表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/101

地獄の淵でシル・ヴ・プレ

 今日もあぶくをぶくぶくと。やかましい泡が浮いては弾く。眠りの中にあっては、とうの昔に縁が薄れたやつらと卓を囲んで鯖をつついた。とうの昔に起こったことや起こらなかったことが、疑問の余地もない現実性を帯びていて、それゆえにおれの頭を混乱させた。そんなことがあったのかもしれない。なかったのかもしれない。不愉快にけたたましい騒ぎの中で、どうやらおれは眠っていたらしい。双極性の間で揺れ動く気分という悪魔が、なぜおれをここまで翻弄しようとしてくるのか、そのわけは一向さっぱりわからないが、正直のところわからないのだが、わからないだろう、ほんとうにわからないもんだ。それはそれでよろしい。だが気分によってもたらされる、ギフトとしか呼びようのないものだってある。そういったものがまったくなくなってしまうと、この世は生きるに値しないものだという、極めて理性的でまっとうな感覚に支配されて、それは希死念慮なんて呼ばれたりしている。

 おれは物心がついた時には泥棒だった。盗み行為に良心の呵責は一切ない。盗まれる方が悪いとすら考えている。昔は良かった。盗みたい物で溢れていた。盗んでも盗んでも、まだ盗む物があった。今はもう駄目だ。盗むに値する物がない。これなら働いて稼いだ金で買った方がまだマシってもんだ。

 盗むという行為で得られるのは、スリルと興奮、それを駆り立ててくれる獲物が必要なのであって、盗むことが困難であれば困難であるほど素敵なわけで、だからこそこちらも知恵を絞りスキルを磨こうという気にもさせられたのだけどね。もうダメだ。死んだ方がマシだ。

 トランプを撃ち殺そうとしたやつは、銃火器大好き野郎だったが、射撃が下手すぎて学校の射撃クラブの入会を断られた過去を持っていたという。最後の最期まで的を外し続けた絶望はいかほどのものだったろうか。哀れだ。同情はしないが、すべてにおいて哀れ過ぎる。そんな人生だってある。あり過ぎるのが問題なんだ。なにもかもが、トゥー・マッチなんだ。


 しかし、射撃クラブって。我が国における弓道部のようなものだろうか。なんて言うと、弓道に邁進する人らに怒られてしまいそうだ。なんだってそうなんだ。この国の人間はなんでもかんでも道にしてしまう。求道的な精神が大好きなんだ。だが小説には道がない。だからおれは小説を書くんだ。道を求めてなぞるなんてまっぴらだ。荒野を字で埋め尽くしてやるんだ。荒野は荒野のままでいい。そこを緑豊かな土地にしようなどとは思わない。芽吹くなら勝手に芽吹け。おれは撒き散らすだけだ。射精クラブへの入会なんて望んじゃいない。出すべきものを、出したいときに、出したい場所に出す。それがおれの流儀だ。

 そんなことより、おれに金を寄越せ。今日のおれの銀行口座の中身如何では、おれは土下座を決行しなければならない。二十万貸してください。三十万で返してくれるならいいよ。是非もなし。そういうことになる。なってしまう。土下座の相手はおれの妻だ。おれの妻は金に関してはメチャクチャ厳しいんだ。金に取り憑かれているんだ。だがこんな状態でも女神転生VVを買ってしまったおれの相手はこういう人でないと務まらないのかもしれない。

 既婚者と言うと驚かれるおれだ。独身臭が半端じゃないと言われる。家庭感がまったく無いとも言われた。主にガールズバーやキャバクラでだ。おれを見くびらないでもらいたいな。こう見えて二度結婚してるからね。ふふん。それ威張ることじゃないからー。って言われるまでがテンプレ。

 場所と人を変えて、何度もしているやり取りだが、なぜか楽しいんだよな。おそらく日本中あらゆるところでされているこんなやり取り。多分もうマニュアル化されているんだと思う。夜の女性の掌の上でいいように転がされているおれたち。それがたまらない。

 こういうベタでは楽しめるのに、ことそれ以外になるとベタを敵視するおれたち。おれたちとか言って勝手に仲間を増やしているけれど、実際にはおれひとりだ。でも、似たようなやつはきっと大勢いるに違いない。そうに決まっている。どれだけの数の人間がいると思っているんだ。

 まあおれと似たようなやつが大勢いるからって、別に心強さとかは感じない。おれはひとりじゃない。なんて自分に言い聞かせたりはしない。おれだって、あんただって、ワン・オブ・ゼム。それでも、たったひとりきりで、おれはおれで、あんたはあんたなんだ。そりゃそうだ。それはそれとして、お金ください。駄目なのは知っている。そこをなんとかなりませんか。もちろんお話にならないのはわかっている。こっちだって本気で言っているわけではないさ。それでもワンチャン賭けてみたい。そういう時ってあるよね。女性関係では特にね。言ってみるって大事だよ。バットは振らなきゃ当たらないってね。


 ようやく精神が安定してきた。そして出来はどうあれ、文章をすらすらと書けるようにもなってきた。やっぱりこうでなくてはならない。出鱈目でもいい。ぐいぐいと書き進んでゆくことが大事だ。なにも高尚なものを書こうというわけではないのだから。むしろ高尚なものを書こうなんて、ほんの少しでも思うやつは頭がどうかしているだろう。なにか良くないものに憑かれている。不浄なものを呼び込んだのはそいつ自身だ。どうしようもない。

 かく言うおれ自身だって良くないものに憑かれまくっているに違いない。でなきゃこんな文章を毎日毎日書くもんか。なんだか書かなければいけないような気になってしまう。もはやおれはおれの書くものに見切りをつけていると言うのにだ。ダメだ、こいつは。才能がない。でも才能だけで文章は書かれるわけではない。書かれた言葉の意味はたったひとつで、誰だって読み取れるようなものだとしても、書かれた文章に漂う匂いや質感、そいつを捉えることのできるやつはどうやらそうは多くないと言うのがおれの見立てだ。そしておそらく、おれはそれを掴む能力に長けているようだ。たぶん。どうやら。これが先天的なものなのか後天的なものなのか、おれにはよくわからないが、これを使わない手はないだろう。ただ書く才能ってやつには恵まれていないのでね。こんな風になってしまった。今日も今日とて、だ。


 結局、おれの血縁者には半端者が多いわけで、おれだってその系譜に連なっている言わば半端者のエリートなんだ。中途半端にデキるやつって一番ツラいよ。そこで大事になってくるのが努力なわけだが、おれはもう努力が半端じゃないくらいに嫌いなんで、まあこうなっているわけだけど、そこに対しては後悔も何もないですよね。むしろ1mmも努力していないからこそ至れる境地もある。なんて適当極まりないことを書いているけど、なぜこんなことを書いているのかというと、文章を書きたいけれど書くことがないからなんですね。すべてはそれですよ。書くことがないことがおれの悲劇であり、書くことがないからこそ、こうやってしつこく書き続けるんだ。天邪鬼なんだよね。

 そんな悩みもいずれはどうでもよくなる。最終的には何もかもがどうでもよくなるんだ。つまりは消失してゆく。ひとつ残らず消失へと向かってゆく過程を書きつけている。そこには虚構も真実もありゃしないよ。最初から書くべきことなどなにひとつないのだから。それでもおれは文章を書くべきなんだ。書き続けなければならないんだ。書き上げて、捧げなければ。なぜならそれがおれの役目だからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ