16 お嬢様、ちょろかった
「バカヤローッ! 肉と魚と野菜は、まな板を分けるって前にも言ったよな? お前にゃ、パプリカが魚に見えんのか、オイ」
パーティー前日の厨房は、やっぱり修羅場だった。というか、いつも同じ人が怒られている気がする。修羅場にも慣れてきたので、軽やかに足を踏み入れる。
「グレおじさんっ。いそがしい所にごめんなさい。正気にもどったから、ごあいさつにきたのだけれど」
「あ? リディアお嬢ちゃん! もう具合は大丈夫なのか?」
「ええ、すっかりよくなったみたい」
「そいつは良かった。おやつも食べないお嬢ちゃんなんか、可哀想で見てられねぇからな」
料理人一同が深く頷くのが見えた。大丈夫よ、貴方たちのためにも、わたしは今後おやつを欠かさず食べると約束するわ。
廊下でメイドや執事たちに挨拶をする度に、涙を流しながら返されて、なかなか目的地まで進めない。慰めれば慰めるほど泣くって、どういうことなの。ちょっと疲れてきた。
「お兄さま、リディアです。はいります!」
「リディ。いらっしゃい」
お兄さまの部屋に着いた時には、軽く息が弾んでいた。深呼吸をするわたしを、お兄さまが当たり前のように抱き上げて、そのままソファーに座る。凄い、さりげなさすぎて、疑問を抱く余地もないわ。
いつもの基本姿勢でなでなでされて、バターのように溶けきっていたわたしは、ここに来た理由を思い出してハッとした。
「そうだった! あの、お兄さま、わたし、聞きたいことがあったの」
「うん? 何でも聞いて、僕のお姫さま」
「えっとね、わたし、明日はじめてのパーティーでしょ? エイダ先生のおかげでマナーはかんぺきだけど、お友だちのつくりかたを聞きわすれていたわ。お兄さま、おうきゅうにお友だちがいるのよね? どうやってなかよくなったの?」
そう、わたしはお兄さまに、お友だちの作り方を聞きに来たのだ。
「どうやって……? 改めて聞かれると難しいな。会って、普通に話しているうちに、だんだんと親しくなったかな? 僕よりも、リディの方がそういうの得意だと思うよ」
「え! わたし、とくいなの? お友だち、つくれる?」
「ああ、もちろん。僕のお姫さまは可愛いし、とってもいい子だからね」
なんだ、お友だちになるのって、案外簡単なのね。まさかわたしに、お兄さまより得意なことがあるとは思わなかった。
「そうなんだ! よかったぁ。明日、どれくらいの人がくるのかな? いっきにお友だちがふえるのね。みんなの名前をおぼえきれるかしら?」
「ふふ、リディはパーティーに来た人全員とお友だちになるつもりなの?」
「もちろんよ!」
「そう……父さまが呼ぶ人は厳選していると思うから、変な目に遭うことはないと思うけれど。嫌な奴とは無理して仲良くする必要はないからね」
嫌な奴? 誕生パーティーみたいな楽しい会に、嫌な奴なんていないと思うけれど。
「お兄さま、いやなやつって、たとえばどんなやつ?」
「それは……立場を弁えずに失礼なことを言ったり、意地悪をするような奴さ」
「ポンコツの妹め! とか、ピーマンぶつけるぞ! とか?」
まさか、そんな酷い人が来るっていうの!?
「いや、流石にリディにそんなことを言う馬鹿はいないよ」
「なんだぁ、いないのかぁ」
「うん、そういうのじゃなくて、もっと陰険な……」
「いんけんな? ちっとも分からないわ」
「うーん……こう、回りくどく嫌味を言うような。リディはそういう人に会ったことはない?」
「ないわ!」
「ないかぁ。そうだよね。じゃあ、リディは、どんな人が苦手って思う?」
苦手な人? そういえば、わたし、苦手な人っていないわ。使用人もみんな、優しいもの。
「うーん……? にがてな人がいないから、分からないけど……ピーマンをむりやり口にいれる人?」
「えっと、それ以外で」
「ぼうりょくをふるう人?」
「うん、他には?」
「ほか……? ほかには……ピ、ピーマンみたいな顔の人!」
「うーん……心配だなぁ。リディ、明日はずっと僕の側にいてくれる? 約束だよ」
「わ、わかったわ!」
お兄さまと約束したわたしは、その後はひたすら頭を撫でられ、甘やかされて、またでろでろのバターに戻ったのであった。




