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13.5 公爵夫人は、愛を囁きたい

 

 それはある日のことだった。


  いつものように父のもとで新しい情報を仕入れ、王妃さまに伝える。

  今回は、隣国の有名な葡萄の産地が長いこと雨に降られて、出来がよろしくなさそうだ、という話だった。話し合いの結果、いくつかの領地で輸出用の葡萄酒を多く仕込むことが決定し、会議は終わった。

  部屋を出て行く人たちを見送りながら、そっと溜息をつくと、王妃さまがお茶に誘ってくださった。


「セリーナ。貴女、働きすぎではなくて? 少し疲れているように見えるわ」

「モニカ様……ご心配をおかけしてしまいましたか?」

「私は貴女を気に入っているのよ。心配くらいさせて頂戴」

「お心遣いに感謝いたしますわ。でも、本当に大したことではないのです」

「あら? もしかして悩み事の方だった? 私、だいたいの事には答えられると思うわ。さっさと話して楽になっちゃいなさいな」

「ええと、では……夫のことなんですが」

「あらら、これは本当に珍しいわ。貴女、自分で気付いてる? 私はセリーナが侯爵令嬢だった時からの付き合いだけれど、自発的にアーヴィンの事を話すなんて、初めてのことだわ」

「え? そうでしたか?」

「ええ、そうよ。それで? 貴女とアーヴィンは家同士で決まった結婚だったけれど、子どもの頃からの婚約だし、仲は問題ないでしょ?」


  返事をしようとして、言葉に詰まる。


「セリーナ? うそ、何か問題があるわけ?」

「いえ……そんなことは」

「どうしたのよ。アーヴィンは誰がどう見ても貴女を愛しているわよ。そこは心配してないんでしょう?」

「それは……はい。確かに婚約したばかりの頃は、互いに戸惑っておりましたが、長い期間を経て、良好な関係を築けたと思います」

「そうでしょうね。社交界で持て囃された清楚な百合の君、なんて上っ面じゃなくて、貴女の意外と行動派なところとか、真面目すぎて突っ切っちゃうところとか、内面まで理解して、深く愛してくれているじゃない。何が気にかかるの?」

「あの、リディアが……娘が、私に見た目がそっくりなのですが」

「ああ、噂のユーリウスの妹ね? 今度見てみたいわ。貴女そっくりなら、アーヴィンは喜んだでしょうね」

「はい。娘は、性格は私と違って、明るくて人懐こい子なのです。毎朝、お父さま大好きとか、お父さまかっこいいとか言うものですから、夫も可愛くて仕方がないみたいで」

「それはそうかもね。貴女、愛を囁くタイプじゃなさそうだもの」

「そうなんです……」

「それで? まさか、自分の娘に嫉妬してる訳じゃないでしょ?」

「はい……ただ、娘を見ていると、同じ顔でもこうも違うものかと思って。私も、もっと夫を喜ばせることができるんじゃないかな、と」

「それはもちろん、貴女が言葉を尽くせば、アーヴィンも喜ぶでしょう! 頑張りなさいな」

「そう思って、ずっと機会を伺ってはいるのですが……どうしても、私には無理です。恥ずかしくて」

「うーん……まあ、こればっかりは性格もあるのかもね。私は特に意識もしないで言えるけれど。口にするのが恥ずかしいなら、態度で表したら?」

「態度、ですか? あの、例えばどのように?」

「そうねぇ。寝室でジッと見つめてみるとか、まあ、抱きつくまではいかなくとも、寄りかかってみるとか? あら、これも無理なの? 随分と控えめね。じゃあ、自分から行動できない分、せめてアーヴィンから求められたことには、しっかりと応えなさいな」




  お茶会を終えて、商会との打ち合わせも済ませ、屋敷に戻ってからも、王妃さまの言葉が頭に残っていた。

  アーヴィンから何かを要求されるってことも、あまり無いとは思うけれど……もし何かあったら、できる限りのことはしたいわ。



  何故か急に呼び出されて、ホールに向かう。

  そこには、屋敷の全ての人が集まっていた。


  「こんばんにゃー!」


  …………えっと。


  なぜリディアが猫の真似事をしているのかもよく分からないし、娘に気になる人ができたからって、使用人たちがここまで騒ぎ立てる意味もよく分からない。

  とりあえず、リディアが使用人たちに大切にされている事は間違いないようだから、それで納得することにする。

  そして、ユーリウスの妹に対する愛は、世間様からみて許容範囲なのかも心配になってきた。

  これだけ周りがうるさくて、リディアは結婚できるのだろうか……リディアが恋をした時には、私ができる限りサポートをしなくては。


  そんな事を考えながら寝室に戻る。アーヴィンが、何かを弄りながら帰ってきた。


「アーヴィン。それは何?」

「ああ、リディが付けていた猫耳。ホールに置きっぱなしにして行ったらしい。上手く出来ているよ。本当にリディは、面白いことを考える」

「結局、あの猫の真似はなんだったの?」

「さあ? 私も知らない。でも可愛かったから、理由はどうでもいいかな。ああ、そうだ、セリーナ。どう? 君も似合うと思うけれど。私の猫になってみる? なんてね」


  この年になってそんな物を付けるなんて、冗談にしても笑えない。あれはリディアだから似合っていたのよ。

  いつもなら、そう言っていた。でも……今日は。王妃さまとお話した、今日だけは。

  アーヴィンの手から、それを奪い取る。そのまま、乱暴に頭に付けた。


「セリーナ……?」


  さすがに鳴き声は真似できない。どうすればいいのか分からなくて、アーヴィンをそっと見上げた。


「ふふ、珍しいね。私の猫になってくれるの? じゃあ、いっぱい可愛がってあげないとね」


  愛を囁けなくとも、この気持ちが伝わりますように。





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