17 お嬢様、ちょろかった2
とうとうこの日がやってきた!
パーティーを楽しみに思う気持ちと、たくさんの知らない人に会うという緊張で、わたしの心臓が痛いほどに鼓動を打つ。
今日、この日を成功させて、わたしはお父さま、お母さま、お兄さま、屋敷の使用人みんなが自慢できるリディアになってみせる!
「おはようございます、リディア様」
「おはよう、マヌエラさま……マヌエラ?」
「ふふ、はい。リディア様のマヌエラでございますわ」
「あれ? ニーナは?」
別に朝の支度係はニーナに決まっているわけではないけれど、ここ最近の習慣だった、朝のおてができなくて、ちょっと困った。この準備万端の右手はどうすればいいのか。
「今日は、お昼から誕生パーティーですから。特別ですわ。リディア様の支度はニーナでも出来ますが、たまには私でもよろしいでしょう? ふふ、こういう時のために権力はあるのです。腕が鳴りますわ」
「そっかぁ……」
特別なのは嬉しいけれど、なんだか右手がムズムズする。
これってもしかして、中毒っていうやつ? うそ、わたし、おて中毒になっていたの? まさか、ニーナのおてに、そんな恐ろしい依存性があったなんて……でも、どんなに恐ろしい行為だったとしても、毎朝やると約束したからには、貫ぬかないといけないわ。ええ、絶対に。
わたしは、茨の道へと足を踏み入れる覚悟を決めた。ニーナ! 貴女とわたしは一蓮托生よ!
この恐ろしい病を、マヌエラに知られる訳にはいかない。きっと心配してしまうから。
全身で、いつもと同じリディアですよー! と訴えかけたけれど、やっぱりマヌエラには分かってしまったみたい。眉を下げて悲しそうな表情をしたので、慌ててしまう。
「あの、リディア様? ……ニーナの方がよろしかったですか?」
「ちがうの、マヌエラ! あのね、これは……これは、その、お、おてがしたくて」
ああ、言ってしまった! きっとマヌエラは心配するわ。もしかしたらお医者さんを呼ぶことになって、今日のパーティーは中止になるかもしれない。
そして、お兄さまは『おて中毒のリディアの兄のユーリウス様』と呼ばれることになるんだわ……なんてことなの!
きっと悲壮な顔になっているだろうわたしを見つめながら、マヌエラはふっと微笑んだ。魂が抜かれそうに妖艶な笑みに、わたしは何も考えられなくなってしまった。
「まあ、そうでしたの、リディア様……よく、ニーナと遊んでいますものね。私にも、リディア様の、犬となれと……そういう事ですわね?」
「は……はい、いえ、その」
なんだろう、この迫力は。固まるわたしに、マヌエラがじわりと寄ってくる。
「いいでしょう、リディア様が望むのなら……この、マヌエラも。犬になってみせますわ……」
マヌエラの、瑠璃色の目が怪しく輝く。くすっと笑う声が聞こえる。どこかから甘い香りがして、わたしを包み込む……
そこからの記憶は、わたしにはない。
気がついた時には、いつもより豪華なドレスに身を包み、髪も結わえて、アクセサリーまで付けていた。
愕然としてマヌエラを見たけれど、リディア様はからかい甲斐がありますわね、なんて軽く笑って済まされてしまった。空白の時間になにがあったのだろう。やっぱりマヌエラは、悪魔の魅了が使えるのかもしれない……
「私のお姫さま、迎えにきたよ。……リディ、とっても可愛い。攫われないか心配だ」
お父さまが部屋まで迎えに来てくれたけれど、動揺が激しすぎて返事ができない。
「リディ、やっぱり緊張しているの? お父さまがついているから、大丈夫だよ」
いえ、お父さま、緊張はしていません。
ちょっとマヌエラに魂を抜かれかけただけなんです。
今日のパーティーの控え室に向かう。
パーティーはいちばん広い中庭で行うそうだけど、人に会うのに疲れてしまったらここで休憩してもいいらしい。立ちっぱなしかと思っていたから安心した。
お母さまに似合っていると褒められ、お兄さまに軽食をあーんして食べさせてもらっているうちに、ようやく落ち着きを取り戻した。
今からわたしは、たくさんの知らない大人と、たくさんのお友だち(になってくれる筈)に会いに行くのだ。いつまでもぼーっとしていてはいけないのだ。
そう、悪魔の魅了を乗り越えたんだから、次はきっと天使に会えるかもしれない。




