軽く持ち上げた。
そして、近くにあった本を一冊入れてみせる。
手に持っていた大きな本が、吸い込まれるように消えた。
「おお……」
ドーグが目を丸くする。
続けて二冊、三冊、十冊と、次々に本が消えていく。
「便利すぎるだろ……」
リックが呆れたように呟いた。
エルンも苦笑する。
レオンは黙々と資料を回収していく。
本棚の本、机の上の資料、研究記録、そして魔眼のスクロール。
どれ一つとして見逃さない。
何が父を救う手掛かりになるか分からないからだ。
その途中、一冊の日誌が目に入った。
レオンは古びた革表紙の本を何気なく手に取り、一行だけ目を通した。
【魔力侵食症の魔力出力と魔力量の関連は……】
レオンは一瞬考え、本を閉じた。
ここで読めていることを知られれば、かなり怪しまれる。
それに、父が待っている、今は時間がない。
レオンは日誌をアイテムバッグへ入れた。
全てを回収し終えた頃には、研究室はほとんど空になっていた。
ガレスが周囲を見回す。
「本当に全部持って行くとは……」
「それだけの価値がある」
レオンは短く答えた。
今は説明できない。
だが、確信している。
ここにある資料は、必ず役に立つ。
父の病気の治療に。
そして、これから先の未来に起こる出来事に。
レオンはアイテムバッグを肩に掛け直した。
「戻るぞ」
全員が頷く。
ここへ来た目的は達成された。
第五のアイテムバッグ。
そして、賢者の研究資料。
その両方を手に入れたのだ。
後は、一刻も早く帰るだけ。
父が生きていることを信じながら、レオン達は研究室を後にした。




