文を運ぶ、紙の鳥
世間様が休みの日こそ、陰陽師業は忙しい。
間継は、殺気の滲んだ表情でそう言った。
「忙しいって、妖怪もお祭りとかするんですか?」
「寝ぼけてんのか? お前」
「もう昼ですよ! 俺は早起き派だし、今日はいつも以上に頭冴えてますよ!」
秋臣が反駁した直後、ポケットの中で通知音が鳴った。
『秋―、お前夏休み入ってすぐ実家帰ったのか?バイトどうなったんだよ』
湊からだった。
そういえば、あれから彼と会っていない。マンションの大家さんには、今月までで引き払うとはもう言っておいたけど。
画面を見て悩んでいると、いきなりスマホを取り上げられた。
「ちょ」
取り返す暇もなく、間継が秋臣のスマホで何か打ち始める。返された画面には。
『ごめーん( ゜Д゜) 今、短期バイトで実家の近くにいてさ。そういうことだから、また九月に会おうぜ(=゜ω゜)ノ』
誰だよ。俺、顔文字なんか使ったことねぇよ……
送信済みのメッセージに、秋臣は冷や汗を感じた。
「間継さん、俺の実家がどこにあるかすら知らないでしょ」
「あ? 三重だろ」
「なんで知ってるの!? こわっ」
陰陽師という人たちには、もしやこの世界の法律は適応されていない?
秋臣がそんな思考に陥った時、どこかからカツンと小気味良い音が聞こえてきた。
カツン、カツン。小石が、塀に投げられるような音だ。
立ちあがった間継が、庭に繋がるふすまを開け、縁側へ出た。秋臣も倣う。
屋根の上側? いや、もっと庭の方から……
目を凝らしていると、庭の上空に一羽の黒い鳥が、くちばしで宙をつついていた。
まるで何かに阻まれているように、そこから先に入ってこない。結界だ。
その間にも草履を履いて、庭に出た間継が上を仰ぐ。両腕を組んで、しばらく眺めていた彼が「鈴音」と呼びかけた。
「食っていいぞ」
「えー、あれ美味しくないからいやだよ」
「じゃあ、引き裂いてこい」
「はいよ~」
どこからともなく現れた鈴音が、途端狐の姿になり、地を蹴った。
あまりにも軽やかに飛び上がった彼女は、結界に立ち往生する鳥をパクリと咥えた途端、噛み砕いた。
一部始終を見ていた秋臣は、「いっ……!」と喉に悲鳴を詰まらせる。
しかし、落ちてきたのは鳥ではなく、白い紙きれだった。
それを拾った間継が舌打ちする。おそるおそる隣まで行った秋臣は、彼の手の中にあるものを覗き込んだ。
鈴音の牙跡のある、白い鳥型の紙。
「もしかしてこれ、あの有名な式神でやつですか!?」
「そんないいもんじゃねぇよ」
心底不快そうに返答した彼が、紙を開く。中には達筆な文字で、何かが書かれてあった。
「なんですか? それ」
「他家からの報せだ」
日本各地に、陰陽師の血筋を受け継ぐ家が他にもあるらしい。
世間の人々が動く時期には、毎回のようにこうして、他の家から依頼という形で文が届くと彼は言った。
「それぞれ縄張りみたいなもんがあるからな。あっちで手に入った情報で、こっちの縄張りのものはこっちで片付けろって、嫌味ったらしい報せが届くんだよ」
陰陽師という人たちにも色々あるのか。それにしても縄張りって……
「近畿南部で妖怪が迷ってるらしい」
よかったな。送ったメッセージ通り、実家辺りじゃねぇか。
そんな冗談を言って来た間継に、秋臣は忘れていた先ほどのメッセージの文面を思い出した。
首を振って、すぐに振り払う。
「近畿って、遠くないですか?」
そういえば、ここ京都だけど。すんごい関西だけど!
「間継家は、関東から近畿までなんだよ。その他、北と西に分かれて、他二家が受け持ってる」
秋臣は、紙きれを散り散りに破っていく間継をじっと見た。
「なんか間継家ってすごいんですね」
かなり広い範囲の縄張りがある陰陽師の家? 自分とさして変わらない年齢の男が、いきなり大きく見えた。
怪訝そうな表情で間継がこちらを見てきた。呆れたような嘆息の後。「そういうことでいい」とぶっきら棒に答えた彼は、さっさと縁側へと戻っていった。




