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14 お嬢様、平和ボケしていた

 

 季節は秋を迎えていた。


「グレおじさんっ! みのりのあきなので、おやつはにばいでおねがいします」

「リディアお嬢ちゃん……無茶苦茶だなァ、その理由。却下」

「そんなぁ! きょうはきのぼりしたから、おなかすいてるのに」

「どうして公爵令嬢が木登りなんてできるんだ……」

「わかんない! あーあ、きのみとかあったらたべるのになぁ」

「ちょ、お嬢ちゃん! 頼むから拾い食いなんかするなよ。何が食べられるものか分からないだろ?」

「わからないけど、おなかがすいてたらたべちゃうかも」

「あぁもう、わかったよ……おやつは増やしておくから。拾い食いはするなよ、いいな?」

「うん!」


  ニーナの教育の成果か、着々とおねだり上手になっている気がする。グレおじさんなんか、手のひらで転がしちゃうもんね!




「あきだなぁ……」

 

  おやつを食べながら、窓の外を眺める。

  暑い夏の日差しも和らいで、青々と茂っていた草木も、落ち着いた色合いになってきた。

  リディは秋が好きだった。


「うふふ、リディアお嬢様は本当に秋がお好きなんですね。やっぱり実りの秋だからですか?」

「ニーナ……そうね。たべものもおいしいし、なにより、わたしのたんじょうびがあるわ!」

「ええ、もうすぐ5歳になられますね。私、誕生パーティーが今から待ちきれなくて! でも、お嬢様も楽しみにしてくださっていて、ホッとしました」

「え? ふつう、たんじょうびはたのしみでしょう?」

「はい、でも、5歳の誕生パーティーは、今までとは規模が違いますから。お嬢様のお披露目会ですし、プラトナム公爵家と関わりのある貴族は、皆こぞって出席致しますわ。お披露目のために、リディアお嬢様にもマナーの先生が付くそうですし、もし緊張していたらどうしようと思って……考えすぎだったようですわね」

「……え?」


  な、なにそれ、知らない!

  プラトナム公爵家と関わりのある貴族ってどれくらい居るの? わたし、お披露目って、何すればいいの? 誕生日って、家族と使用人みんなに抱っこしてもらって、頭を撫でてもらって、プレゼントをもらって、ケーキを食べ放題の日じゃなかったの!?


  どうしよう。わたしには、自分がポンコツだという自覚がある。いくら、まだ家庭教師がついていないとはいえ、普段は周りから包み込まれるような愛と褒め言葉の中に居ても、わたしがお兄さまのような頭脳や才能を持っているわけではないと、薄々察しているのだ。そう、無知の知というやつだ。やばい、やっぱり賢いかもしれない。


  いや、だめだ、自惚れるな。わたしには、お兄さまのように、他人から称賛されるようなことはできない。自慢できるのは、このお母さまと同じ顔と、公爵家の令嬢という血筋と、おやつを無限に収納できる胃袋くらいのものなのだ。ああ、情けない。


  今まで、お兄さまとわたしの人間としての格の違いは全く気にしていなかったけれど、これは由々しき事態かもしれない。

  わたしは、お披露目をしていない今、貴族たちに『優秀なユーリウス様の妹のリディア』と認識されているだろう。もしこれが、お披露目をした後に、『優秀なユーリウス様の妹の出来損ないリディア』という認識に変わってしまったら……いや、わたしが馬鹿にされるのはいい。もし、もしも『ポンコツ出来損ないリディアの兄のユーリウス様』となってしまったら!?

  わたしの悪評がお兄さまの評判を上回ってしまったら、お兄さまが色眼鏡で見られてしまうかもしれない。そうしたら、エリート街道まっしぐらのお兄さまを、わたしが邪魔することになってしまう!


  サァーッと血の気が引く音が聞こえる。あまりの恐ろしさに、握っていたドーナツがぱらぱらと膝にこぼれ落ちる。そんな事も気にならないくらいに、わたしは参っていた。


「ど、どうしよう……」

「お嬢様、どうかしましたか?」

「わたし、なにがなんでも、おひろめをせいこうさせなきゃいけないわ」

「ふふ、心配しなくても、リディアお嬢様なら大丈夫ですわ。そうだ! 前に作った猫耳、お披露目しちゃったらどうですか? きっと、パーティーの参加者みんな、リディアお嬢様のファンになりますわっ」

「やめて! ねこみみのはなしはしないで!」


  初夏の頃に起こった『猫耳・ジョン・ピーマン事件』は、わたしの人生に深い影を落とした。散々な目にあったのだ。あの時ホールで感じた恐ろしさは、言い表せないほどだ。


  喜んでくれた使用人たちと、作ってくれたマヌエラには申し訳ないけれど、きっとあれは呪いのアイテムだったに違いない。

  だって、事件の翌日には忽然と消えていた。消えたことに気づいた時は大変だった。わたし以外は気づいていないようだから、叫びだしたいのをがまんして、なんとか平静を装った。あの時、わたしは猫耳を二度とこの世に具現させないと誓ったのだ。


  あの恐ろしい事件から季節も変わり、わたしはいつの間にか平和ボケしていたのかもしれない。もっと、気を引き締めて日々を送らねば。絶対、お披露目会は成功させる!



  まずは、握りしめたドーナツを食べることから始めよう。


 

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