22 お嬢様、待ちきれなかった
「おはよう! みて! これみて!」
「おはよう、私の可愛いリディ。それは、セルディン侯爵家からの手紙だね? ロザーリエ嬢とは、お友だちになったそうじゃないか。良かったね」
「そうなの、お父さま! わたしは、ロザリーってよんでいるのよ。お手紙は、さきをこされちゃったわ。ああ、はやく、へんじをかきたい!」
誕生パーティーから1週間たった日の朝、わたしのもとに、ロザリーからの手紙が届いた。本当はわたしが出したかったけれど、熱を出したり、バタバタしていて書けなかった。
わたしの天使さまからの、初めてのお手紙。これは、一生大切にしないといけないわ!
「……リディ。お手紙が汚れてしまうから、食事の間は離しておかないと」
「ふふ、だいじょうぶよ、お父さま! この手紙は、わたしがかんぺきに守るから! よごれないわ」
「……そうきたか。いいや、リディ。手紙はなくならないから、大丈夫だよ。ほら、そこに置いて」
「ええー」
でも、これ、家宝になる予定なんだけれど。離れた所に置くのも不安だわ。心を込めて作ってくれるグレおじさんには悪いけれど、朝食はパパッと済ませてしまおう。
「ふんふん、ふふふ! ああ、なんて書いてあるのかなぁ」
「リディアお嬢様、これから読まれるのですか?」
「うん! よいしょっと。どれどれ……えっと……」
そんなまさか。
「うふふ、なんて書いてあったんですか?」
「リディ……ありがとう、お茶……ちょうだい」
「まあ、ロザーリエ様、お茶が欲しいのですか?」
ニーナの、のんびりやさん! そんなわけがないじゃない!
「ニーナ。ゆゆしきじたいだわ。わたし、手紙がよめない」
「ええ? でも……絵本は読まれていましたよね?」
「さいしょに読み聞かせてもらってね。絵本には、王さまとか、女神さまとか、いぬとか、ねことか、そんなお話ばかりだもの」
「なるほど。さっき読んだ部分だけが、知っている単語だったのですね。考えてみれば、リディアお嬢様は、まだマナーしか習っていないのですもの。焦る必要はありませんっ」
ああ! これが焦らずにいられるわけがないわ。わたしの天使が、返事を待っているというのに!
「ニーナ。手紙って、どれくらいの早さでかえすもの? もらったつぎの日とかじゃ、しつれいかしら」
「いいえ、全く。急用なら、そうと分かるように届くでしょう」
そう。お返事は明日でも大丈夫なのね。
「あの、お嬢様? どこへ向かわれるのですか? よろしければ、手紙は私が読みますけれど……」
「ニーナ、ごめんなさい。これは、わたしがさいしょに読みたいの。お兄さまに、読み書きをおしえてもらうわ」
あんなに、読むのが楽しみだったのに。
どうして、字が読めないって気がつかなかったの?
ああ、悔しい! わたしは、自分にぬか喜びさせられたのだ。前からポンコツだとは思っていたけれど、今回ばかりは、自分のことを許せそうにないわ。
わたし、明日までに、絶対にこの手紙を読めるようになってみせる。
「お兄さま! はいるわ!」
「リディ、いらっしゃい。待っていたよ」
鼻息荒くお兄さまの部屋に飛び込むと、お兄さまがぽふっと受け止めてくれた。
いつものように抱き上げられ、慌てる。きょ、今日は、少しの時間も惜しいのよ! お兄さまに甘やかされて、バターみたいにとろける時間はないの。
どうやったらお兄さまを傷つけないように、遊びに来たわけじゃないって伝えられるかしら。
悩んでいる間に、ああ、いつものソファーが近づいてきて……通り過ぎた。お兄さまの勉強机の前に座らされる。
「さあ、リディ。僕が昔に使っていた教材だよ。ここにあるのを全て覚えれば、まあ、だいたいの手紙は読めるだろうね」
ああ、そうだった。お兄さまってこういう人だ。わたしがお勉強のために来たこと、お見通しだったのね。
ということは、朝にわたしがお手紙を自慢した時点で、お父さまもお母さまも、わたしがお手紙を読めないことに気がついていた筈。きっと、あまりに喜んでいるものだから、言い出せなかったに違いないわ。
それなのに、わたしったら、あんなにはしゃいで……ああ、恥ずかしい。
「……文の成り立ちは、いま説明した通りだけれど。リディ? 上の空だね。お手紙を読めるようになりたいんじゃなかったの? ……これはお仕置き、だよ」
「んむっ」
うそ、いや、そんな! ……これは!
「ふふ、どう? グレゴーリオさんの特製おやつの味は。リディへの愛と、ピーマンがたくさん入っているって聞いたよ」
「む、むぐ、ううー! おにいしゃま! これ、やだ!」
「そっかぁ。頂いた分がまだまだあるんだけれど、どうしようかな? おやつを食べられないほど、勉強を頑張ってみる?」
「やる! やります! おやつを食べるひまはないわ!」
「ふふ、いい子だね」
お兄さま、お勉強のときは、スパルタ式なのね……はじめて教わったから、知らなかったわ。
こんな恐ろしいものを作り出すなんて、グレおじさん、本当はわたしのこと嫌いなんじゃないわよね? あら、ドキドキしてきた。
……ああ、お兄さま、おやつを手に持たないで! もうぼーっとしないから!
「リ、リディアお嬢様ぁっ! どうされたのですか!? 朝とずいぶん様子か違いますけれど……」
「ニーナ……気にしないで。すこし、おやつを食べすぎただけなの」
「まあ……そうなのですか? うふふ、お嬢様ったら。びっくりさせないでくださいませ」
ああ、あの恐怖を知らないニーナが羨ましいわ。
「お勉強の進みはどうでしょう? お手紙、読めそうですか?」
「これで読めなかったら、ロザリーはあんごうぶんを送ってくれたと思うことにする……ええと」
可愛いリディ
この間は、誕生パーティーにお招きいただき、ありがとう。手紙を送るには早すぎるとも思ったけれど……貴女のことだから、待っているんじゃないかなって。
私は、今週は予定が空いているから。暇なら、お茶でもしに来てちょうだいな。
貴女のお友だち ロザリー
「…………。」
「どうですか? リディアお嬢様っ」
可愛いリディ
「…………。」
「お嬢様? もしかして、読めないですか?」
貴女のお友だち ロザリー
「…………。」
「ああ、リディアお嬢様、またお勉強すればよろしいんですよっ」
可愛いリディ
貴女のお友だち ロザリー
「か、かわっ……あな、あなたのっ」
「リディアお嬢様ぁっ! ああ、そんな、お気を確かに!」
あまりのトキメキに、息ができなかった。
読み間違えじゃないわよね?
ああ、ロザリー、あなたってやっぱり天使さまだわ!
「ニーナ。がくぶちはある? このお手紙は、やしきでいちばん目立つところにかざらないといけないわ」
「え、飾っちゃうんですか? とりあえず、お返事を書きましょう」
「わたし、ロザリーに、このきもちを早くつたえたいわ! あした会いに行く!」
もう、まだるっこしい事はできないわ。
ロザリー、あなたのお友だちのリディが、すぐに会いに行くからね!




