YES
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結局、須藤さん家にいた空巣か何かの死体は、数十分後うちの玄関修理にやって来た井上家護衛衆“友人”の下位組織“知り合い”の皆様に引き取っていただいた。
来たのが業者じゃなくて姉関連だったのが、何だか弱味を握られたようで嫌だったが。
ちなみにその死体は別の場所で謎の連続殺人鬼の犠牲者として通報するのだそうだ。
……ある意味間違ってない。間違ってはいないが、これでいいのかとも少し思ったりした。
「しかし須藤さん……あの部屋は……」
「ええ。あの……ホント、引かないで下さい」
顔を赤らめ両手で隠し、いやいやとするように首を振る可愛らしい仕種をしたが、いやいやはこちらが言いたい台詞だ。いやいや、あれはドン引きだろ。
須藤さんの部屋を見て、ようやく彼女が「“知らない”死体」と言っていたのに気がついたのだ。
須藤さんの部屋はホルマリン漬けの動物で溢れかえっていた。
「私、そのぉ……『カテゴリィ』のホルマリン・アニマルシリーズを集めてましてですね……」
ああ、知ってる。鶴羽駅前にある廃墟にしか見えないビルで、さらに異様な空気を放つオカルトショップだ。
東欧のマニアックなゴスバンドやブラックメタルバンドのCDや、ロリータ成分の混入されていないゴスファッション、謎のお香から悪魔崇拝用の祭壇まで、オカルティックなものなら何でも揃うとオカルトマニアの間では有名な……でも店内が何故かドンキ■ーテっぽいという、やけに雑多感溢れたお店だ。
……店員による、商品に似合わぬテンションの高さが痛々しいポップも何か間違っている気がするが。
それはさておき。
「……いくらなんでも、あれは集め過ぎでしょ……」
壁面を埋める棚いっぱいにホルマリン漬けの瓶が……鼠犬猫虫蛇鳩鴉節足甲虫両生類爬虫類哺乳類……。
うちと違って変なところに柱があるなと思ったらキリンの首だったってのが一番引いた。
ここの住人はやはり何かしらおかしい。
「で、でもまだコンプリートしてないんですよ! あと2体なんですけど流石に高くって……」
そういやこの人幾ら遣ってんだろうか。ホルマリン漬けの動物なんて、小さなものでも結構な額はするような気がするんだが。キリンなんてホント、幾らだよ。
もしかしてこれを買う為にお金お金言ってるのかも知れない。
いや、趣味に遣うお金は別ってやつか?
何はともあれ……疲れた。
凝った首や肩をほぐすように回す。俯いた時にため息も漏れた。
あの後、“知り合い”の人が修理完了を報せに来るまでの小一時間、俺は須藤さんの部屋でホルマリン自慢を聞かされ続けていたのだ。
須藤さんは御丁寧にも、ホルマリン漬けひとつひとつに名前までつけていた。
正直な話、抜け出せた時は“知り合い”に本気で感謝した。
帰ってからしばらくして、ようやく玲於奈が起きてきたのだが、俺を見るなり「どうやってあの家具山から抜け出せたの?」と包丁片手に脅してきた。何故脅す?
「自力ではどうしてもあと少しが動かせないようにしたはずなのに……どうして?」
「あー……」
須藤さんがうちに来て……と素直に言おうかと思ったが、玲於奈の手にある包丁がきらめいて俺のボディがシャア専用になってしまいそうなので止めた。
「ほら、ドアの修理業者が来たんだよ。それで助けてもらってな」
「女の匂いがする」
犬か。だが違うな。女などいなかった。いたのはホルマリン臭い美少年(♀)だ。
「うん、まあ、あれだ。慣れだよ慣れ。それから女の匂いは業者のひとりが女性だったからじゃないかな?」
適当な言葉を見繕ってお茶を濁す。「お茶を濁す」の使い方は間違ってる。
……間違ってるのか?
「うーん……」
玲於奈はまだ何か納得のいかないような顔をしていたが、しばらくうんうん唸ったあと「女装癖なら納得出来る」と訳のわからないことを呟いて何故だか勝手に納得してくれた。どうやらまた不名誉な性癖と書いてスキルと読むものが附与されたらしい。
一体、俺は何処へ向かうのだろうか。
包丁を手元でくるくるさせながら「浮気だったら桂剥きにしてやろうと思ったけれど」と不穏な発言を大気に放った玲於奈は、そのまま包丁を近くにあったタオルに巻くと、いつだったか俺がプレゼントした鞄にそれを仕舞い込んだ。
「まあいいわ。じゃあちょっと行ってくるけど……私の服を勝手に着たら爪を剥ぐから」
着ねえよ。そのスキルは噂の域にすら達してないから。
「あとでがけのちゅー」
何故その台詞だけ舌っ足らず感を演出したのかはわからないが、とりあえずむぎーっとしてやった。
「んひひ」
美女としてはちょっとどうなのかと思うくらいに幼く無邪気な笑い方をすると、玲於奈は「帰るまでに部屋片付けとけ!」と新しくなったドアを開けて出掛けて行った。
言われなくても片付けるって。でないと朝食を床で食べることになってしまうからな。
「さて、片付けますか」
言って、気付く。以前は部屋で独り言を言っても特に何も思わなかった。それが今じゃ何だ、微妙に淋しいなんて思ってしまっている。
「少しは良くなった……ってことかねえ?」
誰に届く訳でもない独り言は、グリンピースのようにそこら辺で転がっているのだろう。
掃除機もかけなきゃな。家具の殆どが一か所にまとまっているのをいいことに、掃除機から開始する。サイクロンでもない、紙パックのカートリッジ式掃除機に綿ぼこりやらグリンピースやらさっきの独り言やらが吸い込まれていった。……グリンピースはちょっともったいないけど、拾い食いは家訓として禁じておりますので。個人的に。
かけ終えると、まだまだ余裕があるだろうカートリッジを取り出して捨てた。もったいなかったが、ああいう独り言は早目に処分してしまいたかった。
次はこのうずたかく積み上げられた家具か。一体、何処から手をつけて良いものやら……って、別にジェンガか何かじゃないんだから、上から順に崩せばいいか。
玲於奈が軽々登った家具山を何倍もの労力を消費して登る。こういうのには向いてないんだけどな。構造的に。
四苦八苦してようやく辿り着いた頂上で、玲於奈がしていたように座ってみる。
ああ、こう見えてたのか。そりゃ増長もするわな。まあ、常時増長とも言えなくないけれど。
そこからしばらく、頂上からのいつもとは違う部屋の風景を眺めていたが、ふと思い出してすぐそこにある天井を見上げてみた。
確か、玲於奈が落書きをしていたような……あれも消さなきゃな。
「……あ」
それを見つけて、思わず声を上げてしまった。
「……ったく、情報収集偏り過ぎだろ……」
そこには小さく「YES」の文字。
ジョンとヨーコは知らなかったくせに、ふたりの馴初めエピソードだけはちゃんと調べてるなんて反則だろ。
玲於奈は俺に、ジョンのように「救われた」と言わせたいのだろうか?
何となく違うような気がする。
彼女の「YES」に何が込められているのか。それを上手く言葉にすることは出来ないけれど。
とりあえず、帰って来たらまたむぎーっとしてやろうと思えた。




