目につく限り、無数のクエスチョンマーク
バックヤードは退屈の匂いが充満していた。覇気のない寝ぼけた顔を並べてぶつぶつ文句を言っている。駄目だ。おれはここにはいられない。命令に従う引き換えに受け取るものはあまりにもちっぽけで、命令を下すやつの目は血走り、鼻毛が出ていることすら気にならない様子だ。そこまでして守りたいものってなんなんだ。退屈と苦痛の中で突っ立っているのが普通なのだとしたら、そんな普通はぶっ潰れてしまえばいい。
アルバイト初日、おれはエンジニアブーツを履いていたという理由で帰された。履き替えてこい、そう言われたが、あいにくおれはエンジニアブーツしか持っていないのだった。履き替えたってエンジニアブーツ。エンジニアブーツが三足。古参っぽいアルバイトのやつが履いていたのは汚れに汚れたオールスター。似たようなものじゃないか。むしろおれのブーツの方がよっぽど清潔感がある。油をたっぷり食わせているからな。馬鹿らしい。帰ってそのまま寝た。
それ以来、コンビニに入るとその匂いから退屈極まりない空気のバックヤードが思い出される。一瞬しかいなかったというのに、目の裏にあの日の光景が立ち上がる。淀んだ世界だ。
いったいどこでどうしてるんだ? くそったれが!
そんなメッセージを受け取ったが、当然のように無視する。どこでどうしようと、おれの勝手だ。路上でくたばっていようと、終日便所に籠もっていようと。確かにおれにはやらなきゃならないことがあった。安請け合いしてしまった。その時は良いアイディアだと思った。その時だけは。おれはどうやら狂っていたらしい。いまじゃもう、砂粒を噛んでいたような気分だ。ぶーっと吐き出して、口をゆすいで、もう二度とこんなことはしたくない。そういう気分だ。
金を稼がなきゃ。金は良い。金があれば働かなくたっていいのだから。で、今のおれは働いていないから、金がない。だから金を稼ぐために働かなければならない。なにかおかしい気がする。なにか決定的に間違っているような気が。
ずっと働き続けているやつは、おれに金を寄越せばいいんだ。どうせ次から次へと金が入ってくるんだろう。ずっと働いているのだから。だったらおれに金を寄越せばいいじゃないか。誰も不幸にならないアイディアだ。
おれは働いていないと書いたが、それは労働に従事していないという意味であって、仕事自体はちゃんとしている。家事全般とこれを書くことだ。文章を書くことがおれの仕事なのだった。仕事と言ってしまえば、それでいいんだろう。おれは誰からも奪っていないし、昨夜はガンボスープを作った。ブラックパワーで身体が満たされている。おかげで家中がセロリー臭い。持たざる者のメシは臭いがキツい。だがエネルギーに満ちあふれていた。それも便所に吸い込まれていった。
まるでこんな感じで、そろそろおれ以外の登場人物を出す必要性は理解しているのだが、おれ自身がこんな感じなので、まったくそんな気分にならない。おれは若い女と暮らしているが、それはおれよりはだいぶ若いという意味だが、いま彼女は働きに出ている。つまりこの部屋には今おれひとりだと言うことだ。
今朝だって彼女を駅まで送った。道端の犬のクソ。ここいらのモラルは崩壊している。だがおそらくはひとりふたりの仕業だろう。そいつのせいで、おれは犬の散歩をしている連中を憎まねばならない。せめて草むらにでも放ってやったらどうだ。それすらもしたくないのか。犬のことは愛してやまないが、犬のクソまで愛するのはちょっと。気持ちはわからなくもないが。それでも、もう少し頑張って欲しい。あと少しだけなんだ。散歩に連れて行く元気はあるのだから、もう少しだけ自分を奮い立たせてみても罰は当たらないと思いますよ。
現場を見かけたらそう言ってやろう。でもきっと夜の間にやっているんだ。それかめちゃくちゃ早朝だろう。誰かがクソを放置しているのは間違いないところなんだ。ちゃんとクソがあるのだから。野良犬だって見当たらないし、クソが勝手に道路から生えてくるはずもない。クソの周りにチョークで丸を描くと、クソの放置は目に見えて減るらしい。チョークの丸で他人の目を意識せざるを得なくなるというわけだ。これを考えついたやつは頭がおかしい。おれなんかよりよっぽどクソのことを考えていたに違いない。しかし、クソをチョークで囲む。嫌な役目だ。
急な嵐で一気に暗くなった。風。雷。雨。猛烈なそれらが順番にやってくる。
さて、これからどうする? 愚問だ。明日はどうする? 来週はどうする? 来年は……。スケジュールを埋めなければならないという強迫観念に囚われ、何もないところからどうにかして何かを捻りだそうとする。今、こうしておれは書いていて、書き終わったなら、すぐ立ち上がってこの場を去るだろう。そしてまた書き出すのだった。
ループする毎日。でもそこには苦悩がある。こんな日は特にだ。もどかしく、たどたどしく、くだくだしく、それでもまるで同じ一日ってことはない。書いてさえいれば。書きさえすれば、そこに文章が表れる。出来不出来はもう問題じゃない。いや、問題ではあるけれど、そこまで重要な問題じゃないってことだ。読む方にとってはそうではないだろうけどね。
嵐が去ろうとしている。おれを置いてどこかに行ってしまう。行かないでくれ。そうは言うけど、おれだって買い物に出たりしなければいけないんだ。いつまでも居座られちゃ困ってしまう。それでも、もう少し、もう少しだけ……せめて、こいつが書き終わるまでは側にいてくれないかい。おれの都合などはどこ吹く風だ。雷の音がゆっくりとフェードアウトしてゆく。それならばおれも、もう少しペースを上げようじゃないか。で、すべて消えた。
おれは何故こんなに頑固でプライドが高いのだろう。自分にも他人にも許せないことが多すぎる。それゆえに、面倒がられたり寄りつかなくなったりして、当然の成り行きとして孤立するのだった。そのことで悩んだこともあるにはあった。このままでいいのか? そう自問したりもした。でも良かったのだ、そのままで。やっぱり他人ってなにを言っているのかよくわからない。何を基準としているのか、何を見定めているのか、何を大事に思っているのか、ちっとも見えてこないので不安になってしまうのだった。もしかしてこいつら、生きていれさえすればそれでいいのか? まさか。そんな馬鹿なことってあるものかよ。
みんな似たり寄ったりなくせに、それぞれが独立している。おれも含めての話だ。誰だってそこまで特別じゃない。ほとんど同じだ。それでもそれぞれがひとりなんだ。まるで意味がわからない。そんなので上手くゆくはずがない。それぞれが好き勝手に、それぞれの好きな場所を歩いて、混乱しないはずがない。にも関わらず、群れて集まる。軋轢が生じる。誰もが疲れ果て、潰れそうになっている始末だ。この押し合いへし合いは、いったいいつまで続くのだろうか。
なるべくなら距離をとり、出来るだけ組み込まれないよう、注意深く進まなければならない。巻き込まれてしまったら、おれのようなひ弱なやつはひとたまりもない。秒で狂うか、キレるか。年を経るごとに、我慢できていたことが我慢できなくなり、我慢できなかったことが我慢できるようになっている。それが自我の目覚めなのだとしたら、かつてのおれはいったい誰だったのだろう。
途切れ途切れの夢の中、断絶した連続性の中、謎が謎を呼び、謎だけが増えてゆく。いまではもうおびただしい数、そのままの姿、無加工でごろりと転がっている。辺り一面、見渡す限り。




