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 カーノイン王国の家々の前には、小さな黒い旗が掲げられていた。

 二ヶ月前に王妃が亡くなり、国民全員が喪に服しているのだ。


「まあ、王妃様は本当に皆さんに好かれていたんですね」

「そりゃあ、そうさ。本当に素晴らしい王妃様だったんだよ? 孤児院や病院の福祉とかに積極的で、裏町だって気にかけてくださってた。職にあぶれた奴に、職を紹介する機関も作ってくださったり、そりゃあ、良い方だったんだ」


 一週間ほど前から宿に泊まっている客に、店主は万感の思いを込めて王妃への賛辞を語った。


「王様も、さぞ悲しんでおられるだろうさ。あんな、立派な方を亡くしたんだ。しかも、第一王子もショックで王位継承権を放棄しちまった」

「まあ……」


 詳しい事は知らないが、第一王子が王位継承権を放棄し、出家してしまったのだ。これには皆が驚いた。


「まあ、陛下にはあとお二人王子が居られるし、王女もお一人居るし」


 大丈夫だろう、と店主は言うが、どこか残念そうだった。


「王妃様のお子様が残られているんですから、王様もきっと元気になられますね」

「ああ、いや、王妃様とのお子は第一王子だけなんだ」


 あの王妃様の子という事で、第一王子の出家はショックだったが、既に事は成されており、最早何を言っても後の祭り。出家してしまえば、最早後戻りは出来ないのだ。


「何をしているんだ、リリー」

「あら、あなた……」


 そんな事を話していると、女性の夫が難しい顔をして彼女に声を掛けた。


「君は怪我をしているんだぞ? ちゃんと寝ていないと駄目じゃないか」

「ええ、けど……」

「さあ、部屋に戻るぞ」


 そう言って、さっと女性の夫は彼女を抱き上げ、部屋へと戻っていった。


「あんた、無理させちゃ駄目じゃないか」

「ああ、いや、つい……すまん……」


 妻に叱られ、店主は情けなく眉を下げた。

 女性は何でも盗賊に襲われたらしく、怪我をしているのだという。医師からは、絶対安静を言いつけられているのだとか。


「坊ちゃんも御免ね。この人にはキツイ御灸を据えとくからさ」

「いえ、いいんですよ。母の怪我も、順調に回復してますから。少しくらいは動かないと」

「すまねえな、坊ちゃん。あんたの母さんが、王妃様に似てるからさ、つい、王妃様の話がしたくなってさ」

「ああ、よく言われます。母と王妃様が似てるだなんて、光栄です」


 そう言ってにっこり微笑む少年は、どこか第一王子に似ていた。




   *   *




 焼け付くような熱視線。

 それを送るのは、近衛騎士のギルベルト・バルトハインだった。そして、その熱視線の先に居るのは、王妃セシリア・リリア・カーノインだった。

 誰もが緊張しながら、ギルベルトの様子を伺っていた。いつかキレて、王妃様に襲い掛かるのではないかと。

 けれど、どこかでそれを望んでいた。あんな酷い王様でなく、ギルベルトの様な男に王妃様は大切に愛されるべきだ、と。

 そんな分かりやすいギルベルトの熱視線だったが、肝心のセシリアは全く気がつかなかった。しかし、その息子は気付いていた。だから、話を持ちかけたのだ。


「お前、母上を愛しているか?」


 じっと真剣な表情で問いかけられ、ギルベルトはゆっくりと頷いた。


「この世の誰よりも、愛しております」


 本来なら、首をはねられるような告白だった。けれど、ギルベルトの直感はここで嘘をついてはならないと告げていた。


「母上が欲しいか? 大切に出来るか?」

「殿下……?」


 一体、何が言いたいのだろう。


「ついでに、私の面倒も見てくれるとありがたいんだが」

「殿下、一体何を……」


 困惑するギルベルトに、ルイスは爆弾を落とした。


「お前に、母上をやろう」




   *   *




 結論を言うと、セシリア・リリア・カーノインは一命を取り留めた。けれど、全ての記憶を失っていた。

 ある意味で、セシリアは確かに死んでしまったのだ。


 そんな母を見て、ルイスは考えた。

 これは、母をこの柵から解放するチャンスではないだろうか、と。

 医師は母が記憶を取り戻すのは絶望的だと診断した。ならば、きっとこの計画は上手くいく。

 王妃に深く同情していた医師を丸め込み、母を愛している近衛騎士を焚き付けた。そして、日記帳の侍女にも手伝ってもらい、行動した。

 この国では一度棺に納められれば、誰も棺に手をかける事は許されない。棺に母を入れる所を見せ、その後すぐに母を城外へと連れ出した。

 残ったのは、母の体重分の砂袋を入れた棺のみ。

 その棺は葬儀のあと、開けられることなくそのまま王家の墓へと入れられた。

 そして、意識の朦朧としている母に嘘をついた。


 母の名前は、リリー・ハインツ。

 母は盗賊に襲われ、怪我を負い、記憶を失ってしまった。

 夫を早くに亡くし、自分は母の連れ子で、再婚相手はギルベルト。

 三人は夫の親戚が住んでいた空き家に引っ越すため、旅をしている最中だ。


 そんな嘘をついた。

 記憶を失った母はそれを素直に信じ、忘れてしまって御免なさい、と自分とギルベルトを抱きしめた。

 その時のギルベルトの顔といったら、見ものだった。


 そして、城に戻って父に日記帳を投げつけ、一矢報いてやった。後悔するといい。どれだけ素晴らしい女性を失ったのか、思い知るといい。

 それから、王位継承権を放棄し、出家すると書き置きを残して出奔した。もちろん、出家するつもりはさらさら無い。

 国民の税金で養ってもらいながら、簡単に王位継承権を放棄して、きっと各方面から非難轟々だろう。けれど、自分はこの国には興味が無かった。母がこの国を、父を愛しているから自分もこの国の為になるような人間になろうと思ったのだ。けれど、今はそれを望めない。悪くすれば、滅んでしまえ、とさえ思ってしまう。

 不安定な自分にぞっとする。こんな自分は王位継承権を放棄して正解だと自分では思うのだが、はてさて……。

 そして、出奔したあと、ギルベルトと隠れ家で合流し、母の容態が最低限、旅に耐えられるほどに回復したのを確認し、母の体を気遣いながら、ゆっくりと旅路についた。

 時折、父の手のものがうろついているのを感じたが、髪の毛を染め、襤褸を着る薄汚れた自分に気付いた様子は無かった。


「うふふ。お父さんは、本当に心配性ねぇ」

「本当にそうだね、母う…母さん」


 母をつい『母上』と呼びそうになりながらも、幸せそうに笑う母を見つめ、笑う。

 母は、愛されるべき人だ。愛されるのが似合う人だ。

 今まで見られなかった、満ち足りた、幸せそうな笑顔に、少し泣きそうになる。


「母さん、今、幸せ?」


 母は満面の笑みで答えた。


「ええ、もちろんよ」




 とても、幸せだわ。






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