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迷走とループの狭間で

  ◆


 玲於奈が起きて来なかったという奇跡に感謝しつつ……十数分後、須藤さんの助けを借りてようやく家具山から抜け出ることが出来た俺は正座させられていた。


「スカートの中を覗くなんて不健全です……」


 いや、あんたが「じゃあ、この軽そうな椅子からどけますね」って言いながらいきなり俺の顔をまたいだんじゃん。俺、悪くない。俺、全く悪くない。

 それより、跨いだ瞬間に気付いて、叫びながら踵を俺のこめかみにクリーンヒットさせたことを詫びていただきたい。スカートの中に目線をやる間も無く気絶させられた俺に是非一言詫びていただきたい。


「詫び……お金ですか」


 違う。どうしてすぐそこに戻るんだ? 俺はマジで無限ループにハマってしまったのか? どっかの誰かの夏休みのように一万五千四百九十八回もこの話を繰り返してしまったりするのか? じゃあ今は何回目だ?

 ……まあそれはどうでもいいとして、正座で痺れて足がもう限界だ。

 とっとと話を終わらせてしまいたい。


「須藤さん? 今から大事な話をするので聞いて下さいね?」

「はい。婚姻届もばっちりです!」


 だから婚姻届は関係無い。本気で一万五千四百九十八回目指すかコラ。お金も身体も……いや、身体はある意味関係ある話か?


「ええと……須藤さん?」

「はい」


 期待に満ち溢れたぎらぎら視線で俺を見るな。


「俺はお金も、あなたの身体にも興味がありません。いやそれ以前に、あなたは身体目当てにされるようなものは欠片も持ってませんから」

「え……?」


 ぎらぎらから一転、驚いた顔をする須藤さん。いや気付け。どう見ても“無い”だろ。出るとこ出ずに引っ込むとこ引っ込んでないだろ。むしろ少年体型だろ。

 ああでも何だ、そうして見ると美少年の部類に入るんだよなあ須藤さんって。女だけど。男の娘的な?「こんな可愛い子が女の子のはずがない!」的な?

 だから多分、身体目当てってのもあながち自意識過剰ではないのかも知れない。美少年好きなお姉さんとか美少年好きなお兄さんとか、美少年好きなおばさんとか美少年好きなおじさんとか、男の娘好きな大きなお友達とか。

 だがそれは言わない。言うとさらに面倒なことになりかねないからな。

 ちょっと変わった性癖の持ち主に仕立て上げられそうになるのは、本当にもう懲り懲りだ。

 須藤さんはがっくりうなだれている。指摘されてうなだれるほど、自分に自信があったってのがある意味恐ろしい。いや、羨ましくもあるのか?

 人は、そこまで自分に自信を持てることなど、なかなか出来無いのだから。


「……」

「ん?」


 無言のまま顔を上げた須藤さんの目は、さっきとは違う意味でぎらぎらとしていて、ああ、もしかすると地雷踏んづけちまったかなあなんて思ったとかどうとか。


「すまん。でも事実なのだから、目を背けずに頑張ろう。あ、大豆が良いとかって本か何かで読んだような気がしなくもないぞ。ほら、大豆じゃないけどちょうどここにグリンピースがあった。

 ……食べますか?」


 つまみ上げたグリンピース(玲於奈の食べ残し)を須藤さんに差し出す。

 須藤さんは幽鬼のような、あるいは死んだ鰊のような虚ろな目でグリンピースを見つめ……って、微妙に焦点が合ってないな。まあとにかく、突き付けられたグリンピースを認識すると、「うふ、うふふふふふふ」という明らかに何か危ない笑みを浮かべた。

 どうしよう。こちらも笑顔を返しておくか?


「うふ」

「あは」

「うふふふふふ」

「あははははは」


 半端ないナニコレ感。変な汗かいてきた。それでも、状況を打破する一手を思いつくことができず、俺は須藤さんと共に笑い続けた。これでもまだ起きない玲於奈の、今回の眠りの深さは本当にすげえなと思いつつ。

 やがて須藤さんはゆらりと顔を上げると、目の死んだ笑顔で「悪霊になってやります」と呟いた。


「え?」

「悪霊になって井上さんにとり憑き、一週間で驚きのダイエット効果を発揮してやります。ガリガリを通り越してカリカリになればいいんです!」


 干涸びれ! とこっちを指差して言う須藤さん。人を指差すのは失礼だ。ちなみに、玲於奈の場合はそのまま目を突いてこようとするので気が抜けなかったりする。

 それはさておき。


「須藤さん。そのことなんですけど……」

「何ですか。私は今、井上さんを如何に効率良く痩せさせるか考えてるところなんです。邪魔しないで下さい。この3日目からが重要なんですから」


 早えな。もう3日目思案中か。


「ああ、いや、それなんですけど」

「だから何ですか?」

「須藤さん死んでなかったです」

「……へ?」


 だって箸じゃなくてかんざしだったんだから。縦に挿してたあんたが悪いとも言えなくもなくもないけれど、箸が刺さってたんでなければ死んでる理由が無いだろ?

 とにかく、ようやく話を元に戻せたような気がする。長い道のりだった。


「あー、えー、それはどういう……?」

「そのままずばりです」

「……また、何とも急角度な」

「そう言われてみればそうですね」

「わかりました」

「わかって戴けましたか」

「ええ。そうですよね。生前に書いたものでなければ、遺言状も婚姻届も無効ですものね」


 わかってねえ!

 どうすりゃこの無限ループから逃れられるんだ? ヒューマノイド・インターフェイスな文芸部員が居なきゃダメか? そんなの居るわけねえじゃん。それともあれか、夏休みの宿題をみんなで仲良くする必要があるのか? 宿題なんてねえよ。


「須藤さん」

「え? ひゃっ!」


 とりあえず須藤さんの手を握ってみた。目の前にいる鍼灸師が「大胆すぎます!」とか言って頬を赤らめているような気もしなくはないが、まあその辺は無視だ。


「ほら、触れるでしょう? 須藤さんは生きてるんです」

「今時の幽霊は触るくらい日常チャメシです。見くびるな!」


 くそう、最初に言ったことが仇になるとは思わなかった。「日常茶飯(にちじょうさはん)」をそんなベタな間違え方で覚えているとも思わなかった。

 本当に学生時代、常にテストが三桁だった人間か? だが訂正なんてしてやらない。いつか恥かけこんちくしょう。


「……じゃあ、須藤さんはいつ死んだんですか?」

「え? そりゃあ……あれ?」

「死んだ覚えなんて無いでしょう? 須藤さんは死んでなんかないんですよ」

「でも、井上さんが……」

「俺は勘違いしてただけです。ほら、かんざし。あれが頭に刺さっているように見えたんですよ。落ち武者って知ってますか?」

「はい」

「あれと同じです。何か頭に刺さってる。落ち武者。須藤さん死んだ。でも動いてる。幽霊。成仏して下さい。この流れです」


 どんな流れだ。自分の適当さも大概過ぎるな。だがこれで須藤さんは理解してくれたらしい。


「じゃあ……」

「ええ」

「“悪霊ダイエットで一儲け”も泡と消えるんですね……」


 そこかよ。というか、俺にとり憑き祟って激やつれさせるんじゃなかったのか? 目的思いっきり見失ってんじゃねえか。まあ、どちらにしろ泡と消えるけどな。


「そっか……私、落ち武者だったんだ……」


 違う。落ち武者関係無い。まだ微妙にわかってないようだ。

 ……が、これ以上の訂正も面倒だしそろそろドアの修理も来るだろうから、もう須藤さん落ち武者でいいや。頑張って落ちのびてくれ。


「……で、須藤さんは何をしに来たんですか?」

「何がですか?」


 いやあんた下の階の住人だろ。この階には用が無きゃ来ないだろ。


「……んん?」


 首を傾げながら「んー」と言いつつ徐々に上の方を向いていく須藤さん。忘れたとか言うなよ?


「……ああ。そうでした」


 そう言うやいなや、須藤さんは居ずまいを正し、真剣なまなざしでこちらに向き直った。

 そしてゆっくりと前のめりになりつつ、まるで怪談か何かを話し始めるかのように静かに口を開いた。


「実はですね……」

「はい」


 その雰囲気にごくりと息を飲む。


「それは……とある昨日の明日のことでした」

「いや、もうそういうのはいいですから」


 雰囲気も一気に台無し。というか酷い。

 本当に、これ以上の遠回りは遠慮させていただけないかと目で訴えた。その視線に怒気が微妙に混入されていたことは否定出来ない。

 須藤さんは「残念です」とちょっとがっかりしたように呟くと、改めてこちらを向いた。

 俺の視線に含まれた微妙な怒気に反応したのか、わざわざ正座に足を組み直して。

 まだまだ(うずたか)く積まれた家具の隣りで、男女がお互い正座で向き合うってのは、傍から見たらどう映るのだろうか? いや、男女ではなく男と美少年に見えるかもだが。

 ……俺ならやはり素通りするな。いや、とりあえず離れた陰からこっそり見るか?

 まあそれはさておき、須藤さんは人差し指をぴんと立てると再び口を開いた。


「えっとですね~……」


 今度はまたえらく軽い感じだな。さっきの怪談風は何処へ行ったんだ?

 須藤さんが立てた人差し指をそのまま下に向ける。眉が少し困ったような八の字になった。


「……私の家に知らない死体が」

「あ、あー……」


 そうか。そうだよな。須藤さんが被害者じゃなければ、部屋には別の被害者がいるってことだよな。


「あ、でも知らないってことは……」

「ええ、空き巣か何かではないかと……何も盗まれなかったのはいいんですけど、かと言って増やされるのも……」

「ああー……」


 うちの殺人鬼が御迷惑をおかけしております。

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